第24話 指名
一回目の依頼が終わってから十日後。
成人男性が働かずに寝ているのも絵面的にきつくなってきたので、失恋で滅多打ちにされた心をなんとか叩き動かし、依頼を探そうと行動しようとしていた時、静香が地下室を訪れた。
「ん? どっか行くの?」
「ああ……依頼を探しに」
喉に力が入らない。それでもなんとか声を出し、この会話を会話として成り立たせようと努力する。
あれから十日経つというのに、心の傷が癒える気配は一切ない。失恋とはこうも辛い物かと痛感しながら、これを気にせず伴侶を作っている世の夫婦はなんて強いんだろう、と尊敬の念すら湧いてくる。
それだけ辛くても働かないことには何も始まらないので、地下室から出ていこうとすると、静香が慌てたように引き留めてくる。
肩を強く押されて地下室に戻されたので何事かと思うと、彼女はとても必死そうな表情だった。
「そんな体で人がたくさんいる場所に行く気!? マジでやめてよね」
「あぁ……フレームな。ちゃんと着てくよ」
「絶対ダメ! フレームを着たとしても一人で行っちゃダメ! 私が代わりに行くから声かけて!」
「めんどくせぇ……」
たしかにあのフレームを着た姿は目立つだろうが、ただのコスプレ野郎として処理されるような気もする。でも静香がかなり必死そうなので、その気迫に押された俺はそれに従う他なかった。
「じゃあ、頼んでいいか? なんか、忙しめな仕事を持ってきてほしいんだけど」
「いいけど……普通、楽な仕事を持ってくるよう要求しない? なんでわざわざ忙しい仕事?」
「今は……ちょっと、ひたすら何かをして気を紛らわせたくて」
「なにそれ。なら、ちょうどいい仕事があるよ」
そう言って、静香は一枚の紙と写真を取り出した。多分依頼書だろう。一瞬それを受け取りそうになったが、静香が自身の背中側に引っ込める。
忘れていた、俺の体は燃えている。
「マジで勘弁してよね、この紙燃やされるとめんどいんだから」
「すまん……で、その依頼の内容は?」
「お待ちかね、獅子堂会若頭『篠原和彦』からの依頼だよ。指名の、それも機密性の高い、ね」
「思ったより依頼が来るのが早いな」
「まあ、今回は仕方ないよ。急がないと、東京がもっかい焼け野原になるかもしれないから」
「……まって、どゆこと?」
あまりにも物騒すぎるたとえ話に、失恋の傷も忘れるほど驚愕する。
静香は引っ込めた依頼書をもう一回俺に見せつけ、口を開いた。
「『黒川組内部の籏崎隆太郎の無力化、または討伐を傭兵:プラズマに依頼する。報酬は二億。日時は九月三日の深夜三時。集合場所は依頼受託後連絡する。なお、依頼の際は獅子堂会の私兵を数名同行させ、可能な限り協力して反乱分子を鎮圧すること』」
「文字が全部物騒だな……日時は明後日で……ん? プラズマってなに?」
「え、言ってなかったっけ? あんたの傭兵としての名前」
「はぁー!? 何やってくれてんの!?」
「ねぇバカ! 紙が燃える! 温度抑えて!」
「────あぁ、ごめん」
困惑と恥ずかしさと怒りでROのコントロールが乱れ、一瞬だけ体から黒い炎が立ち昇った。紙どころか静香さえ焼き尽くしてしまいそうな勢いがあったので、急いで炎を体の内に引っ込める。
幸い、静香にケガは無いようだ。依頼書をパッパッと払っているが、見ても引火した様子はない。依然として中二病的な恥ずかしさは俺の中で渦巻いているが、それを気にしすぎるとまた炎が出そうになるので、気にしないようにするしかない。
依頼書を見てホッとしている静香に、俺は感情を抑えながら疑問を投げかける。
「……で、プラズマってなに?」
「炎ってさ、プラズマに分類されるらしいよ」
「は?」
「……とにかく! 明後日あんたが戦うのは籏崎隆太郎ってやつ!」
おそらく、俺を傭兵として登録する際に最近知った知識を使いたかっただけなのだろう。今の知識自慢を見るに、多分それだ。
まあ今はいい。今考えなければならないのは、その籏崎隆太郎のことだ。
静香が今喋った内容からして、籏崎隆太郎は黒川組というところに所属しているようだ。この依頼書だけでは、その程度のことしか分からない。
だが、いくつか予測できることもある。篠原和彦という若頭のメンツ、静香ではなく俺、依頼書で名指しでわざわざ本人の写真を添えている理由────
「……被移植者か」
「そう、それも放出型かつ光。多分、戦闘能力自体は凛よりもずっと高い……ほんと、おとなしいやつで良かったよ」
「光……ん? 放出型、ってなに?」
「扉を通してエネルギーを供給してくるのが『放出型』、扉を通して体の機能に補助を与えるのが『増幅型』、扉に触れたエネルギーを変質させるのが『変換型』……言ってなかったっけ?」
「聞いてないが?」
初耳も初耳だ。増幅だの放出だの、この体になった後もなる前も聞いたことのない知識しかない。
しかも、その知識を鑑みるなら、光の放出型の能力を持った籏崎隆太郎は、とんでもない強さであることが分かる。
魔力切れだのマナの枯渇だの、漫画でよく見た魔法使いと違い、息切れという概念がない可能性がある。静香が知っているかは分からないが、さすがに確認しなければならない。
「エネルギー切れとかないのか? そいつ」
「ないね、やろうと思えば今すぐにでも地球上全部を焼け野原にできるよ。サイコパスじゃなくて良かった~」
「……俺じゃ荷が重くないか? 顔を合わせた瞬間に体中に穴を空けられて終わりそうな気がするけど」
「そうでもないよ。いくら被移植者と言えど体は生身で、特に放出型には反動があるから」
「反動?」
それを聞いて、ふと俺は俺の体に目を向ける。反動とは、こんな感じのものなのだろうか?
「……君のそれは耐性がないだけでしょ」
「『だけ』と言うには重すぎる気がする」
どうやらこれとは違うらしい。まあそもそも、静香も檜山も能力を使ってこんな感じにはなっていなかったので、これとは毛色が違うか規模が違うかのどちらかだろう。
「奏曰く、ROを移植された際に、体中の細胞に連なるように扉が出来上がるらしくて、耐性がある人は扉からエネルギーを出せるかどうかを意識的にコントロールできるけど、扉ができたばかりだとその扉が破損しやすいらしいの」
「つまり?」
「扉の耐久力を考えずに能力をべた踏みすると怪我するってこと」
「え、俺のこの体ってそれじゃね?」
「黒い炎はまた別だってば」
分からない。俺が能力のべた踏みをやめられないだけで、俺も静香たちと同じではないのだろうか? そうでないなら、この体は一体何なのだろうか?
静香は俺の疑問に首を振りつつ、籏崎隆太郎の能力に説明を移す。
「籏崎は私と同じ世代だけど、黒川組で育てられて、物心がついた頃から被移植者として生きてきてる。扉の強度自体は、私の比にもならないんじゃないかな」
「扉の強度が高いと、どうなるんだ?」
「反動に耐えられるようになって、能力の出力が上がって……再生能力がめっちゃ高くなる」
「待ってくれ……」
今のところ、戦ったとしても勝てるビジョンが浮かばない。
なにせ、俺はこの体になってから半年も経っていない。扉の強度?も屁みたいなものだろう。こんなのに勝てる奴がいるのかすら心配になるレベルだ。
「ちなみに、静香は勝てるのか……?」
「凛すら勝てないんだよ? 無理無理」
「だよなぁ」
「多分、奏が戦っても千日手になると思う。けど……」
さらっと小森のとんでもない戦闘力が明らかになった気がするが、俺を本当に驚愕させたのは続く静香の言葉だった。
「再生を阻害できるその黒い炎なら……なんとかなるかも」
「再生を……阻害?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます