第2話 発見

「あ、あの」


 スマホのシューティングゲームをしていた俺は、声をかけられた事に気が付かなかった。


「ちょっといいかな?」


 何度も声をかけられてはいたそうだ。俺が気がつくのは肩を叩かれる時を待たなきゃいけない。

 場所の移動でも促されたのかと思った俺がベンチを立ち上がると、声をかけてきた人は慌てた様子だった。


「あ、ま、待って」


 そこでやっとイヤホンを外す。俺は背後に立っている二人組を見て目を見開いた。


「あの、三嶋さんだよね」

「あ、はい」

「少し話、いいかな」



 講義中の時間、構内の人気のないベンチは日頃から把握している。そこまで辺りを気にしながら移動すれば、二人は肩から下げたバッグの紐を握りしめていた。


「これ、貴方がしたんだよね」

「ど、どどうしてそう思うの?」

「私達色々聞いたんだ。それに」

「その、あの時いたよね」


 やはりバレていたか。俺はあの時脚を取られた自分に嫌気がさす。折角計画を練って隠れ切るつまりだったのに。


「まぁ、うん、まぁまぁ」

「えっと、ありがとう」

「お陰で助かった」

「そっか」

「本当にありがとう」


 伊月光と、流川真央。二人は同じタイミングで頭を下げてくれた。



「そこまで大袈裟にしなくても」

「うんうん、助かったもの。正直、どうしたらいいか分かんなくて」

「いや、それはしょうがないって」


 流川さんの話す通り、アレは簡単に事が済む案件じゃない。二人が所属するダンスサークルは学内でも有数の知名度と人気を誇っていた。

 所属するメンバーの数もさることながら、フロントメンバーは既にメディアにも露出している。影響力という話で言えば、下手な教授よりも持っているかもしれなかった。

 彼女達をベンチに促すと、自然に話はイジメについて焦点が当たる。


「まさかあのサークルで、あんな事があるとは思わなかったけど」

「そうだね。私達もちょっとビックリした」

「災難でしたね」

「普通でいいよ。災難というか、運がなかったというか」


 伊月さんは少し細めの眉を、悲しそうに揺らす。よく笑うつるりとした顔も、今は曇りがかっていた。


「何をしたらああいうことに?」

「何もしてないよ。ターゲットにされてのは真緒なんだけど」

「私は……あまり、あの人たちに」

「ああ……」


 伊月さんとは対照的な、大きな瞳と丸顔に悲しみを蓄えたこと流川さんは、言葉も少なめに口を閉ざす。


「あれだけ?」

「大きいのはアレだけ。後は小出しにされて、何だか相手するのも」

「ああ……、でも終わったんだから」

「うん。これから学務課の職員の人と話す事になった」

「それは良かった」

「光」

「うん。じゃあ、ありがとうね。本当に助かった」


 そう言ってベンチから立ち上がった二人は、去り際に大きく一礼してくれた。何度も頭を下げられてはこっちも気まずくなるし、もういいと手振りで示したけど、彼女達は何度だって頭を下げていたのだ。



 自宅に帰れば、やはり話題はあの動画について持ちきりだった。各種SNSで拡散されてしまった以上、この流れは止められない。


「ほー」


 大学はサークルの無期限休止を発表していた。件のメンツの中には世をときめくインフルエンサーもいて、対応は困難になっているのだろう。

 俺は勉強机に置いてあるドローンを手に取った。


「役に立つとはなぁ」


 スーパーのガラガラで偶然当たった、特に高性能とも言えない代物だ。趣味も無い俺だったから、暇つぶしにでもと触っていただけだった。

 ある日、ドローンを障害物の多い場所で飛ばす遊びをしていた時、搭載されているカメラに写っていたのが、伊月さんと流川さんが泣きながらゴミを拾っている姿だった訳である。

 初めはゴミ袋が破けたのか、と安直に考えていたものの、二人の悲壮感ある表情がただ事では無いと察しさせた。


(ま、良かったよかった)


 たまたまその前にドローン撮影とSNSへのアップロードの仕方をネットで検索していたから、今回の作戦も立てられたのだ。偶然に偶然が重なったお陰で、彼女達への手助けが出来た。

 俺は影のヒーローになった喜びを噛み締めつつ、ドローンの整備に取り掛かる。

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