レイーシャ・フルハウス―Ⅲ

「コルトさんが問題行動を起こすだなんて、珍しい。そんなに気になったのですか? その女子生徒さんが」

揶揄からかわないで下さい、ミス・アンドロメダ。別に下心があった訳ではありません。ただ、ゼノビアさんが気に掛けてくれって言うものですから……)

「まぁ、ゼノビアが? それも珍しい」


 昼間の魔力大放出について説明するため、コルトは理事長室にいた。

 島一つを揺れ動かした魔力大放出には驚かされたが、その理由を聞いてアンドロメダは安堵さえしていた。


 小さなころから天才、天童と謳われ、学校と言う学校を飛び級で合格し、子供の世界をまともに体験しなかった彼にも、そうした若いからこそ犯してしまう過ちというものがあると言う事が、彼の年齢に見合った行動である事が、何となく嬉しかった。


 しかし、コルトは世界屈指の魔法使い。

 人々からそう在れと求められた姿へと、一瞬で戻っていく。


(さて、それで彼女……レイーシャ・フルハウスについてですが。理事長はまさか、気付いていない訳ではありませんよね)

「何の事です?」

(とぼける、と言う事は……ゼノビアさんと話はついている、と)


 責めているつもりはない。

 だが、もしもこれ以上秘匿し続けるするつもりなら、責めざるを得ない。

 レイーシャ・フルハウスの存在と立ち位置は、それくらいに危うい場所にある。


(ゼノビアさんからは、彼女がエルフだと聞いていました。確かにエルフの特徴である長い耳、白い肌。質の良い魔力も確認出来た。ですが、内側に感じられたあのは、無視出来ない。彼女は、ですね)


 悪魔族。

 魔王ゾディアクと同じ種族。


 昔には魔族と呼ばれ、低い知能とあらゆる種族を喰らう雑食性から害獣として駆除されていたが、それらの歴史に反旗を翻すが如く、魔王ゾディアクが誕生した。

 知能を付けた魔族は悪魔族と自らを改め、世界に宣戦布告した脅威ある存在として、今も皆の記憶に焼き付いている。


(正確には、悪魔族がエルフ族の女性に産ませた混血種ハーフなのでしょう。だから、ゼノビアさんの言う事も間違い、とは言い切れない。しかし、彼女が悪魔族との混血種ハーフだとわかれば、周囲がどんな反応をするか。彼女がどのような目に遭うか、想像も出来ないほど、あなたは愚かじゃないはずだ)

「……そう、ですね」

(あの人は、魔王が倒されてからもう五年と言いました。けど、この問題に関してはです。人々の心はまだ癒えておらず、退役した軍人、隠居した魔法使いの中にも、未だ魔王の悪夢に魘される人も多い。そんな中で、彼女を受け入れると言うのは――)

「反対、ですか? ……コルトさんも、やはりそうお考えに?」


 アンドロメダとて、魔王戦に参加した魔法使いだ。

 それ以前に、彼女はもう二千年もこの世界で生きている、最も長命な人だ。

 そんな彼女が軽々と判断したとは、言われるまでもなく思ってない。


 けれど、コルトとて、軽々と彼女を認める訳にはいかない。

 アンドロメダの百分の一しか生きていない若輩者の視点だけれど、それでも最前線で魔王軍と戦い、悪魔族の所業を目の当たりにし、憤った彼にも権利はある。


 彼女を――レイーシャ・フルハウスという少女を、見定める権利が。


(ゼノビアさんが勢いだけで突っ走る事は多々ありますが、あなたはそうではないでしょう。何か考えがおありなはず。しかし、まさか、彼女を始めとして、悪魔族を受け入れていく準備を進めている、なんて事は……言いません、よね?)

「コルトさん。あなたの意見もわかります。私も凄く迷いました。ですがゼノビアの様に、悪魔族だからとそこにある才能を蔑ろにするのは惜しく、彼女の力が、今後再び現れるかもしれない脅威への対抗手段となるのだとしたら……」

(仰る事は、よくわかります。この場合、頭が固いのは自分の方なのだと、理解しているつもりです。しかし……まだ、五年ですよ? 定命な種族にとっての五年が幾ら長くとも、魔王と悪魔族に付けられた傷を忘れるには、あまりにも……短過ぎる)

「そうでしょうね……でもそれでも、僕は受け入れられませんと言わないだけ、あなたは豪いですよ。普通、こんな事態に巻き込まれれば、悩みもせずに排斥したがるのが、通常の思考でしょうに」

(豪くもないし、優しくもありませんよ。もし彼女が僕らにとって害ある存在と判断すれば、徹底抗戦の構えなんですから)


 扉がノックされる。


 コルトは漏れ出ていた魔力を抑え込み、アンドロメダは胸の中に詰まっていた息を吐き抜いて、双方安静を取り戻し、平静を保った。


「どうぞ」


 思わず、コルトは身構える。

 何せ理事長室をノックして入って来たのが、今まさに話題にしていたレイーシャ当人だったのだから。


 テレパスは対象に飛ばしていなければ内容が傍受されるような事はないが、それでも、もしかして今の話を聞かれてしまったのではないかと身構えるコルトの頬を、汗が伝う。


「どうしたのですか?」

「あの……その……コルト・ノーワードさんが、ここに来ていると、聞いて……」

(僕に何か御用ですか?)


 改めて見ると、結構な高身長だ。

 イルミナは普段からハイヒールを履いているから大きく感じるけれど、彼女は素の状態でも目線が高い。無論、コルトが小柄で背が小さい事も、二人の視線に差がある要因だが。


 だがコルトは、彼女の高い身長と図体の大きな悪魔族の特徴を重ねて、上から見下ろされると嫌な気分がしてしまって、隠し切れているか自信がなかった。


「あの、コルト様……さ、先ほどは大変失礼致しました! 助けて頂いたのにまともにお礼も言わず、逃げてしまって……」

(いえいえ。僕の方こそ、怖がらせてしまって申し訳ありませんでした。その後、迫られる事はありませんでしたか?)

「は、はい! いつもは放課後も言い寄られるのですが、今日は何事もなく女子寮に戻れました。本当に、ありがとうございます……!」

(それは良かったです)

「それで、あの……コルト様。不躾ながら、お願いがあるんです」

(何でしょう)


 モジモジと人差し指同士を絡ませ、言いよどむ。

 ゼノビアがいれば背中を蹴られていただろうが、彼女は自分自身の背を押す形で、意を決した様子で声を張り上げた。


「わ、私の魔法を、見ては頂けないでしょうか……!」

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