第26話 黒川組

 計画を立て始めたのは、獅子堂会と如月組の同盟が成ってから一週間後のことだった。

 幸い、俺の意見に賛成してくれる仲間は多く、どうすれば同盟をなかったことにできるかの案も多く上がっていた。

 幸い、俺はROが移植されて超人のような力を得ているため、そんなに複雑な計画は必要なく、あとは実行するところまで進んでいた。

「黒川組長、お久しぶりです」

「これはこれはご丁寧に。わざわざ本家若頭のあなたがいらっしゃるとは、どうされたのですか?」

 そうして事務所の応接室に案内されたのは、本家若頭の篠原和彦と、その付き人のような男たちだった。

 オヤジの後ろで必死に平静を保っているが、スーツの内側は冷や汗でびちゃびちゃだ。なにせ、この男を殺そうと計画を立案したのだから。

「まともな椅子もなくて申し訳ありませんなぁ。その硬い木の椅子で、どうか我慢してくだせぇ」

「いやいや、使い込まれているがよく手入れされた、いい椅子です」

「はっは、そうですか」

 篠原が座っているのは客人用の椅子だが、うちのような金のない組が持つには少し豪華な見た目をしている。これはオヤジが客人を気持ちよくもてなすために用意してある物で、オヤジの人を気遣う心がよく表れている。

 机に出されたお茶を、篠原は一口だけ飲む。向かいに座っているオヤジはその様子をにこやかに眺めており、何を考えているのかは分からない。

「最近はどうですか? 組の運営は」

「それが、建設業のほうが徐々に規模が大きくなってましてな。何十年も前の空襲でめちゃくちゃになった京都にも手が伸ばせそうでして」

「ほう、京都に?」

「はい、京都の復興を志している有名な傭兵はご存じですか? どうやら貯蓄が目標に達したようで、それを手伝ってくれる会社を探しているらしいのですが、うちの組とも契約を結んでくださるかもしれないのです」

「なるほど、そんな傭兵が……」

 オヤジと篠原は、まるで古い友人のように世間話をしている。口調は敬語を使っていて丁寧だが、二人の間で飛び交う声色はとても親し気で、会話を楽しんでいるようにも見えた。

「それよりも、今は貴方の方が大変なのではないですか? 如月組との同盟……さぞ、反発する者も多いでしょう」

「いやいや、さすがに会長がお決めになったことなので、皆従ってくれていますよ」

「そうですか……それは意外だ」

 急に同盟の話になったので、顔の筋肉が強張った。

 だが、それを話す篠原の様子はさきほどまでとは変わらない。計画がバレてないのだろうか? もしかしたら、俺の心配は杞憂かも知れない。

 組以外の人間どころか、組の一部の人間にすら伝えていない計画なので、そもそもが露呈し辛いのだ。もちろん、オヤジにすら伝えていない。

「日本軍と一戦やり合うのでしょう? 戦力は足りているのですか?」

「少し前までは上手く行きそうだったのですがね。海上戦線の被移植者が帰ってきているようでして」

「ほう……誰かは分かっているのですか?」

「……高橋加河たかはしかがわ。電磁気力のあいつです」

「それはまた厄介な」

 この名前は聞いたことがある。

 ROの移植により初めて能力を獲得した人物らしく、最も根本的な自然界の力である電磁気力を操るらしい。

 俺と違い、放出だけでなく増幅なども可能らしいが、本当に強力なのは電磁気力をした場合だ。

「奴だけはどれだけ人を集めても戦うべきではありません。数で押せば勝てるでしょうが、そうすれば獅子堂会、如月組共に立て直しが困難なほどに損害を受けるでしょう」

「そうでしょうなぁ。しかし、軍と一戦やり合うのであれば必ず衝突するでしょう。どう対処するおつもりなのですか?」

「そこで、そこの籏崎を借りたいのです」

 篠原の視線がこちらを射抜いた。

 話の流れからまさかと思ったが、ここに来たのはこれが目的だったのかと驚く。これまでも俺の力を借りたいという組は多かったが、まさか本家の若頭がそう頼んでくるとは予想していなかった。

