第8話 冒険の支度の前に
テナは僕に聖跡を見せたあとに、直ぐに腕を隠す。
この世界では、生まれついて聖跡を持つのか?
それても後から手にする?
僕にはわからなかった。
「では、今既に3つの楽譜が聖跡のなかにあるわけですね。」
「じゃあ、あと9つ!この調子なら楽勝じゃんか!!」
「兄さん、その油断が禁物ですよ。」
アルトが少し調子に乗ると、すぐさま突っ込むのはテナだった。
なかなかいいコンビである。
「けれど、もうこの街にあるとは考えづらいですよね。」
と、テナは言う。
「お城の中にもなかったわけですし、この街で誰かが持っているって噂もないし、これ以上密集してる確率は少ないでしょう。水色君のみたいに、時空をこえている楽譜もあるかもしれないですしね。」
テナのその言葉で、僕たちは近々に街をでることに決めた。
「水色君のその楽譜は、聖跡になる前は何時からあるのかご存知ですか?」
「いや、わかんない・・・。
ひいおばあちゃんが楽譜の持ち主だったんだ。」
「そうなのか。でもなんでだ?」
「昔貿易商だったんだって。」
僕は自分の知ってることを最大限に発揮しようと考える。
しかし、コラールは今日見つかったわけであって、この世界に来たのも初めてであるわけで、僕はなかなかの足でまといだ。
「とりあえず地図が必要ですね。家にあるのは古すぎて使えないですから。」
「仕方ねえだろう。ここは元々俺らだけの家じゃねえんだからよ。」
「明日にでも買いに行きましょうか。」
僕たちは旅に出る準備を始めた。
元々、楽譜しか持っていない僕にはテナがいろいろと用意をしてくれる。
「水色君には、大事なものを持っててもらうようにしましょう。
私達が水色君を護衛する体制をとれば、いざとなったら水色を逃がせます。
「街はどんな様子なの?」
僕はテナに尋ねる。
「城下町だから賑わってはいますけど・・・最近のお店は値上げばかりしてますよ。不況っていうんですかね。」
「値上げばかり?」
「ものの値段は上がるばかりです。この国は今不作続きで麦もとれません。
生活が苦しい人は、パンを手に入れるのも大変です。」
「そうなんだ・・・アルトとテナは平気なの?」
「あんまり平気じゃないですけど・・・まぁ、そもそもこの不景気は、お城にいる偉い人が招いたことですし、どうしようもありませんよ。」
お城にいる偉い人というのは王様・・・つまり、兵隊が言っていた陛下のことだろう。
「陛下も十二使徒とそれに伴う楽譜を探しています。
そのためにたくさんの費用を使っているんです。
それで財政は厳しくなって、税金は上がりました。」
テナはそう言って苦笑いする。
「王様?はどうして楽譜が欲しいの?」
僕はテナに尋ねた。
しかし、テナは知っているのだろうか。
そう思っていたとき、傍らにいたアルトが口を開いた。
「王様は、隣国が欲しいんだ。
そろそろ王様は隣国に兵をあげようと考えてる。
だからコラールが欲しいのさ。娘の魔法の力が宿る楽譜が。」
「でも」
僕はそう言って会話を遮った。
それを、アルトはわかっているように話をつづける。
「陛下にとっては隣国を手に入れたい。ただそれだけさ。
国民のことなど考えちゃいないのさ。
魔法の力を使って戦争で勝ち、隣国を手に入れたい。
はっきり言って、この不作続きの畑の方が隣国よりも大切なはずなのによ。」
アルトは目を伏せた。
どの世界でも国には問題がつきものだった。
僕の住む世界はこの世界よりはマシかもしれない。
飢えて死ぬ人はいない。
むしろ食料は有り余っていて、捨てる一方だ。
「兄さん、行きます?」
突然、テナは言った。
「ああ、行くか。」
アルトとテナはこんな夜更けに外に出る支度を始めた。
「どこに行くんだ?」
僕は慌てて尋ねる。
すると、テナが僕に手を差し出した。
「一緒に来ます?」
何が何だかわからないままその手に自分の手を重ねた。
僕はテナにつかまると、アルトが魔力で空へと飛び出す。
「ど、どこに行くの!?」と思いながらも、テナは脇に大きな籠を抱えているのが見えた。
アルトの魔法のおかげで一瞬のうちにして、街に着いていた。
路地では親子が体を丸めて身を潜めていた。
子供は2歳か3歳か、とても小さく見える。
母親が抱きかかえていた。
「やっぱりまだ仕事ないのか」
アルトはそう言って、テナは籠からパンを出した。
「毎日色んなところ聞いてるけど、やっぱり不況だからかね、人を雇えないって。」
「ひとまず明日はこれ食べてくださいね。
求人がないか、僕らもきいてみますからね。」
テナは眠っている子供をひとなでして、親子と別れた。
それから他にも路地で座っていたお年寄りや、子供の集まりにパンを配って歩いた。
夜明けがきた。
僕とテナはアルトにつかまると再び丘の上の家に戻っていた。
そして、僕は睡魔に勝てずにソファに座ったまま眠ってしまった。
次の日、街の新聞配達の少年がコンコンとドアを叩いた音で僕は目を覚ました。
アルトとテナは既に起きている。
その上、僕はいつの間にかベッドの上にいた。
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