ウィカナ・フライングダッチ―Ⅷ

 三体の悪魔が出現。

 周囲はパニックに陥るが、彼らを統制するために、冷静さを保つ十人の生徒らが動く。

 ウィカナ・フライングダッチ含めた十人――十字天騎士の面々である。


「おい生徒会長。あれ、貴族の間で使われる薬か」

「そのようですね……いつの間に私の血統因子を……」

「その……悪かったな」


 グラドアは言いづらそうにしながらも謝罪する。

 ウィカナは静かに首を横に振り、マイクを握り締めた。


「皆様! 落ち着いて下さい! ただいまコルト・ノーワード様が対処して下さっています! 十字天騎士と教員の指示に従い、ゆっくり、落ち着いて避難して下さい!」


 生徒会長として皆に避難を促しながら、ウィカナは壇上から動こうとしなかった。

 魔法使いとしての本能のような部分が、彼女を含めた数名をその場から動かさない。

 既にコルトの実力の一端を知るライム・ライクでさえ、この戦いは見逃せないと思わせた。


「あの人のガチ魔法でのガチ戦闘とか、見逃す訳にゃあいかねぇでしょうさ。それに……あの人の下で鍛えられた、こいつらの実力もなぁ」


 足刀を顔面に受けた悪魔は、若干曲がった首を無理矢理直し、首を回す。

 入学以来アルマに何度も土を付けられていた癖に、いつしかアルマどころか自分達にさえ当たり前に土をつける様になった女。


 苛立たしい。腹立たしい。妬ましい。


「殺す、殺す、殺す殺す殺す……イルミナ……イルミナ・ノイシュテッター! てめぇは俺が――!」


 “アクセル”で肉薄した勢いのまま、顔面中に回し蹴りでの足刀が入る。

 宙に浮かんだ体が縦に回転しながら吹き飛び、壁に減り込むと、抜け出すより先にまた肉薄して壁に両足を突っ込み、“ライフル”を展開した両腕を悪魔の腹に突き立てた。


「『黒弾装填。我が銃身、怨敵のあぎとを食い千切る』」

「てめ、まさか――!」

「――“ガトリング・ブラック”!!!」


 百発近く、ゼロ距離で放たれる漆黒の弾丸。

 腹に穴が空かないのは悪魔族となって体が固くなったためだが、それでもダメージが全くない訳ではない。

 寧ろダメージは蓄積し、罅割れ、更に叩き込まれる弾丸による衝撃が肉を抉り、骨を破壊。悪魔の回復力を凌駕するダメージ量を与えられた悪魔は、自らの耐久力と回復力によって地獄を見る事となってしまった。


