レイーシャ・フルハウス―Ⅴ

 魔王軍との戦いの勝利条件。

 それは勝ち残る事でも、全滅させる事でもない。

 第一の前提条件は――とにかく、生き残る事であった。


「“終極の雷霆”!!!」

「『聖なる鐘よ、霊峰の頂に届け』――“ホーリー・ベル”……!」


 音の障壁によって、落ちて来た雷霆が阻まれる。

 何重にも重ねてようやくと言った形でだが、自身の魔法と相殺する形でまた防ぎ切った。


「ほぉ……これも防ぐか。手加減してやってはいるものの、よくやるわ、娘!」

(あまり手加減してるって言うと、疑念を抱かれるよ)

「ぐぅっ……! ならば本気を出させよ! まったく、場所は壊すな相手は殺すな、注文が多いぞ、コルト!」


 九つの尾が丸まり、先端の炎が一つの塊となって燃える。

 炎塊は圧縮され、大きく開いたゼオンの口内に収納されると、衝撃波と魔力を籠めてねられ、より強大な力と化していく。


 レイーシャはそれを見て術式を起動。

 詠唱前の段階で、五層の防御壁が彼女を覆う。


「『天、地、海、じん、虚。五つ重ねて鉄の壁。五つ並べて鉄の牢』――“マジック・プリズン”……!」


 レイーシャを囲い、守護する魔力の防壁。

 五重の牢獄は鎖によって縛られ、巨大な杭によって打ち付けられた。


 同時、ゼオンの口内で練り上げられた力が、解き放たれる。


「“終曲の咆哮”!!!」


 破壊を凝縮した神獣の咆哮。

 五重の防壁を破壊し、レイーシャの体を吹き飛ばして壁に叩き付ける。


 ここまでかとゼオンが踵を返そうとした時、コルトがまだ立ち上がるレイーシャを指差した。


(怪我もしていないし、気絶もしていないよ)

「ほぉ……これは驚いた。いや、こればかりは本当に驚かされた。今のはさすがに耐え切られるとは思わなかったぞ。盾を犠牲に、無傷で済ませるとは……コルト!」

(わかった)

「『雨露払って霞仕上げ。銀白の斬撃にて敵を斬り裂け』――!」

「詠唱?!」


 詠唱せずとも強力な魔法が使えるのが精霊、神獣の長所だ。

 そんな存在が詠唱するのは、詠唱しなければ魔法が使えないのかと見下す事ではない。寧ろ、詠唱を必要とするほどの高度な魔法を繰り出すのだと、逃げるか構えるかしないといけない展開であった。


 故に次に繰り出される魔法は、今までの比ではない。

 レイーシャは太ももに隠していた試験管の中身を飲み干し、魔力をブースト。展開された五重の魔法陣が彼女の頭上に浮かび上がり、更に分割されて十の魔法陣に分かれて重なった。


「『不撓の五重塔。不屈の大地。破壊不能の神樹の鳥篭』――“ユグドラ・シールド”!!!」


 十もの魔法陣が重なった天へと伸びる大樹。

 神話に描かれる大樹から降り注がれる光が防壁となって展開。五重の盾が、振り下ろされるゼオンの鋼鉄の爪と激突する。


「“終末鬼の斬撃”!!!」


 狼の手に纏われる魔力が、鬼の手と爪を模して大樹の張る防壁に叩き付けられる。

 五指の爪が次々と防壁を破壊しながら迫るが、破られた先から新たな防壁が展開されて、レイーシャは傷付けまいと防ぎ続ける。


 が、鬼の爪は再展開されるより先に防壁を打ち砕き、神樹の創り出す最後にして最大の防壁へと到達。それすらも破壊しようとするが、鬼の手と爪を模していた魔力に亀裂が生じ、崩壊し始めていた。


 それを見たゼオンは口内に魔力を蓄積。

 溜め込んだ息に魔力を籠めて、ゼロ距離で解き放った。


「“終着の遠吠とおぼえ”!!!」


 ゼロ距離で放たれた壊音波攻撃。

 魔力を帯びた事で破壊力と衝撃波を伴った声が爆発的威力を起こし、空気振動で防壁の上からレイーシャを攻撃。ここに来て初めて、レイーシャがダメージを負った。


 だが、ゼロ距離で放たれたにも関わらず、レイーシャは血の一滴も流さなかったし、吹き出しもしなかった。

 中身をグチャグチャにかき混ぜられながら、彼女の体は一切傷を負っていなかった。

 ダメージこそあったものの、一滴の血も流さず終えられたのは、未だ最後の防壁を残す神樹の防御能力が故であるとゼオンは気付いていたものの、それだけでない事も察して、すぐさまレイーシャから距離を取った。


