第5話 接触

 最近、二人はよく俺の部屋に泊まる。そう、泊まるのだ。特段困った事はない、少し広い部屋のお陰で仕切りを作れば、二人が寝るには十分なスペースがある。

 大抵深夜までくだらない話をして、帰り支度が面倒になった頃、ウダウダと泊まる流れだ。


「お風呂ありがとうー」

「ああ、うん」

「洗濯物畳んでおいた」

「ああ、あんがと…‥」


 今日も今日とて、泊まる流れになった。それはいい、全然構わない。構わないのだが。

 二人はどういう心境なのだろうか。



 はっきりいえば、二人は俺にとって大切な人になっている。過去においてここまで心を許した人は居ないし、今後もあまり出てくるとは思えなかった。

 小動物を彷彿とさせる可愛さの流川と、朗らかな笑みを絶やさない伊月。色の違う可愛らしさは、どれも俺の心を捉えて離さなかった。

 今も水色と桃色のパジャマに着替えて、仲良く敷布団の上に腰を下ろしている。その姿を見るだけで、全てが熱くなる感覚はあった。


(どういうつもりなんだ……)


 二人は、俺に気を許しているとは思う。同世代の男の部屋にこう容易く泊まる事もそうだし、ホイホイ泊まる性格でもないから。

 それに気のせいかもしれないが、時折俺を見る目に意図がある気がしていた。自意識過剰かもしれないが、今だって肩越しにチラリと見ている気がする。


(嫌われてはいない、のは確実。自惚れじゃない)


 人見知りの激しい流川もだが、案外伊月も人付き合いは少ないようだ。皆に笑顔を振り撒いているけど、実際深い付き合いなのは流川ぐらいらしい。

 そんな話もするようになったから、嫌われてはいないのは、本当だと思っている。


(……うわー。やだなぁ)


 聞いてはみたい。だがこの心地よい距離感を捨てるリスクは、とてもじゃないが取れなかった。


(無くしたくねぇ)


 この空間が、二度とないかもしれない。そう思うと、聞きたくても言葉は生唾になって喉奥に消えた。

 だけど聞かなくては、先に進めないとも思う。


「……あ、あ」


 二人の円な瞳が、俺を捉えた。俺とは全然違う、穢れを知らない透き通った瞳。宝石のように美しく、失いがたい。


「あ」


 慣れない事だった。だから俺が手元のコップを倒して麦茶をぶちまけても、その場は何も動かない。

 固まった俺は、その時気が付かなかった。二人も俺と同じく、身体を固くさせていたと。


「あ、む、む」

「たお、タオルタオル」

「う、うんうん。タオル」


 三人の大学生が、固まった後にいきなり動き出すとどうなるか。丁度座卓を拭くための布切れがあったから良かったものの、それを取るのに何度も手間取った。お互いの手が重なりそうになったら引っ込め、を繰り返すからだ。


「あ、あ……」

「だいじょ」


 触れた。それでも俺達の手は重なった。どっちが上か下かさえ分からない程に舞い上がっていたけど、確かな事はある。

 二人の手は、想像よりも優しかった。人柄が出るような温もりが、両手から伝わるともう堪らない。


「……あ」


 無意識に……二人の手へ指を通した。可能な限り優しく包み込んで、二人と目を合わせる。


「……」


 円な瞳は、やっぱり綺麗だ。伊月も流川も手を離すことなく、じっとしている。

 永遠に思える時間が経過したと思っていたら、ふと手に感触があった。


「三嶋君……」

「伊月……」

「……うん」


 伊月が、少しだけ上を向いている気がする。俺は流川の方にも目を流した。すると流川はコクンと頷いて、俺の通した指に固く指を絡ませてくる。

 そして目を閉じて、伊月の真横に顔を伸ばした。


「る、流川……」

「……いいよ」

「……その」

「うん……」

「いいの……」


 その言葉は、俺にとっては麻薬に等しい。まさかとは思ったものの、どうやら勘違いじゃないようだ。

 二人がお互いの顔が付くぐらいに寄せた時、我慢の限界を自分で超える。


「……ん……」

「…あ…」


 触れるように、二人の唇に重ねた。拒否の姿勢もなく、絡み合う指に力が入れば、後はもう決まっている。

 三人の額がぶつかる距離になって、そして指が離れた。


 離れた手の行き先は、お互いの背中だった。

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