第10話 歌声広場
あっという間にお昼ご飯の時間になり、広場は沢山のお店が広がっていた。
旅芸人の馬車もあり、昼食の時間に合わせて準備をしている。
「水色君、何が食べれます?
この世界の食べ物、君の世界の物とそんなに変わらないですかね?」
テナが聞いてくる。
そうは言われるものの、僕も答えるのに困る。
「そうだなあ、多分なんでも食べれるよ。
テナが食べれるなら僕も食べれると思う。」
「そうですよね、じゃあ私が選んできますね。」
そう言って、テナは屋台へと向かっていった。
私はアルトと二人で旅芸人の舞台から少し離れた場所にあったベンチに腰をかけた。
「この広場はな、歌声広場っていうんだ。」
アルトは優しい表情を浮かべて言った。
こんなにも優しい表情をみたのは初めてだった。
「ここは昔からの伝統で、いつも昼になると旅芸人が来て、歌を歌う。
旅がいない時は、街の人が歌を歌って人を楽しませるのさ。
色んな歌を歌う。
オペラのような曲も、シャンソンも、何でもだ。
旅芸人が教えてくれる歌が、街の人は大好きなんだ。」
アルトはキラキラとした目で、僕にそう教えてくれた。
アルトは音楽が好きなんだ、と知った。
音楽はこの世界にもある。そう思うと僕はなんだか心がぽかぽかした。
そして僕は旅芸人の舞台を見つめる。
そんな時、テナが戻ってきた。
「はい」
手渡してくれたのはパンと僕の世界でいうジャーマンポテト的なものだった。
なんなんだろう。
ここの世界はヨーロッパをごちゃまぜにしているみたいだ。
テナは僕の隣に腰をおろす。
「さあどうぞ、あったかいうちに食べたほうがいいですから。
兄さん、舞台はもう始まりました?」
「大丈夫だ。間に合ったぞ。」
テナはよかった、とばかりにホッとため息をはいた。
テナもこの旅芸人のステージが好きなのだろう。
そうして、ランチをしながらの舞台がはじまった。
一番手はバイオリンのソロ。
無精髭をはやした大きな男の人が、バイオリンを奏でる。
そして、その後ろではピアノの伴奏を弾いていた。
優しい音だった。
外見とは似ても似つかない穏やかな音が広場に響く。
二番手は少年のアリアだった。
それは、まるで少女のように美しい少年だった。
しかし歌は情熱的でなおかつ音程の正確さがある。
変な感じがした。
もう声変わりをしてもおかしくない見た目なのにボーイソプラノがでるなんて。
「カストラートですかね、あの人」
「かもな・・・・この辺じゃ見ねえ顔だな。」
アルトとテナが二人して真剣に少年を見つめていた。こそこそと二人で話している。
「カストラート?」
僕は小さく呟いた。
初めて聞いた言葉だった。この世界にしかない言葉なのか?
そんな様子をみたテナが僕の肩に手を置いた。
「水色君は、教会とか行きます?」
「ううん、行かないな。」
「そうでしたか。じゃあ彼のような人に会うことはなかなか無いかもしれませんね。」
テナはそう言って再び舞台に目を向けた。
その後、たくさんのアーティスト達が自分の持つ音楽を最大限に発揮していた。
僕はこの姿に凄く感動した。
僕は人前でピアノをほとんど弾かない。
学校では、僕はピアノを弾けることを話していない。
こうして自分の音楽をさらけ出せるなんて、なんて素敵なんだろう。
色んな人の音楽が、心に響いた。
「水色?なに泣いてんだよ。」
アルトに言われて僕は涙が流れていることに気がついた。
アルトがバサッと僕の顔に向かって手拭いを投げた。
「あ、ありがとう。僕、この広場が大好きになった」
そう言うと、アルトは照れ臭そうに笑ってくれた。
ステージが終わり、仕立て屋さんに向かった。
アルトの言った通り、服はあっという間に出来ていた。
早速着てみると、白いシャツにワインカラーのベスト。黄土色のスラックス。
しかもサイズは完璧で収縮性に優れていそうだった。
「ありがとう!動きやすい!」
「良さそうですね、似合っています。」
テナはそう言ってにこりと笑う。
アルトはそっぽを向いていたが、僕はなんとなく察した。
アルトの性格が、ほんの少しだけわかった気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます