レイーシャ・フルハウス―Ⅳ

 どんな種族の生まれだろうと、大人だろうと、子供だろうと、男だろうと、女だろうと、誰であろうと、力ある者は求められた。

 蛮族だろうと狂人だろうと悪魔だろうと、魔王と戦う力さえあれば誰であろうと歓迎された。


 五年前まで本当にそんな時代が続いていたから、ゼノビアも彼女を嗾けたのだろう。


 だが、もうそんな時代は終わり始めている。

 幾ら力を持っていても、彼女を仲間として認めてくれる事はない。

 同じ部屋で勉学に励もうとも、同じ教室に席を置こうとも、同じグループに所属しようとも、仲間として認められる事はない。


 だって彼女の体を流れる血の半分は、五年前まで世界を支配していた一族の血なのだから。


 彼らの血縁、家族に直接の被害が無くとも、世界が受けた痛みを我が身の痛みと畏怖に変えて、彼女を拒絶するだろう。


 魔王の遺した傷と記憶はそれほど深く、重い。


「コルト・ノーワード……また無詠唱魔法を完成させたの? しかもあれ……」

「えぇ。どうやら基礎ベースは召喚魔法の“サモンズ”みたいですが」

「術式が少し違うようですね。無詠唱でも特定の対象を召喚出来るようにするための調整でしょう。空間属性の魔法を応用して、実現に至ったようですね」

「「理事長?!」」


 深夜の第三体育館。

 第一、第二は隠れて使用する生徒も多少いるが、最も小さな第三体育館はあまり隠れて使用する人はいない。

 だから理事長が使用禁止の通達を送れば、最早誰も近付こうとはしなかったため、秘密裏に腕試しを行なうには絶好の場所であった。


 今年首席で入学して来た生徒の実力が見られると盗み聞きして、こっそりやって来たイルミナとウェンリィだったが、アンドロメダ理事長がいつの間にか二人の後ろに立っていて、肩を叩かれた二人はらしくもなく驚き、声を失った。


 進入禁止が言い渡されていた中で入って来てしまった事を責められるかと構えていた二人に、アンドロメダは優しく笑ってみせる。


「あなた方はコルトさんに教えを乞うていると聞きました。特別に見学を認めましょう。これから先、あの方と行動を共にする機会も多いでしょうからね」

「……コルト・ノーワードは、召喚魔法を使うの? あまり聞いた事がないのだけれど」

「えぇ、使いますよ。ただ、使用頻度は少ないですが」


 だが無詠唱魔法で戦わなければいけなくなる今後、自分には必要だと判断したのだろう。

 召喚、使役出来る精霊が四体もいると言うのに、当人が強過ぎて何のために身に着けたのかと周囲に疑問視されていたが、全ては言葉を失った後のためだったのかもしれない。


(お待たせしました――九つの尾。白銀の巨躯。闇の底より来ませい。戦友、ナインテイル・フェリル……!)


 無詠唱魔法、“サモンズゲート”発動。


 術式が完成し、実験で召喚しようとしたら詠唱が無いと嫌だと駄々を捏ねられたが、“テレパス”越しの疑似詠唱で何とか納得して貰えた。

 紫電の門より、巨大な精霊が這い出て来る。


 白銀の体毛はシルクのように美しく、揺れる九つの尾の先で白い炎が燃えている。

 鉄を噛み裂く強靭な歯と、自分の百倍はある獲物を難なく振り回す怪力を搭載した顎から漏れ出る息は蒸気。

 赤と青、そして紫の三つの虹彩を宿した三つ目の狼は、久方振りの現世への召喚を喜び、かつて悪魔族を慟哭させた咆哮を轟かせた。


「は? あれが、精霊……噓でしょ?! そんな訳が無い! あんな魔力……あんな力の塊。まるで、まるで……神獣……」


 魔法使いとしてはまだ素人同然のイルミナとて、一目瞭然。

 コルトが呼び出した白銀の獣は、現代に残った神の遣いとさえ呼ばれる存在。常人が召喚出来る精霊とは、明らかに格が違う異次元の存在。

 魔王がいない今、人間にとっての脅威はまだ誰にも使役されていない彼らだと呼ばれるほどの脅威。


「あいつ、あんな化け物飼ってた訳……?!」

「イルミナさん。その言葉、今この場だけに限って下さいね。神獣が怖いのはわかりますが、コルトさんにとっては、幼少期から生涯を共にして来た、大切なお友達なのですから」


 つま先から頭の天辺まで、およそ三メートル半。

 コルトの身長とほぼ同じ大きさの頭を近付け、狼は口を開く。


「久方振りだな、コルト……儂を呼ぶのに、随分と苦労した様ではないか?」

(五年も掛かっちゃって、ごめんね。ゼオン)

「して、儂はこの娘を相手にすればいいのか? ……小物だな。本気を出せば、この建物諸共消し飛ばしてしまうぞ?」

(そこは手加減してあげて? それに……小物だから弱い、なんて常識は、魔法の世界には存在しない。僕と契約した時に、それは実感しただろう?)

「ハハッ! 痛いところを突いてくれる……どれ、では少し見てやるとするか!」


 第三体育館は三つある体育館の中で最も小さい。が、今の体育館が狭く感じるのは絶対に神獣が大きいからだ。

 九つの尾の先で燃える炎の熱気が伝わって、イルミナとウェンリィに汗を掻かせる。


「我は九尾の神狼、ゼオン! 名乗る事を許すぞ小娘……」

「れ、レイーシャ・フルハウス……」

(へぇ、凄いな)


 神獣に名を名乗る事は、心臓を鷲掴まれる事と同じ。

 名前を辿る事で発現する魔法から逃れられず、呪いから脱する事も出来ないのだから。


 ゼノビアから教えを受けていた以上、彼女もそれくらいの知識は教えられていただろう。それでも緊張こそしていたものの、躊躇いなく名乗った彼女の姿勢には、コルトも関心させられた。


「レイーシャ・フルハウス。貴様には、神狼の力の一端に触れる事を許す。こちらも久方振りの運動だ……早々に、容易く潰れてくれるなよ!?」

(ゼオン――)

「『聖なる力を纏いし、金色の光芒』、“シャイニング・フィールド”……!」

「“終焉の劫火”!!!」


 レイーシャを守るように展開された光の領域。

 九尾の神狼が解き放った劫火球に対して光の柱が幾重も立ち塞がって威力を殺し続け、レイーシャに届くより前に相殺された。

 が、光の領域も同時に破壊。結果は相打ちだった。


(ゼオン。君の攻撃は、あと八回だ)

「何?」

(君の攻撃を九度耐える事。それが彼女の勝利条件だからね)

「何?! それを先に言え!」

(ただ、施設を壊さない程度の力でお願いね)

「難題を……それではストレス発散にならぬではないか」

(無理?)

「こんの……わかった! やってやるわ! 見ておれ!」


 試合前。


「私の魔法を、見て頂けないでしょうか……!」

(具体的には、どのように?)

「私は防御魔法が一番得意なのです。なので……こ、コルト様の魔法を、全力で受け止めたいです……!」

(なるほど……しかし、無詠唱魔法しか使えない僕の今の火力なんて、たかが知れていますし……なら、こういうのはどうでしょう)


 そうして決まった此度の勝負。

 ゼオンは建物を破壊しない程度に、しかし本気で応じるだろう。

 そこらの魔法使いの攻撃より、ずっと強大で強力な攻撃なのは間違いない。それを防ぎ切ったなら、実力を見せるのには充分だろう。


 神獣、対。悪魔族。


 奇しくも魔王戦以来の戦いが、形は違えど繰り広げられる。

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