 しかし、今までと同じように、オヤジはきっぱりと告げる。

「お断りします」

「これは会長直々の願いでもあります。俺の傘下に入り、共に戦えと」

「こちらで籏崎を受け持つことになったあの日、そういった権力を行使することをしないと誓ったのはその会長のはずです。筋は通すべきではありませんか?」

「捏造しないでいただきたい。会長はあくまで、籏崎を手足のように扱わないと誓っただけ。籏崎を尊重するからこそ、会長に代わって俺がここに来たのです」

 篠原が前のめりになって頼み込むが、オヤジはそれを断固として受け入れようとしない。

 オヤジはこういった、頑固なところが時々ある。自分の中で決めたことを曲げようとしない、自分ルールを持った人間だ。そのせいで人と衝突することは少なくない。

「ROの移植手術をした挙句、制御装置まで埋め込んでおいて、『尊重』などとよくおっしゃる。その命令がまかり通れば『以前もあったから』と言い訳してまた使い倒すおつもりでしょう?」

「それはそちらの勝手な想像だ。俺はもとより、被移植者に依存するような組織運営はしてこなかった。これからもそれは変わらない」

「その割には、同盟の際の割り込みの対処に京極組の花山静香を使ったようですが?」

「あれはあいつの勝手な提案だ! あいつが居なくとも……いや、失礼」

 花山の話になった途端、篠原の表情が一変した。それは一瞬だったが、言いかけた言葉は心の底からの本音のように思えた。

 篠原はお茶を一口飲み、先程よりも数段落ち着いた声で話す。

「────どうしてもお貸しいただけない、ということですね?」

「ええ、申し訳ない」

「籏崎はどうだ? 手を貸す気はないか?」

「それは……」

 そもそも俺は獅子堂会と如月組の同盟を解消させるつもりでいるので、俺にとっては手を貸す貸さない以前の話だ。

 ただそのことがバレる訳にはいかないので、適当に理由を捏造して話す。

「……すみません。組長が反対している以上、俺個人として手を貸す訳には……」

「高橋加河を相手取るとなると、如月組の檜山凛はもちろん、小森奏ですら相性が悪い。静香にももちろん無理だろう……お前以外にいないんだ、奴を相手にできるのは」

「……申し訳ない」

 俺の返答に、篠原は深刻そうな表情で頭を抱えている。

 こんな様子の彼は初めて見た。ヤクザ同士の喧嘩や抗争を始まる前に終わらせる、と噂されているが、実物は思ったより人間味がある。

「あなたほどの頭脳をお持ちなら、その高橋加河も何とかできるのではないですか?」

「冗談言わないで下さい……奴一人で、月に何百発の弾道ミサイルが崩壊させられていると思っているんですか」

「それは相性の問題もあるでしょう。人と戦うのであれば、また違うのではありませんか?」

「それは……これからの情報次第ですね」

 篠原はまたお茶を一口飲み、ため息を吐く。

 今の彼はとても頼りなく見える。こんな奴が相手なら、同盟の解消もとんとん拍子で進みそうだ。獅子堂会の若頭の能力も、意外と大したことはない。

 そう思った次の瞬間、途端に体の力が抜ける。

「うっ……なんだ?」

「どうした、籏崎?」

 組長が尋ねてくる。俺はそれに「なんでもないです」と返すが、この感覚は知っている。


────制御装置を、使われた時の感覚だ。


 続いて、扉がコンコンと叩かれる。組長の「入れ」という言葉のあとに入って来たのは、見たことのない男一人と、全身に金属のプレートを纏った異様な人間だった。

 見たことのない男は篠原に近付き、一言口にした。

「終わりました」

「そうか、ご苦労」

 俺には、二人が何の話をしているのか分からなかった。

 急に入って来たよそ者に対して、俺は最大の警戒を向けていたが、光の力を認識できない。気付くと、とっくに乾いていた冷や汗がぶわっと全身からあふれ出していた。

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