「この小娘……儂の咆哮をまともに受けて肉の形を保っているだと……? 内臓を掻き混ぜられて、何ともないのか……?」

(ダメージはあるよ、ゼオン。けど、残り四回だ。残り四回で血の一滴も流させないなんて、彼女が強いのか。それとも……)

「それ以上言うな! 見てろ、儂の力を! ――! 『黒き雷霆。滲み出す怨嗟の念! 湧き上がり呼び起こし、痺れ割れ光り、災いを呼び覚ます!』」

「……! 『聖職者の御衣より馳せる、聖なる光輝。今我が衣に宿りて、防御の光芒を我が身に宿さん』――“セイクリッド・ヴェール”」

「『踏破されし錐の山頂! 淘汰されし地上の悪行! 天より降り注ぎ、大地に満ち満ちて沈め!』――“ラグナロク・アビス”!!!」


 威力の加減はした。

 が、そう何度も無傷で終わられては、神獣としてのプライドが許さなかった。

 神狼フェンリルの扱う終焉魔法の中でも上位に存在する詠唱魔法。虚空の圧にて敵を圧殺する破壊の魔法。


 だから耐えられるとは思わなかった。

 羽衣を破壊されたレイーシャの体からようやく血が滴り落ちて、傷らしい傷を付ける事は出来たものの、本来起こり得る結果とはかけ離れている。

 レイーシャの人間離れ――基、エルフ離れした防御力と耐久力に、ゼオンはようやく状況を察した。


「おいコルト。おまえ気付いていたのか? この小娘……」

(わかっているよ。ゼノビアさんから任されてるんだ)

「ゼノビア……儂が唯一、膂力で力負けした相手か。あの女、我が主に何と面倒な娘を押し付けおったな……」

(あの人以上の実力至上主義はいないから……まぁ、付き合ってあげて)

「むぅ……」


 だが、これ以上はさすがに彼女が限界だ。

 九度の攻撃に耐えろという話だったが、あと三度も耐えられるとは思えない。

 ならばせめて、実力のほどを見せればいい――


「全身全霊で守れよ。でなければ、死ぬぞ――」

「……雨? 室内で?」

「これ、は……天候操作、の、魔法……?」


 天候支配。

 室内だろうと何処だろうと雲を発生させ、あらゆる天候を発現出来る。

 神狼の持つ魔法の中で、最も得意な分野。落雷、吹雪、大雨、強風。それらを駆使して、戦場そのものを破壊するのが、神狼の放つ最大火力。


「『空前絶後。空を支配する我が力、後に残すは傷と絶望。穢れ知らぬ白亜の壁に汚泥を投げ付け、罪知らぬ夢の壁に爪を突き立てん。永久、無限、永遠。人の夢、途切れる事を知れ』――」

「……! 『滲み出す紺碧の煌めき。王の器たる群青の宝石。黎明の空から終末の海へと落ちる光芒を鋼に映し、人は天に住まう神を見る。光輝あれ。純潔たれ。処女の身を冒さん害悪より、神の加護を乞い給う』――“オリジン・ブルー”!!!」

「“ラグナロク・ディザスタ”!!!」


 空から飛来する雷霆。

 破壊の力を圧縮して解き放たれた落雷が、深い青みの色をした鋼鉄の盾と激突する。

 爆ぜて壊され、砕けて散って、しかし盾は再び再生されて、降り掛かる雷撃を跳ね返す。


 雷霆は青き盾を破壊し、盾は雷霆を払い除ける。

 双方の力は拮抗していたが、魔力という限界が先にレイーシャに訪れ、脆くなった防御の上から雷霆が叩き込まれ、盾は破壊。レイーシャはゴロゴロと転げ、止まった先で動けなくなった。


「誇れ、小娘。儂に神狼の奥義を使わせた事。それを一時とはいえ耐え忍んだ事。貴様は、よくやったよ」

(うん。本当に、よくやったよ)


 そう言って、コルトは静かに拍手した。

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