179
Nora_
01
春で暖かいわけでもないのに教室にいるとすぐに眠たくなる。
不思議なのは教室自体に効果があるのなら授業中にだって影響を与えそうなのに授業中は全く眠たくならないことだ。
提出物を忘れることなんかもなければ怒られたりすることもないからこれまで一切問題なくやれてきていた。
「こら」
「ん-? あ、吉田さん」
比較的短めの髪は冬現在にはあまり向かない感じがする、寒くないのと聞いてみても「寒いわよ」と返してくるのが面白いところだ。
まあ、意識していてもしていなくても髪が伸びるまでにはかなりの時間が必要なのでいちいち考えたところで意味はないと片付けているのかもしれない?
「いつもそうだけどなにも掛けずに寝ていたら風邪を引くでしょうが」
「でも、今日まで皆勤状態だよ?」
春に出会った彼女は知らなくても無理はないものの実は小学四年生のときからずっと休んでいないから褒めてもらいたいぐらいだった。
特に意識をして気を付けているわけではないのになんでだろうかと自分でも気になったけど当然答えが出ることはなく、とにかく休まずにいられているのはいいことだろうと終わらせる。
「だからこそ気を付けなさいって話、自分を守れるのは自分だけなんだから」
「んーじゃあ家に帰って寝るよ」
一人だからすぐに寝てもご飯を食べても自由なのはいい。
実家にいたときは母によくちくちくと言葉で刺されていた。
「そうした方がいい、と言いたいところだけどあんたには家に来てもらいたいのよね」
「休ませてくれるなら別にどこでもいいよー」
「うん、あんたの髪で遊びたいだけだしそれでいいからいきましょ」
母の髪が長くて奇麗だから真似をしているとかではなくてお金を出してまで整えたりするのがもったいないから伸びているだけだった。
別に汚いわけではないけど仮に遊ぶとしてももっと奇麗にしている子の髪の方がいいと思う。
「すぐに暖かくなると思うからあんたは寝転んでいればいいわ、あ、寝転ぶならうつ伏せでお願いね」
「えーそれだとなにか変なことをしようとしている二人組に見えない?」
「私はただ髪で遊ぼうとしているだけよ」
かなりの制限がかかるから結局満足するまではちゃんと座っておくことにした。
本を読むのが好きとかそういう趣味はないけど色々なところを見ていればそれだけで満足できる自分にとっては会話がなくても気まずくはならない。
本棚に置かれている本の数が変わっている、あと時計も心なしか動きが元気になっている気がした。
「つか今日さ、なんか知らない子と話していて驚いたんだけど」
私と彼女は別々のクラスで私は基本的に寝るから彼女の方からよく来る。
会話が終わった後に来なかったのに見られてはいたようだ。
「あーお昼寝は時間がもったいないと感じる派の子だからいや実際は凄くいいんだよと力説しておいたよ」
「てことはうざ絡みしていただけか」
「あの子にそのつもりはなくても喧嘩を売られたようなものだったからねー」
これからも私の近くで続けるようなら参加させてもらうだけだ。
「なんかあんたを自由にさせていると他の子が被害に遭いそうだから毎時間いこうかな」
「えーそんな問題児みたいに言わないでよー」
「伸ばさない」
「面倒くさいから髪は伸ばしていくけどね」
「上手いことを言えたつもりでいるのなら間違いってものよ」
こんなやり取りを毎回している、つまり全く直す気はないということだ。
一回や二回目ではないのだから彼女も言っても無駄だと判断してやめればいいのにと思う。
だって疲れてしまうだけだろう。
そもそも真面目な彼女と冬まで関係が続いていること自体が変だった。
「それに面倒くさい面倒くさいって言っているけど奇麗じゃない」
「ぷふ、奇麗とか私に一番合わない言葉だよ」
「あんたっていつもそうよね、なに? 褒められ慣れていないの?」
「だって洗うにしても乾かすにしてもいい加減な感じなのにこれで奇麗なら真面目にやっている子が馬鹿みたいになっちゃうでしょ?」
それこそいっぱいお金をかけている子にとっては敵みたいになってしまう。
無駄に敵視されるのは疲れるからほどほどでいい、汚いのは私自身が嫌だからそれだけは避けるけど。
「うざ、なんかむかついたわ」
「でしょー」
「もう私が決めた髪型で過ごしなさい」
「それはいいけど全部やってもらうからねー」
体育なんかで動いたら冬でも暑く感じるときがある、そういうときにもまとめることすら面倒くさいから彼女が全部やってくれると言うのならそれほどありがたいことはない。
後悔しないように変なことは言わないべきだ、私は自分に一ミリでもプラスに働くことなら抵抗せずに受け入れる人間だ。
四月から冬現在まで隠さずに出してきたのにまだわかっていないということならこれからの時間の中でわかってくれればそれでよかった。
「おはよー」
「おはよ、あんたにしては早いじゃない」
「うん、ちょっとねー」
学校ではまず彼女に挨拶をするところから始まる。
早めに登校してきた理由は午前の授業でなにか落ち着かないことがある、からではなくただ慌ただしく行動するのは違うからだ。
早めに着けば着くほどゆっくり寝られるから常にそれを狙っている。
「今日はここかなー」
「や、教室で休みなさいよ」
あとはこうして彼女が勝手に付いてきてくれるのも大きい。
そこまで深くは求めないようにしていてもやっぱり一人は寂しいからだ。
あと彼女にはちくりと刺されてしまうかもしれないけど流石の私でも常時眠たいわけではないから余裕なときに話し相手が欲しいのもある。
「賑やかな空間でも寝られるけどやっぱり放課後の状態に近い方がいいんだよー」
「あんた……今日こそよく寝られなかったとか?」
「ううん、二十一時には寝て朝までぐっすりだったよ」
ついでに食べることも好きだから朝から食パンを二枚も食べてきた。
片方は砂糖をかけたパンでもう片方はチーズを乗っけて焼いたパンだ、本当に美味しいから毎日あれらだけでも十分満足できるぐらい。
「なんじゃそりゃ……」と彼女は呆れていたもののこれは授業に集中するためでもあるからちゃんと言えばわかってもらえるはずだった。
「そうだ、今日は体育があるんだ、吉田さんの体操服を貸してほしい」
ジャージでもいいけど冬でも着させてくれないからどうせ脱ぐことになってしまう。
また、授業が終わればすぐに着替えることになるからそれなら体操服をと考えたわけだ。
前に本当に忘れたときは呆れたような顔をしながらも貸してくれたから言ってみた形になる。
「どうせ持ってんでしょ」
「持っているけど吉田さんの体操服を着ていれば授業中でも一緒にいられているみたいでいいでしょー?」
「ならあんたが私のときに貸してくれるならいいよ」
「え、それはちょっと、だって恥ずかしいじゃん」
「なによそれ、なら私も貸さないわ」
ちぇ、これ以上は嫌われてしまいそうだから諦めよう。
ということで冬でも半袖半ズボンで頑張らないといけないから休むことにした。
ちらりと確認をしてみると戻るつもりはないみたいだったから落ち着く時間になった。
「あんた本当に喋っていないと美少女よね」
「えーそうかなー?」
嫌味か、皮肉かー? そういうことを重ねられる度に私の心は傷ついていく。
冷静に対応できているように見えるかもしれないけど全部ふりだ、実際は雑魚メンタルだから一歩間違えればすぐに引きこもることになる。
「ただし胸はないけどね」
「お母さんも小さいからね、娘だけ大きかったら悲しくなるだろうから優しい人間だよねー」
「自分で言ったらおしまいよ」
美少女でもなければ奇麗でもなければ胸もないのは静かに生きていくためにもいいことだった。
それに地味でなければ心配をして気にかけてはもらえなかっただろうからその点でもそう。