 やがて壁の方が先に限界に達し、崩壊。

 銃撃で吹き飛んで行く悪魔は地面を転げ、森を抜け、湖まで転げ落ちていく。


 だがようやく、猛攻から脱する事が出来た。

 次はこちらの番だと湖から浮上した顔が見上げたのは、イルミナが召喚した戦艦ノイシュテッターの砲口だった。


「は、え……? ちょ、待っ――」


 解き放たれる白銀の壊光線。

 呑み込まれた悪魔は湖と共に蒸発。

 悪魔の回復力と耐久力とで何とか死を免れたが、蒸発した個所を埋める様に流れて来た水の上を死んだ魚のように力無く浮かぶだけで、反撃する素振りは全く見せなかった。

 ただひっそりと、虫の息を繰り返すのみ。


「何? もう終わり? 悪魔族って頑丈って聞いてたのに……ま、あいつ曰く外側だけの偽物らしいから、この程度でしょうけどね」


 一方、ウェンリィサイド。

 ウェンリィと戦う悪魔化した生徒は、幾つもの斬撃を受けて膝を突かされていた。


 彼女の刀に付与された魔法“アナフィラキシーショック”によって魔力が拒絶反応を起こし、使える魔法が減らされ続ける展開は全くの想定外。

 悪魔族となった事で使えるはずの強力な魔法も、より多くの魔力を使わなければ使えないため試す事さえ出来ず、攻め手も受け手も失っていた。


 が、ウェンリィは手を抜かない。

 “バイブレーション”によって震動する刀を構え、前傾姿勢に。垂直に跳んだ彼女のつま先が地面に突いた瞬間、一直線に跳び込んだ。


「『御剣みつるぎの神たる祖に願い奉る。神速と謳われし祖の御業。我がつるぎに齎し給う』――“武御雷タケミカヅチ”!!!」

「っ――! 『金剛――』?!」


 詠唱さえ間に合わない電光石火。

 何とかわずかに硬化させた斬撃が体に食い込み、肉の内側まで抉り斬られた悪魔は絶叫し、膝だけでなく肘まで突かされた。


 傷口がすぐさま塞がろうと、骨が見えるまで抉り斬られた痛みは拭いきれない。

 更に体には“アナフィラキシーショック”が残り、更に魔力と体とが拒絶反応を起こして震える体は、最早魔力のせいで震えているのか、恐怖で震えているのかわからなかった。


 最早勝負は着いていると言ってもいい。

 が、振り返ったウェンリィはまだ決着したとは思っていない様子で、翻した刀は未だ震動を続けて、眼光には敵意と戦意を残していた。


 それを見て、悪魔は悪寒を走らせて硬直。


 防御魔法を展開すれば戦闘続行と見られる。

 逃走しようとすれば追い掛けられる。そして、脚の状態からして逃げられない。


 どうしようと敗色濃厚。

 最初に斬撃を受けた時から、攻撃をまともに受けるのは悪手だったと気付くべきだった。


「『御剣みつるぎの神たる祖に願い奉る――』」

「ま、待て! 待ってくれ! 悪かった、降参だ! 俺の負け――」

「『神楽と謳われし祖の御業。我がつるぎに施し給う』――!」


 見えない速度で迫り来る斬撃など、詠唱が間に合うはずがない。

 背中を向け、一目散に逃げ出す悪魔の背を追い掛ける剣は炎を抱き、逃げようとする背中の右肩から左腰に掛けての袈裟斬りが肉と皮を抉りながら焼き斬った。


「――“豊布都とよふつ”」


 響く悪魔の断末魔。

 殺してはないものの、殺してしまったのではないかとさえ思える斬り傷は黒煙を上らせ、焼けた肉の臭いは十字天騎士の炎を使わぬ生徒達に吐き気を催させた。


 刀を這う炎と共に、悪魔の黒ずんだ血を振り払い、鞘に収めたウェンリィはコルトの方に視線を配る。

 が、変わらずコルトが二つの魔法だけで圧倒している様を見て、助力は必要ないかと安堵するのと同時、これ以上彼の力になれない事を残念がった。


「悪魔族はタフだと聞いていたのですが……まぁ、イルミナ殿の方も終わったようで、御師様の方も、もう少しで終わりそうですね」


 コルト対アルマの戦い。


 イルミナとウェンリィが無事に勝利した事を確認し、自身の戦いに集中。

 魔力を両腕に宿して拳として固め、両翼を広げて迫り来るアルマへと回避出来ないほど厖大な数の魔力塊を放出。


 回避し切れずに数十、数百の魔力塊を受け、炸裂する魔力によって吹き飛ばされるアルマは飛ばされた先で両手を重ね、両腕に宿していた魔力を光線として解き放った。


 迫り来る光線を躱さず、二本の指を真上から一直線に振り下ろす。

 後れて生じた光の斬撃が光線を両断。コルトの左右を通り過ぎ、障壁にぶつかって爆ぜる。


 無傷のコルトを見たアルマは地団太を踏み、怒りで目尻の血管を破裂寸前まで膨らませた。


「クソッ! クソッ! クソッ! 悪魔だぞ?! 悪魔族の力だぞ! 何で殺せねぇ何で殺せねぇ何で殺せねぇ! 何故だ何故だ何故だ何故だ、何故ぇぇぇっっっ!!!」

(何故? 愚問ですね。僕が一体、どれだけの悪魔と。どれだけの種族と、戦って来たと? そして僕が、一体誰を倒したと思っているのですか)


 愚問だった。

 コルトはそもそも、悪魔族の頂点たる魔王を倒した代償として声を失ったのだ。

 今更悪魔族の一体や二体、強敵でさえなければ脅威でもない。薬を服用して変異した悪魔擬きなら猶更、恐るるに足りない。


 そしてまた、コルトの背後に魔力と共に現れる巨大な影。

 声を発しないはずのコルトから出ているとは思えない唸り声が聞こえて、コルトにはない虹色の虹彩が見えて、臆したアルマは硬直して動けなくなってしまった。


 恐怖。畏怖。

 悪魔となって忘れ去ったはずの感情が、再び大きく膨らみ始める。

 コルトが一歩進めばアルマは一歩下がり、二歩進めば二歩下がり、更に進んでとうとう後ろに下がれなくなった時、アルマは完全に腰を抜かして、立てなくなってしまっていた。


(その様子だと、感じられているようですね。僕に掛けられた呪い……魔王ゾディアクの魔力を。悪魔となった事で痛いほど身に沁みるでしょうが、存分に、遠慮なく受けるといいですよ。魔王の覇気を)


 信じられない。信じられる訳がない。

 わずか五年前まで、こんな生物が存在していただなんて。


 最早竜巻、津波、森林火災等自然災害を目の当たりにしているような感覚。

 生物とは思えない存在感に恐怖の絶頂へと立たされたアルマは、生命としての危機を察しながら意識を喪失。白目を向き、尿を漏らした状態で倒れてしまった。


(悪魔になった程度で強くなれたと、思わない事です)

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