第15話 再び旅路へ
「チェックメイト」
「ちょっ、まじかよ!ガキのクセにやるな」
「いえいえ、ステファンさんも強いですよ。ひやひやしました。」
目を冷ますと、テナとステファンは珈琲を飲みながらチェスをしていた。
アルトはリオの料理を手伝っている。
シモンは郵便物を仕分けていた。
「あ、おはようございます。疲れは取れました?
」
シモンがにこやかに挨拶をしてくれた。
宿屋を探す目的で郵便屋に行ったけれど、十二使徒は見つかって、その上家に泊めてもらったので宿代が浮いた。
なにもかも至れり尽くせりで、僕は安心して眠ってしまった。
立ち尽くしているリオがカップを持ってくる。
中身はなんだか緑色っぽい茶色で、ちょっと飲むの躊躇しそうだ。
「はいこれ!滋養にいいから飲んで!」
薬草の独特な匂いが鼻につくが、僕はカップに口をつけた。
なんだこれ!?苦すぎる!ってか普通に不味い。
僕は思わず眉間にシワを寄せる。
するとそれに気がついたシモンが慌てて僕のカップに何かを注いだ。
「はちみつをいれなくてはね!
でもよく効くからしっかり飲んでくださいね。
異世界から来たばかりなんだから見た目以上に疲れてますよ、きっと。」
優しい。率直にそう感じた。
他人にこんなにも親切にされるなんて、元の世界であるものか?
初めて会った存在で、初めは敵か味方かもわからなかったのに。
大体元の世界でだって可もなく不可もない存在で、僕のことなんて気にする人もいないのに。
こんなに温かな世界が存在しているなんて、僕は知らなかった。
「わー!?苦すぎた!?はちみつ足りない?
涙がでるほど不味すぎました!?」
「いや、大丈夫!」
はちみつを注いだら、本当に美味しくなった。
でもそれ以上に注がれた優しさに僕は無意識に涙が溢れていたのだった。
泣き虫じゃないはずなのに。
感情が楽器のように素直に出てくる。
「旅につかれたら、いつでも遊びに来てくださいね。
水色君も、アルトもテナも。」
シモンは僕の朝食を見守りながら言った。
「あの、どうしてシモンはこんなに親切にしてくれるの?
僕の話も直ぐに信じてくれて、こんなに優しくしてくれて。」
シモンは僕より少しだけ年上なだけだった。
それなのに、ずっと大人に見えた。
「水色君」
シモンは僕に向かって微笑んだ。
「僕はね、十二使徒の偽物に何人も出会ってきました。
僕の楽譜を騙し取ろうとした人にも会ったことがあります。
なぜ、人が楽譜を欲しがるかわかりますか?
皆、財産や力を欲しがるからですよ。自分のためにね。
でも、君は違うでしょう?
見ず知らずの異世界から来て、君自身の為に
『コラールから呼ばれてここに来た』んですよ。ただそれだけで行動ができる君を僕はすごいと思っているんです。
それにね、君の手を取った時に『今までとは違う』って感じていました。」
それから、アルトとテナの方を見て言った。
「あとね、実は僕、アルトとテナのこと前から知っていましたよ。」
テナはチェスに夢中で僕らの話は聞いていないようだった。
アルトもせっせとリオの手伝いをしている。
「二人が路上の貧しい人に施しをしている事を知っていました。
前に、用事で城下町に行った時に使用人に教えて頂いたんです。仕事を共に探してくれたって。
君の世界にあるかはわからないんだけど、この国にはノブレス・オブリージュと言って貴族のような位の高い人は、位の低い人に手を差し伸べる習わしがあるんです。
仕事の斡旋はもちろん、炊き出しや寄付や色々あるんでしょうけど。
今の王様が何もしませんからね。そのせいか、貴族でもそれをする人は限られてます。
だからね、アルトとテナの行動は本当に凄いことなんですよ。貴族と比べたら彼らだって生活が楽なわけじゃ無いはずなのにね。」
僕もしっかりしなくてはね、とシモンは苦笑いした。
リオが僕の方にひょっこりと顔を出す。
「お弁当できてるからね。アルトに渡しておくね!」
リオが包をアルトに渡していた。
家族の団欒の時間ってこんな感じだよな、とふと思い出す。
「素敵な家族だね、シモンもステファンもリオも。」
「さっきもいいましたけど水色君も旅に疲れたらいつでも遊びにきてくださいね。
異世界から来た君の、帰る場所になれたら嬉しいですから。」
「うん!シモン、ありがとう。」
優しくて温かい朝の時間は過ぎ、郵便局の開局前に僕たちは郵便局を出た。
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