ちなみにこれは被害妄想とかでもなんでもなく彼女が初対面のときに言っていたことだ。
「あ、吉田さーん」
「なに? ――ちょ、なんで押すのよ?」
「いってあげて、困ったから吉田さんになんとかしてもらいたいんだろうから」
「だからって押すことはない――だから押すなってのっ」
結局こちらの手の甲をつねってからお友達のところに歩いていった。
それでいい、潰れるぐらいだったら駄目だけど彼女はお友達のために動けるから素晴らしいのだ。
あとは休ませておかなければならないのに彼女がいたらお喋りばかりをしてしまうから駄目だった。
「ほー」
でも、私は勘違いをしたりはしない。
ぐうたらで心配になるから来ているだけ、あとは髪で遊びたいからでしかない。
キャラクター的に一人静かな空間で惰眠をむさぼっておくぐらいが合っているのだ。
「友達の男の子を紹介してほしいって頼まれたけど断ってきたわ、そういうのはまず自分で頑張ってからでしょ」
「すやあ」
まさか戻ってくるとは。
こうなってくると自分の教室で過ごしていた方がよかった気がした。
付いてきてしまうことをわかっていて敢えてするなんてずるいことだから。
「寝たふりをしても無駄だから、四月から一緒にいれば流石にわかるわよ」
「きっかけを作ってあげてもよかったと思うけどねー」
「嫌よ、少しでも関わっていたら責められる可能性だって出てくるじゃない」
「吉田さんのお友達なんだからそんな酷いことをするわけがない」
「や、そんなのわからないわよ、人間なんていつ裏切るのかわからないんだからね」
む? なにか過去に人間関係のことで嫌なことでもあったのだろうか?
だけど簡単に聞いてはいけないことだ、まず聞いたところで役に立てないのが駄目だ。
そうしたら無駄に傷を広げるだけだから気づかなかったふりをしていつも通りふざけておけばいい。
「にゃう」
「は?」
「そこまで冷たい顔をされるとは思っていなかったんだけどなー」
「や、意味不明すぎて付いていけなかっただけよ」
し、心臓に悪いぜおい……。
その後も落ち着かせることに一生懸命で結局休まってなんかはいなかった。
「寒いぃ……」
「既に制服に着替えているんだからすぐに戻るわよ」
こういうときこそ同性なのをいいことに抱きしめあったりするものではないだろうか? 私の隣の席の子は休み時間になる度にお友達の女の子に抱き着いているぐらいなのに。
ただ、いくら見つめていても「仕方がないわね」とはならなかったから諦めて突っ伏すことにした。
「いふぁいいふぁい」
「あんたはいつもなにも掛けずに放課後に寝ているしなにより私が来ているんだからやめなさいよ」
「はにゃしてぇ」
「はい、あんたはそうやって起きていなさい」
軽く掴まれただけでもダメージを受けるのだからよく考えてからやってもらいたかった。
いやそれよりもだ、教室で休むようにしているのにどうして前よりも来るようになっているのだろうか。
男の子のお友達を紹介してほしいと頼まれていたように彼女には沢山のお友達がいるから私ばかりを優先している場合ではないはずなのに。
「そういえば昨日、不思議なことが起きたのよ。二十二時頃に寝たのはいいけど丁度日付が変わったぐらいに起きてしまってね? 頑張って寝ようとしても寝られないから紅茶でも飲もうと一階に移動したときのことだった、何故かリビングの電気が点いていたのよ。でもね? 入ってみても誰もいなかったの、気になったから二階の戻って両親の寝室にいってみたら二人は寝ていたのよ」
単に消し忘れたという話か。
神妙な顔で言えば私が本気にして驚くとかなんとか考えていたのかもしれないけど流石にこれでは私でもね。
「ま、それはただの消し忘れだったんだけど本当に怖かったのは台所が水浸しになっていたことね」
「え、怖い」
「でしょ? 奇麗に拭くために沢山の雑巾が犠牲になったわ。で、あんたはそういうのない?」
