第27話 あっけなく

「何もせずに終わっちまった……」

 この仕事が始まる前は、俺はとんでもなく強い被移植者と戦わねばならないと思っていた。制限があるとはいえ、強力な自己治癒力と光を操る能力を持っている相手だ。とても普通の人間に相手できるとは思えない。戦えるとすれば、俺や静香のような人間だけだろう。

「取り押さえろ。一応、目隠しもしとけよ」

「はい」

「クソッ! やめろ!」

 俺をこの部屋まで案内してくれた男は、みなとと言うらしい。

 彼と篠原の取り巻きが、おそらく籏崎と思われる男を床にうつ伏せに押し付け、背中に回させた手首に手錠をかけている。

「能力が……ああっ、どうして!」

 籏崎は必死に能力を使おうとしているのか、歯を食いしばって全身を力ませている。しかし、何も起こらない。完全に能力を使えなくされているようだ。

「湊とお前らは車に先に戻ってそいつを見張っとけ」

「確保した制御装置はどうしましょう?」

「入ってた金庫に入れたまま同じ車のトランクに入れとけ。装置の電源は絶対に切るなよ?」

「はい、失礼します」

 そう言って、もがく籏崎を引きずって男たちは退出していった。

 部屋に残ったのは俺、篠原、そしておそらくここの組長である男だ。篠原が三十代くらいなのに対してその男は五十代はいってそうだが、その割に体はしっかりしているように見える。

「さて……」

 ひと息ついて、篠原は組長の男の向かいに座りなおした。俺も座りたかったが、このフレームは座ってくつろげるほど構造が優しくないので、篠原の座っている椅子の横に佇むことにする。

「……座らないのか?」

 篠原がそう尋ねてくる。

 逆に、この見た目で座れると思っている頭に驚くが、そんな本音をそのまま言うわけにはいかない。

「この体なので」

「ハッ、そうだな」

 吐き捨てるようにそう言い、篠原はコップに口をつけたが、どうやら何も入っていなかったようだ。俺がここに来るまでに飲み干してしまったのだろう。

 その様子を見て、向かいに座っている男が口を開いた。

「はっは、よほど緊張したようで」

「そんなはず。ただ、会話をしながら、かすかにですがこちらにまで人が倒れる音が聞こえてきていたもので」

「そのために、途中から感情的になって大声になるような会話内容に変えたのですがな」

「ええ、あれは助かりました。下手に演技するより、悶々としたいざこざを持ち出す方がリアリティがありますしね」

 ……こいつら、手を組んでやがった。

 どうりで今回の作戦が上手くいったわけだ。内部に協力者でもいなければ、こういった潜入作戦は成功し辛いだろう。

 ただ、どうやって組長に情報を通したのかが分からない。組織の頭に今回のような作戦を把握させるには、組員の何人かを介する必要がありそうである。だが、篠原の言っていた作戦を考えると、組員にも協力者がいる可能性は低そうだ。

「で、今回はどうやったのですか?」

「簡単ですよ。黒川組の人数を把握したうえで、今日のように人が少なくなるタイミングを見計らい、俺が矢面に立った上で籏崎をここに釘付けにして、あとはうちの私兵が警備を一人一人不意打ちで気絶させながら制御装置がある場所まで行き、籏崎の能力を使えなくさせる……それだけです」

「使った人数は?」

「付き人3人、俺、湊……あとこいつです」

 篠原はこいつと言って、俺を指さした。

「6人ですか! それはまた危ない賭けに……」

「これだけ立派なお屋敷だと、潜入するのは容易です。ただ、建物に物音が響くのでなるべく戦闘音を立てるなと湊には伝えていましたが……」

 たしかに、彼はあまり潜入が得意ではなさそうに思えた。ただ、人を気絶させるのは見た目よりも難しいので、それを考慮したら彼は相当頑張ったように思える。

「客室と金庫のある部屋が離れていて助かりました。それにこの部屋、防音室になっているでしょう?」

「気付かれましたか。まぁ、あまり聞かれたくない話もここでしますので」

「あの黒川組が? 意外ですね……」

「大したことではないですがね。ところで────」

 組長のおっさんの目が唐突にこちらを向いた。

「そちらの彼は、獅子堂会の新入りか何かですかな?」

「いいえ。一応、うちのお抱えの傭兵です。勝手に外の人間の依頼も受けているようですが」

「随分と自由ですな」

「ええ」

 なぜか、俺はこいつらのお抱えということになっていたらしい。

 そんな話は聞いていなかったが、よくよく思い返してみると俺はこいつに「戦力が足りないなら手を貸してやる」と提案していたので、お抱えという扱いになるのが自然なのかもしれない。

「さて、そろそろ失礼させていただきます」

「おやおや、お忙しいようで」

「おかげ様で。今回のこの件について、会長はあなたに責任を追及するつもりはないようです。ただ、籏崎の管理についてはこちらに任せてもらいます」

「温情ある措置、感謝いたします」

「では、これで」

 篠原の背を追いかけ、俺は客室を後にした。

 フレームを建物にぶつけて傷をつけないよう気をつけながら、俺は篠原について行く。

 彼の表情には疲れが伺える。籏崎のような能力者を相手にするのは、精神的にかなりストレスがあっただろう。それが普通の人間ならなおさらだ。

「……手を組んでたんだな」

「あ? 何の話だ?」

「いや、あの組長と」

「茂さんか。勘違いすんなよ」

 なんのことか分からないので「勘違い?」と首を傾げていると、篠原はため息交じりに答えた。

「あの人には、今回の作戦は伝えていない」

「……え?」

「作戦を伝えたのも、実行したのも、俺とお前を含めた六人とあと別働隊だけだ。そもそも、組員に知られずに組長にだけ情報を伝えて協力してもらおう、とか……無理に決まってんだろ」

「いやいや、だって」

 籏崎を締め出したあとの会話で、組長のおっさんは明らかに、こちらの狙いを知っていたというような反応を見せていた。籏崎が拘束されている最中も何もせず傍観しており、抵抗するような様子は一切なかった。

「多分、なんらかの方法で情報を盗み取られた、とかでもない。籏崎が同盟の妨害を企てているのを察して、俺が今回みたいな方法で阻止しに来ることを予測していたんだろう」

「勘が良すぎるだろ。情報なしでそこまで予測できるか?」

「さぁな、本当のところは分からん。ただ、情報が漏れていた可能性も排除できない。この一件が終わったら、情報の管理について見直す必要があるかもな」

 意識の高さに感心するが、それよりも少し気になったことがある。

 ささいな違いでしかないので勘違いかも知れないが、そこまで失礼なことでもないので、恐る恐る口を開く。

「なんか、優しいな?」

「なにがだ」

「俺に対する態度」

「勘違いだろ」

 そうは言うが、質問をしてすんなりと答えてくれる辺りが特に優しく感じる。

 以前は敵対心がむき出しているような目を声をこちらに向けていたので、そのギャップが凄い。それとも、疲れているから自然にそうなっているだけなのだろうか。

「嫌いな奴に常にイライラしてるような性格じゃ、若頭まで上がってこれねーよ」

「んー……なんか、納得できねぇ」

 俺は人の嫌悪には人一倍敏感な自信があるので、篠原のその言葉が嘘であることを疑っていた。だが、こいつに好かれるようなことをした覚えもないので、俺は初めて自分の感覚を不安視する。もしかして、その自信はまったくの間違いなのではないかと。

「そんなことより、これからやることは分かってるな?」

「本部までの車両の護衛だろ? 分かってる」

 外に出ると、黒塗りの車の後部座席に、手足を鎖でぐるぐる巻きにされた籏崎が座らされていた。湊と付き人の三人は車の周囲を警戒しており、全員が緊張しているのか、空気が張り詰めている。

「よし、車を出すぞ。準備は?」

「できてます」

 篠原と籏崎と湊が同じ車に乗り、付き人の三人はそれぞれ違う車に乗って本部へと出発した。俺はと言えばジェット移動があるので、車のスピードに合わせながら、上空を後ろからついていく。

 付き人三人の車は籏崎の乗った車を囲むようにして進んでいる。それを見て、俺は疑問を覚えた。

「何をそんなに警戒してるんだ……?」

 黒川組に向かっている時は、特に何かを警戒した様子は無かった。

 打って変わって、現在は外敵に対処するような車の走らせ方をしている。走っている道路も、なるべく街灯のない道を選んでいるように感じる。

 篠原は俺に何も話さなかった。その時の余裕のなさから、”話す暇がなかった”のだと察することはできるが、あの籏崎を騙すときよりも緊張しているようにも見えた。

 そして、黒川組を出発してから三十秒が経過したころ、全身の温度が上昇する。

「……くる!」

 咄嗟に直感に従い、フレームの腕部を取り外し、腕を大きく振って上空に黒い炎のベールを展開する。

 直後、黒い炎は弾けるように消え失せ、炎で覆えなかった周囲の道路がめくれていた。めくれたアスファルトは上空に浮かんでいき、夜の闇に吸い込まれるように消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る