レイーシャ・フルハウス―Ⅵ
体中のあちこちが痛い。
師に扱かれ、三日間ぶっ続けで修行させられた時以来か。
魔力が切れているせいで、何となく怠い。体がドッと重くなった気がする。
それでも結果は、鮮明に憶えていた。
「申し訳ありません、ゼノビア様……」
(そこまで悲観する事もないと思いますよ)
カーテンが開き、コルトが入って来る。
レイーシャはシーツを深く被ると、ゆっくりと、おそるおそるコルトに視線を向けるべくシーツを目の下にまで下げた。
(神狼フェンリルの末裔にして亜種、ナインテイル・フェリルと魔法戦でぶつかり合えるなんて、大したものです。さすが、ゼノビアさんに鍛えられただけありますね)
「でも、私は負けてしまって……」
(だからって、学園から出て行け。なんて、あの人は言わなかったでしょう? きっと、逆の事を言ったのではないのですか?)
「それは……」
コールズ・マナ入学前。
旅立つレイーシャのために新しく用意した衣装を着せ、ゼノビアは強く彼女の肩を叩く。
それだけで脱臼しそうなほど強く叩かれて痛かったが、レイーシャは両肩の痛みよりも、初めての笑顔を見せるゼノビアの表情の方が、強く印象に残された。
ゼノビアはよく笑う人だった。
扱く時も笑う。戦う時も笑う。食べる時も笑う。寝る時でさえ笑っているような人だった。
好戦的で無茶苦茶で、短気で無邪気。
そんな人でも、こんな聖母のように笑う事が出来るのだと知った時、レイーシャは恐れながらも驚愕した。
「学園では、多くの障害にぶつかる。コルト・ノーワードに挑まずとも、多くの困難が、障害が、難問が、あんたを襲う。しかしそれが、学ぶと言う事だ。あんたがこの数年、血反吐を吐くような努力をして来たように、会得、体得する事とは、それほど困難な事だ。だからもし、立ち止まったなら――コルトを頼れ。私が信頼する数少ない魔法使いの中でも、おまえの面倒を看れるのは理事長の婆さんを除けばあいつしかいない。婆さんもあいつも、あんたの事情は察してくれるだろうし、訴えれば力を貸してくれるはずだ」
「……でも、私は――」
「悪魔だろうがエルフだろうが、あいつらは絶対に助けてくれる。だから、助けを求める事に怯えんな。昔、私を見てたあんたの目。私はそれに気付けたけれど、大体人の危機とか助けとか、他人は気付けないもんなんだ。だから、怖くても叫べ。怖くても求めろ。助けてと叫べば、あいつらは必ず応えてくれる。諦めんじゃ、ないわよ!」
悪魔は助けを求められなかった。
誰にも助けを求められず、助けを求める事は罪だった。
悪魔は、世界を支配していた邪悪な種族なのだから。
だから、助けてくれて、嬉しかった。
助けを求めた時に助けてくれたから、嬉しかった。
あの人と同じように、迷いなく助けてくれたのが嬉しかった。
「コルト・ノーワード様……私、私……どうしたら、いいで、しょうか……私、強く、なれますでしょうか……」
(必ず、と、約束は出来ません。ですが、ゼノビアさんから任されてしまった以上、出来る限りの応援はしましょう)
小さい。まるで、女の子のような手。
けど、作りはやっぱり男のそれで少し怖かったけれど、手の温もりは優しく、ゼノビアが初めて手を握ってくれた時の、慈悲と慈愛に満ち溢れていた。
「コルト様……私、もっと、強くならないと……殺されて、しまうかも、しれません……私の血が、私を、殺してしまう……だから……お願いです。私を、助けて、下さい……!」
(ゼノビアさんほど厳しくは出来ませんが、僕に出来る事なら、喜んで)
コルトの教えを受ける生徒が、また一人。
彼女がコルトに教えを受ける事を聞いた生徒の数人が、恥を忍んで教えを乞うたが、コルトが四人目以降を迎える事は一切無かった。
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