ウィカナ・フライングダッチ―Ⅲ
工房を出てまず、コルトは溜息を吐いた。
何せ工房の前で、三人が待ち構えていたからだ。
イルミナとウェンリィは何となくわかるが、優等生のレイーシャまで来るとは思わなかった。
(消灯時間は既に過ぎてますよ、皆さん)
「で、でも……その……」
(お嬢様、レイーシャ様まで不良にしないで下さい)
「何であたしのせいみたいになってる訳?! 違うわよ! レイーシャもウェンリィも、何ならあたしより先にいたわ!」
(……ま、そう言う事に致しましょう)
「すみません、コルト様……不要な心配だとは思いましたが、その……私も心配で……」
良くも悪くも、レイーシャは優し過ぎる。
もしも自分との繋がりが無ければ、こんな事に巻き込まず済んだろうに。
そしてウェンリィはもうレムレム状態で、ほとんど眠っていた。
夢遊病発現一歩手前と言ったところか。
イルミナは自分より先にいたと言うが、イルミナが連れ出して来た可能性さえ出て来た。
まぁ、今更どうでもいい。来てしまったものは仕方ない。
(行きますよ)
「は、はい!」
「ちょ、待ちなさいよ!」
「んん、んぅ……」
ウィカナが何処に出没するのかはわからない。
特定の場所に出る訳ではないらしく、見かけた時間もその日によって違う。
が、魔力探知を学内全体に広げ、寮の室内にいる人間を対象から外して、深夜に動いている対象に絞れば、探せない事はない。
魔力探知に関しては特別な魔法を使う必要も無いので、詠唱無しで発現出来る。
ただ、学内全体――つまりは島全体に魔力探知を広げるのは、並の
(怪しい動きをしている魔力が……三つ? いや、四つ? 三人のように好奇心を煽られた人達が、同じくウィカナさんを探している様ですね……迷惑な)
「どうしたの?」
(……良くも悪くも、好奇心旺盛な方達が多いなと思いまして)
「ごめんなさい……」
(今のはレイーシャさんの事じゃないですよ。どうやら僕達以外にも、事の真相を確かめようとしているのか好奇心を満たそうとしているのか、ウィカナさんを探している方がいるみたいです)
「んむ……んん……御師様ぁ、早く行きましょぉ……」
(そうですね。では、行きましょう。走ると悟られるかもしれません。ゆっくり、行きましょうか)
レムレム状態のウェンリィがフラフラしてるので、レイーシャが支えながら歩く。
走ると悟られると言うのもあったが、走って移動するとウェンリィの夢遊病が触発され、暴れ始めるからだ。
彼女を抑えるために暴れていたら、ウィカナに気付かれて逃げられてしまうだろうから、それは避けたい。
「コルト・ノーワード。あんた、この件どう見てるの?」
(まだ何とも……とりあえず今はウィカナさん本人としておきますが、彼女が何を目的として動いているのかを確認しませんと)
「フライングダッチが、何か裏で企んでるって考えてる?」
(それを判断するために、これから会いに行くんですよ。それとも同じ公爵令嬢同士、何か因縁でも?)
「そういう訳じゃないけど……学内序列一位が怪しい事してるなんて、何か、イヤじゃない」
それは意外。
何処かで接点でもあったのだろうか。
イルミナがウィカナに対して、憧れに近しい感情を持っているとは思わなかった。
しかし仮に接点など無くとも、学園一位という座が潔白を求めるのだろう。
汚い手を使って上り詰めたなんて悪い印象を持ちたくないのだろう気持ちは、何となくわかる。
コルトもそうだが、現在世界で一位とされる魔法使いがかつて、皆の羨望の眼差しが逆に辛いと言っていたのを思い出した。
学内という小さな規模に限っても、一位というのは大変らしい。
まぁウィカナはわからないが、世界一位のその人は裏も表もない根っからの善人だから、何の問題もないだろうけれど。
と、探知していた二つの魔力に動きが。
(二つの魔力が接触しました。うち一つがウィカナさんだとすれば……)
「取引現場を押さえられるって訳ね! 行くわよ!」
「え、えと……?!」
(ウェンリィさんは置いて行きましょう。そのうち夢遊病発症して、追い掛けて来るでしょうから)
「は、はい……! ウェンリィさん、ごめんなさい……」
「んむぁ……」
状況も状況なので、三人は急いで現場に向かう。
図書館の裏路地にいた二人を見つけると同時一人が倒れ、三人に気付いた黒ローブが走って逃げようとした。
が、イルミナが“アクセル”を起動。
逃げようとする黒ローブの先を回り、通すまいと立ちはだかる。
「ライム・ライクに負けた時から、十字天騎士の顔は憶えてるわ。まさか、本当にあんただったとはね! 生徒会長!」
「こんな夜分に、声を荒げるものではありませんよ。イルミナ・ノイシュテッターさん」
「荒げたくもなるわ。この学園で憧れの的。全生徒の目標であるあんたが、裏でコソコソ暗躍してるなんて知ったらね!!!」
“アクセル”で肉薄。
そのまま顔面に拳を叩き付けようとしたが、いつの間にかイルミナの体は巨大な水の塊に捕まっており、捕まった地点から進む事も戻る事も出来なかった。
突如呼吸を奪われ、どう動こうとも破れない水塊の中で、イルミナはもがく。
コルトが遅れて駆け付け、状況を把握。
コルトの頭上を巨大な影が跳び越えたかと思えば、いつの間にか召喚した神獣、ナインテイル・フェリルのゼオンが黒ローブを捉えんと前足を落として跳び掛かる。
が、既にそこには誰もおらず、圧し潰した水の塊から生じた触手がゼオンを絡め取ろうとして、ゼオンの雷電に焼き焦がされた。
三人より距離を取った位置に、黒ローブを脱いだウィカナが現れる。
イルミナとは段違いの速さでコルトが水による束縛を躱しながら肉薄。蹴りを叩き込んだが、蹴った対象は水で出来た偽物で、本性を現したそれはコルトの体を包み込んだ。
「こんなものですか? 世界魔法序列二位も落ちたもの――」
イルミナ、コルトの順で水の塊が両断され、最後にウィカナの体が断ち斬られる。
斬られたウィカナはまた偽物で、すぐさま水となって捕まえようとしたが、超高速の斬撃に滅多斬りにされて飛び散った。
「ゲホッ! オエェッ!!!」
「イルミナさん!」
(レイーシャさん、お嬢様を頼みます。さて、いいタイミングで来てくれましたね……ウェンリィさん。ま、今は聞こえていないでしょうが)
夢遊病状態のウェンリィは、ずっと俯いたまま反応しない。
が、すぐさま移動したウィカナに気付き、刀の構えを持ち直した。
「ウェンリィ・アダマス……本当に夢遊病ですか? 気配もなく背後を取られるとは、思いませんでした」
「なぁコルト、あの娘……」
(わかっているよ、ゼオン。ただ、もう少し付き合ってあげて。その方が、隙も出来る)
「わかった。付き合うてやろう」
(……さぁ、ウィカナ生徒会長。今まで何をしていたのかはこの際問いません。ただ、こうして抵抗される以上、あなたには露見してはいけない秘密があると判断しました。あなたを、拘束させて頂きます)
「出来ますかね? コルト様」
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