ウィカナ・フライングダッチ―Ⅳ

 コルト対ウィカナ。


 実力の差は圧倒的。その差は、世界魔法使い序列という形で明確に表れている。二位と九九八位の実力なんて、比べるまでもない。


 が、今のコルトの背後にはイルミナ達がいる。

 ウィカナより格下の彼女達を庇いながら、尚且つウィカナを無傷で無力化する事が勝利条件となると、少々難易度は高い。

 そのためにゼオンを召喚したが、やはり彼女を無傷で無力化しなければならないという勝利条件が、この戦いの勝利を大きく難しくしていた。


「『攫えさざなみ』、“ストリーム”」


 ウィカナの足下から発生した白波が高々と立ち上がって、コルトを呑み込まんと襲い来る。

 が、コルトは自身を軽く呑み込むほどの高さの白波を跳び越え、着地と同時に“アクセル”で肉薄。ウィカナの腕を取って関節技を決めようとしたが、手に取ったウィカナの腕が肩から取れて、取れた彼女の腕が自立して動き、首を絞められた。


 ゼオンが手助けしようとするが、制止。

 魔力放出によって首を絞めていた腕を吹き飛ばし、印を結ぶ。

 肩から噴き出した水を腕に変えて復元したウィカナは肉薄。手刀を構えて来たので蹴りを入れると腹に足が沈み、捕まった。


「『爆ぜろ泡沫』、“バブルボム”」


 ウィカナの胸から上が泡となって分散。

 直後に破裂してコルトを襲う。


 だがコルトはレイーシャが咄嗟に展開していた障壁に守られており、ダメージは無く、障壁が消えた直後に繰り出した後ろ回し蹴りで腹の沼から抜け出したコルトは、ずっと印を結んでいた手を解き、指先で描いた軌道をなぞる様にして、眩い衝撃波がウィカナだった水塊を蒸発させた。


 が、すぐさま復活。

 水塊がまたウィカナの形を模してコルトを抱き締め、コルトを自分の中に沈めていった。


「どう、なってるの……生徒会長の、体……っていうか、詠唱、は……?」

「度々詠唱はしていますが、復活の際はまだ……けれど、あの魔法は――」


 瞬間、姿を消したウェンリィの斬撃がウィカナ型の水塊を細切れにする。

 脱したコルトはすぐさま距離を取り、また手印を結んだ。


 そんなコルトの意図を知ってか知らずか、夢遊病状態のウェンリィは復活する度にウェンリィ型の水塊を斬り刻む。復活の隙さえ与えず、反撃の暇さえ与えない。


 そのお陰で、コルトがずっと魔力を練り上げていた魔法がより強い光を発して発現。

 察したらしいウェンリィが飛び退いたところで、コルトの描いた軌跡をなぞり、眩い閃光がウェンリィを作っていた水が蒸発し、瞬く間に消滅した。


(これで復活は出来ない……と、なれば……)


 展開していた魔力探知に、高速で逃げるように移動する魔力が引っ掛かる。

 脚に魔力を集中して発現した“アクセル”にて一挙に肉薄。“ブースト”にて逃げる黒フードの頭を捕まえ、“バイブレーション”にて脳を揺らして強制的に脳震盪を起こし、前のめりに倒れて木にぶつかった黒フードの背中に乗って押さえ込んだ。


(考えましたね。“アクアドール”を遠隔で操作しながら、自分は人目に付かぬ場所で詠唱。傍から見れば、ウィカナさんが無詠唱で魔法を使っている様に見えるのですから。さて、あなたは何処の誰ですか?)

「――助けに来なさい!」


 絞り出すように出された女性の声。

 それに応じて、暗闇から数人の黒ローブが飛び出して来る。

 雑兵が幾ら出て来たところで物の数ではないが、コルトの魔力探知に引っ掛かった魔力の一つ一つの量が想像以上に大きく、回避行動を避けられなかった。


「私が逃げるまで時間を稼いで!」

(逃がすとでも?)

「「「『我が力、極まれり』、“フルブースト”」」」


 小柄なコルトを力尽くで押さえ込むため、黒ローブ全員が膂力の底上げをして来た。


 コルトは手印を組み、攻撃を回避しながら魔力を練る。

 ウィカナを模した分身体が消えた事で三人を守る必要が無くなったゼオンが上から圧し掛かって来て、その巨体で半数を下敷きにし、周囲に雷電を放って回避行動に専念させて時間を稼ぐ。


 攻撃を躱しながら魔力を練るコルトの周囲に小さな魔力塊が幾つも現れると、黒ローブらは引き下がろうとしたがもう遅い。

 コルトの指揮に従って膨張した魔力塊が人間の反応速度を超えた速度で飛ばされ、彼らの胸の中で炸裂した。


「今のはおまえ本来の魔法か。威力を抑えたのか? 本来の三分の一の火力も出ておらんではないか」

(正確には五分の一だよ。まぁ手加減もしたけれど、本来の威力を無詠唱で出すにはまだまだかな……我が魔法ながら、酷い出来だ)

「自分自身に厳しい事よ。しかし、それでこそ魔法使いの鏡よな。さすが世界二位の魔法使い。我が主よ」

(褒めても何も出ないよ、ゼオン……今度、骨付き肉でも食べる?)

「ウム! 馳走になろう!」


 と、逃げている黒ローブ二人に視線を配る。

 “アクセル”で充分に届く距離だと見切って魔法を展開。


 一直線に駆け抜けたコルトの繰り出す上段回し蹴りが先程まで戦っていた黒ローブを支えて走るもう一人を蹴り飛ばし、直後に繰り出した後ろ回し蹴りにて黒ローブの後頭部を狙って躱されたが、その回転力のまま脚を蹴り払って仰向けに倒し、顔を隠す黒ローブを剥ぎ取った。


(……生徒会長に濡れ衣を着せるための“アクアドール”だと思っていましたが、それすらもフェイクだったんですか? 生徒会長)


 月明かりの下、黒ローブを剥ぎ取られたウィカナ・フライングダッチの顔が晒された。

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