「あー昔うんと小さい頃に同じように一階にいったら知らない猫がリビングで歩いていたのはあったな、黒色だったからより不気味に感じてねー」
お掃除をする際に母が網戸を片側に移動して戻さなかったうえに父が暑いことを理由に大して確認もせずに窓を開けてしまったことで起きたことだった。
「その子はいま家にいるの?」
「いるよーお母さんが気に入って飼うことにしたんだ」
「あれ、だけどあんたの家に猫は……」
「あー実家だから、というか一人で暮らしているって言わなかったっけ?」
「言っていないけど、それに私が長くいる方じゃなかったから気づかなかったのね」
それでも両親が必ず帰宅する状態よりは来やすくなったのではないのだろうか。
これを知った彼女がいつしか毎日ように来てくれるようになったら――は求めすぎか。
「はは、これであんたの家にいきやすくなったわ」
「うん、いつでも来ていいからね」
「じゃあ来てくださいって言いなさい」
「来てください」
これは冗談だとわかっているから口にしただけだ。
その証拠に彼女は「まさか本当に言うとは思わなかった」と、あれ?
「なーに? あんたもしかして一人で寂しかったりするの?」
「実際にそういうのはあるけど」
くぅ、マジな感じだからこのチャンスを利用して変えようとしている自分がいるのだ。
「ふむ、伸ばさないってことは冗談じゃないのね」
「でも、学校でこうして吉田さんが来てくれるから正直それだけで満足できているんだよね」
「あ、もしかして放課後にすぐに帰らないのもそういうこと? ふふふ、あんた可愛いところがあるじゃない」
こういう笑顔によくやられている。
普段、無表情や呆れたような顔でよくいるからかな、だからこその差が大きいのだ。
色々な意味で雑魚の心臓はその度に影響を受けているというのに彼女は全く気にした様子もなくいるだけでしかない。
「こ、この話は終わりねー」
「あ、戻った」
当たり前だ、そうでなくても冬だから心臓を守ってあげなければならないのだ。
それにまだ授業がある、ドキドキしたままでは出席していても無駄になってしまうから避けたい。
ということで約束を守って突っ伏すことにした。
こちらの後頭部に触れて「だから寝るのはやめなさいよ」と言ってきている彼女のそれはスルーしてとにかく時間が経過することを望む。
予鈴がいまの私にとっては最強のカードだ、あとは無駄になってしまうとか考えたものの授業中なんかもいいかな。
「新井起きろー」
「は、はい」
ちゃっかりしているからこうなる、つまり自分のせいで行動しづらくなっている馬鹿だ。
結局授業にも集中できなかったし始まる前に先生に声をかけられたのもあってずっと不安だった。
それでも休み時間になって吉田さんが来たことにより心臓が一瞬だけでも落ち着いてしまったことが本当に駄目だと思う。
「な、なにか意地を張っているところがない?」
「は? 別に意地を張ったりしていないけど」
「そ、そっかー」
それなのに休み時間になった途端に来るのは何故だ……。
「それよりあんた顔色が悪いけど大丈夫なの? 無理そうなら保健室まで連れていってあげるけど」
「体調が悪かったりするわけじゃないから大丈夫だよ」
「それならよかったわ」
あぅ……ここでいい笑みを浮かべないでおくれよ……。
どうして彼女はこうなのか、まだそういう風に動くよう設計されているロボットの方がマシだった。
「ど、どうして?」
「そりゃ友達には元気でいてもらいたいからよ」
聞いて余計に落ち着かなくなった間抜けがいる。
いつも通りでいてくれるのはいいことだけどそれによって相手のなにかを抉ることもあるのだときちんと自覚してもらいたいところだった。
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