ウィカナ・フライングダッチ―Ⅴ

 急遽開かれた全校集会。

 二学期最初の始業式と比べると、そこかしこの欠席が目立つ。

 数人程度なら気にならないが、数十人もの規模となれば気になるもので、壇上に立つアンドロメダから見ても一目瞭然だったが、全校生徒が集まると勘の鋭い生徒でなくとも、その異様さは感じ取れた。


「皆さん、おはようございます。急な集会にも関わらず集まって下さってありがとうございます。今回お話したいのは――」

「そこの生徒会長の弁明だろ?!」


 と、生徒達の中から声が上がる。

 背中に翼を生やして壇上へと飛び上がって来た生徒はアンドロメダからマイクを取り上げ、教壇の上に乗って、アンドロメダの後ろにいたウィカナを指差した。


 学内序列四位、世界魔法使い序列三〇一一位。

 龍族の末裔、グラドア・ドラグニューイ。


「噂になってるぜ? 生徒会長の黒い噂。夜な夜な歩き回って、出会った生徒に怪しい物を渡してるって。確かに確証はねぇけどよ、この場にいない生徒達が何よりの証拠なんじゃねぇの? どうなんだよ、生徒会長!」


 ウィカナは教壇の中にあった予備のマイクを取り出し、電源を入れる。

 学内四位と一位が向かい合うだけで生じる、何とも言えない緊張感。

 これから戦いが始まったとしても、何らおかしくはなかった。ウィカナは至って冷静だが、グラドアは学内一好戦的で、血の気が多いと有名だったからだ。


「確かに私に関して、怪しい噂がある事は存じております。しかし私は此の度、身の潔白を証明するためにこの場にやって来ました。現在学内に広がっている噂は全くのデタラメであり、私は何の関与もしておりません」

「そっかぁそっかぁ! 良かった良かった! ――で、済むような状況じゃねぇだろうがぁ!」


 グラドアの魔法、龍神化。

 魔法というよりは、普段封印している龍の血の力を解放したというところだ。

 四肢には鱗が生え、背中には翼が生え、人型の歯は全て抜け落ちて、龍の牙が生え揃う。臀部から生えた尻尾の先には蒼い炎が灯り、彼の感情に合わせて燃え上がっていた。


「関与してませんって言うのは簡単なんだよ。証拠だせや証拠! てめぇを見た奴らは全員漏れなくおまえの顔を見てんだよ! しかもつい先日、黒ローブを追い掛けた風紀委員の話による事にゃあ、相手はあんたお得意の泡魔法を使ったって言うじゃねぇか! フライングダッチ家の秘術ってのは、そんな容易く習得出来るもんなのか?!」

「習得難易度自体は高くありません。ただ、我が家伝統の魔法をこのような事に使われて、遺憾の意を感じてなりません。今回の犯人には――」

「おいおい待てよ。遺憾の意を表します、で終わりか? おまえの家の人間が関係してないと断言もせずに、それで終わりか? それじゃあ結局、あんたが犯人ないし、犯人に関係していないって証拠はないままじゃあねぇか」

「現在、生徒委員会と教員数名で事の真相について調査中です。皆様には不安な時間を過ごさせてしまう事となりますが――」

「会長さんよぉ。俺が言ってんのは、あんたがこの噂に無関係だって証拠を出せって事だよ。無関係だって言い張るなら証拠を出せ! あんたを見たって言う目撃証言。あんたの家の魔法。これらを覆せるだけの、あんたが無実だって証拠を出せって言ってんだよ!」


 マイクが握り潰され、ドロドロに溶解して教壇を溶かす。

 もうマイクなど使わずとも、龍の咆哮を体現する彼の声量は全校生徒に届いていた。


「序列一位だからって調子乗ってんじゃねぇか?! 会長さんよ! フライングダッチの権力でもみ消せるとか思ってるのなら、そうは問屋が卸さねぇ! 俺とメロ、ジュラル、エンプティ、ウガリア。そしてシュンカの五人は、これ以上あんたの無実を証明出来ないようなら、武力行使も厭わないつもりだ。今は沈黙を貫いて中立を保ってるが、ヴェディヴェラさんもこれ以上証拠が出ないなら、風紀委員として動かざるを得ないだろうぜ! 全校集会まで開いたんだ! 弁解だけじゃあ苦しいなぁ! 会長!」


 皆の視線が鋭く刺さる。

 グラドアの言葉は厳しめでキツかったが、夜な夜な現れると言う会長の噂の真相を知りたい者。彼女の無実を証明して欲しい者。彼女に無実の証拠を出して欲しい者。もしくは噂を真実と認めて謝罪する姿勢を見せて欲しい者と、事の真相を知りたい者達と気持ちは同じ。


 ウィカナが有罪だろうと無罪だろうと、真相のほどを知って安心したいと言う気持ちが、彼女の事を突き刺していた。


 が、今のウィカナには手札が無い。

 出せる証拠はなく、無実なのに事実だと曲げてしまう理由もない。

 段々と気丈に振舞っていたウィカナの心も揺らぎ、震え、竦み、怖気づいてしまいそうになった時、突如として開いた会館の扉から飛んで来た人影が壇上まで一直線。壁に張り付けられたその人の顔を見た全員が、絶句した。


「ウィカナ・フライングダッチが……二人?」

「二人どころの騒ぎじゃ、ないってぇの!!!」


 後れてやって来たイルミナが、担いで来た黒服を二人、投げ付ける。

 床に倒れた二人の顔は白目を向いていたが、先にウェンリィが向こうの壁まで投げ、刀で張り付けにしたのと同じ黒ローブを着たウィカナ擬きだった。


「よ、四人……?!」

「ってか、何でこいつが……」


 普通に考えて、序列圏外のイルミナがウィカナに勝てるはずがない。

 しかも二人いるという事は、少なくとも彼女が連れて来た二人は偽物。そして偽物が存在するという時点で、ウィカナが事件に関与していない可能性が浮上したのである。


 しかし、皆が欲しいのは確実な証拠。

 だがウェンリィ、イルミナと続いて詠唱しながら出て来たレイーシャの魔法が一人の生徒を閉じ込め、動きを封じ込めた。


「何だこりゃあ! 何で俺が閉じ込められるんだ! おい、出しやがれ!」

(無駄ですよ。既に彼らと同系統の魔力を、あなたが所持している事は確認済みです)

「コルトさん!」


 コルト・ノーワードの登場に会場がザワつく。

 コルトは誰も制止せず、静寂も求めず、皆が勝手に両脇に逸れて作られていく道を通っていく。


(遅れてすみません、ミス・アンドロメダ。彼らが所持していた魔力を調べるのに、時間が掛かってしまいました)

「っ……コルト・ノーワード……」

(色々とお話を聞かせて頂きますよ。アルマ・シーザさん)

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