ウィカナ・フライングダッチ―Ⅸ

 コルト・ノーワード。

 イルミナ・ノイシュテッター。

 ウェンリィ・アダマス。


 アルマ・シーザら、悪魔族へと変貌を遂げた生徒らを各個撃破。

 悪魔族は魔法に長けた種族だが、元は人間である疑似悪魔族に負ける筋合いなど無い。


「呆気なかったわね」


 湖に浮かぶ悪魔を、アンカーで回収する。

 コルトと共に戦う条件として、敵となった相手は必ず殺さず、生きて回収する事と命じられていたが、悪魔族になったというだけで吐き気がするし、自分を迷いなく殺しに来た敵をどうして生かすのかと納得も出来なかったが、約束だからと無理矢理自分を納得させていた。


「全く……まさかあいつ、これを元の人間に戻そうとか言うんじゃ……」


 アンカーに引っ掛けていた悪魔に亀裂が生じる。

 ただ引っ掛けているだけの状態で亀裂など生じるはずもなく訝しんでいると、徐々に亀裂は大きくなって、亀裂から光が生じているではないか。


 直感で何かヤバいと察したイルミナは“アクセル”でその場から飛び退き、“ノイシュテッター”を解除して悪魔を湖に落として逃走。


 集会が開かれていた施設の方へ走ると会場全体が大きな結界に覆われていて、イルミナの足刀をぶつけても罅一つ入らず、“ライフル”での銃撃も一切受け付けずに入る事が出来なかった。


「どうなってるのよ、クソ……! こん中、大丈夫なの?!」


 一方、五分前の集会場。


 レイーシャの魔法でアルマともう一人を捕縛。

 拘束して警察組織に明け渡すまで待機していた一行は、十字天騎士を中心に今となっては珍しい悪魔族を興味深々と言った様子で観察していた。


 その様を見て、レイーシャは肩を震わせる。

 悪魔族とのハーフだと分かれば、自分もあぁして好奇心の対象にされて、研究の対象にされて、解剖でもされてしまうのかと思うと怖かった。

 察したコルトが背中をさすってくれなければ、ぼろを出してしまっていただろう。

 平静を保つため深呼吸。自らの胸を撫で下ろす。


「悪魔族になる薬か……何処から仕入れた? 誰から貰ったんだ」

「貴族の変身薬といい、希少な薬ばっかり。こんなの、学内じゃ手に入らないよね」

「裏ルート、でも、開拓されて、いるのか」


 気絶している二人が起きるのを待っていたが、そんな二人に亀裂が生じる。

 亀裂から瀕死の二人から出ているとは思えない厖大な魔力が噴き出し、その後の展開を察した全員が下がり、アンドロメダとレイーシャ、ウィカナの三人が多重の障壁を展開。

 同時に全員を覆うようなドーム状の防壁が展開されたが、それを打ち破るより全員が防御するための魔法を繰り出した。


 そして二人の命を散らし、巻き起こる大爆発。

 三人の展開した障壁を破壊し、全員を襲う大爆発から皆を守るため、アンドロメダとコルトが前に出た。


「『――!』“グラヴィティ・ウォール”!!!」

(“ウラヌス”!!!)


 重力の障壁と、魔力を混ぜた光による防壁とが大爆発と衝突。

 超高速詠唱と無詠唱。二つの高等技術によって守られた生徒達は皆が言葉を失い、先までの戦闘も含めて、十字天騎士の中にコルトを馬鹿にする者は誰もいなくなった。


 国一つを半壊させるだろう規模の大爆発を防ぎ切った二人は息を切らし、真っ黒に焦げて嫌な臭いをさせる二人が死んでいるのを確認したアンドロメダは悲しそうに潤ませた目を逸らし、コルトは憤りから拳を握り締めた。


「何だい何だい、俺からの特大サプライズ。貰ってくれなかったのかい?」


 何処からともなく響く声。

 地中からゆっくりと出て来て咲く巨大な花。中央に生えて来た白い雄蕊おしべ――基、男がと背筋を伸ばし、不敵な笑みを見せて来た。


「あぁあぁもったいない。魔力と生命力を媒介に発動出来る一度きりの魔法だったのに、一人くらい死んでくれても良かったじゃないですか。非情だなぁ」

「あなたが……今の魔法を? 今のは古き昔に使用を禁止された特攻魔法。人の命を冒涜するとして禁忌指定された魔法である事を、あなたは知らないのですか」

「無論知ってますよ。だから非情だと言ったのです。命には命を賭して受け応えるのが筋、というものでしょう?」

「あなた……一体何者ですか! 人の命を、一体何だと思っているのですか!」

「これは申し訳ありません。そもそも名乗っていませんでしたね。私は新たなる魔王の側近。五大魔王ペンタグラムの配下。ゼオラオスと申します。どうぞよしなに」

「何が魔王の側近だ!!!」

「待ちなさい、グラドアさん!」


 両翼を広げ、滑空するグラドアが拳を握る。

 拳には紅き炎を纏い、炎が龍の頭を模して吠えた。


「『我らが祖たる神の御業! 灼熱の拳を見るがいい!』“ファイアドラゴン・ブロウ”!!!」

「『悪魔の所業。火葬される黄金の棺。砕ける仮面の破片が神の目に刺さる』――“赫棺レッド・コフィン”」


 真っ赤な棺がグラドアを閉じ込め、黄金の礫が降り注ぎ、貫通。

 棺が砕けると血塗れのグラドアが意識を失っており、両手の炎は消えて地面に落ちて男の目の前まで滑って行った。

 それでもまだ自分へと戦意を向けて来るグラドアの頭を、ゼオラオスは踏み付ける。


「蜥蜴に堕ちた龍の子孫など、今更怖くもありません。もっと魔法を学び、出直してくるんですね。まぁ何度出直したところで、私には勝てないでしょうが」


 と、強きだったゼオラオスが後退る。

 見ると、普段温厚なアンドロメダが明らかな怒りの表情を露にし、ゼオラオスへと殺意と敵意と戦意を孕んだ眼光を飛ばしていた。


「さすがは世界第五位の魔法使い。前線を退いたと聞いていましたが、さすが三千年を生きるエルフ。たった五年ではちっとも衰えない。そして、あなたもです。コルト・ノーワード。詠唱を封じられても衰えぬ事なきその実力ちから、感服しますよ」

(今回の事は、全てあなたが起こした事ですか)

「まぁ、ちょっとした実験ですよ。我々が現在開発中の新薬、悪魔の種。これによって変じた疑似悪魔が、どれだけ戦えるのか。データを取りたかっただけです」

「そんな事のために、我が校の生徒を利用したと言うのですか……?!」

「いずれ再来する魔王様の時代のための、尊い犠牲でした。しかし、私も決して無理強いをした訳ではありません。力を欲する者に与えましょうかと問うて、与えただけの事。つまりは彼らの、自業自得にて」


 アンドロメダより先に、コルトがキレた。


 無詠唱で繰り出される光の斬撃。

 躱したギルティを追い掛けて解き放たれる大量の魔力塊。

 腕に忍ばせた黄金の暗器を持って跳び込んで来るゼオラオスを弾き返す光の障壁。

 今現在使える魔法の全てを駆使して、ゼオラオスを圧倒する。


 だがゼオラオスにも余裕が見られ、再度挑発する様にドラグアを踏み付けにする様には、何処か計れぬ自信が見て取れた。


「此度はここまで。いずれ五大魔王ペンタグラムの方々からご挨拶があると思いますので、その時はよろしくお願いします」

(あまり、魔王の肩書を使うものじゃない。弱く聞こえますよ)

「そちらこそ、舐めて掛からない事です。あの方達の力は、ゾディアクの比ではない。次こそ前種族滅亡……悪魔族の時代が来る時を、震えながら待つといいでしょう。『隔てる天地を我が足に繋げ』、“テレポート”」


 こうして、学園を脅かしていた危機は去った。

 三人の生徒の死亡。五人の生徒の変異という爪痕を残し、学園を通じて行われた宣戦布告に対して、アンドロメダの召集に応じ、世界に君臨するトップテンの魔法使い達が後日、集結した。

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