レイーシャ・フルハウスーⅡ
少女は長命な種族に生まれ、およそ百年の時を生きた。
百年近い時間を、彼女は戦いとは無縁の世界で過ごして来た。
だが見つかった。
誰よりも好戦的で誰よりも好奇心旺盛。誰よりも人の力の底を見抜く力を持った魔女に。
「おまえには素質がある。魔法使いとして、私が鍛え上げてやろう!」
それからはまさに地獄だった。
あの人は全部自分基準。
自分が死なない程度なら他の人も死なないと思ってる。
幾ら長命な種族だと言っても、他の種族より頑丈という訳ではないし、あらゆる環境で死なないという訳ではない。
だと言うのに、あの人は容赦なく
世界魔法使い序列三位の魔女に師事して欲しいという人を、悉く逃亡に追いやった特訓の数々から、自分を逃がしてくれなかった。
他の人が逃げ出していく中、自分だけ逃げ出すのは許されなかった。
逃げる度捕まり、連れ戻され、罰せられる代わりに特訓メニューを厳しくされた。
だから途中からはもう半ば諦めて、彼女の特訓を受けた。
他の人が逃げ出す中、自分だけ逃げずに堪え続けて、鍛え続けて、遂に初めて、世界で初めて魔女に認められた魔法使いになった。
「コールズ・マナの入学試験を受けてみろ。自分の実力がどれだけ通用するか、確かめてみるがいい」
コールズ・マナ。
全世界から魔法使いを目指す若者達が集う場所。
自分は結局井の中の蛙。大海を知れと言う事なのだろう――と、思っていたのだが。
あっさりと、首席で合格してしまった。
まさかこの程度とは思わなくて。
実戦試験も一瞬で終わってしまったし、筆記テストも簡単だったし、何もかもが順調過ぎておかしいと思っていたが、理事長が師に次ぐ序列の魔法使いであるとわかると、彼女が自分に手心を加えてくれているのだと察して、何処かホッとした。
自分なんかが、首席で卒業出来る訳がないのだから。
『今年の二学期から、コルト・ノーワードがコールズ・マナに来ると聞いた。奴に手合わせを申し込み、見聞を広めて来い』
いや、それはさすがに無理。
だって相手は、師より上位の魔法使い。
年齢なんて関係ないのは、百年も生きた自分がよく知っている。
何より、魔王に止めを刺した魔法使いに勝てるはずがない。
やる前から結果なんてわかってる。
例え本気で相手しないでくれるとしても、怖くないはずはない。
何より、彼だって男だ。
魔王ゾディアク然り、男は怖い。
師について行けたのだって、あの人が女性だったからだ。あの人を師と呼べるのも、あの人が男勝りな性格でありながら、ちゃんとした女性だったからだ。
――おまえには素質がある
いくら素質があったって、才能があったって、恐怖には勝てない。
百年間の生活で染みついた恐怖には、勝てない。
男性に対して抱く絶対的恐怖心。
それがコールズ・マナ今年度入学制主席、レイーシャ・フルハウス唯一の弱み。
誰にも見せられない。見せる訳にはいかない弱点。
「よぉ、また会ったな」
「……アルマ・シーザ、様」
アルマとはクラスが違うが、共にクラスの代表として何度か話した事があった。
その中で何処をどう気に入ったのか知らないが、彼は自分に好意を向けているらしく、一学期の末から頻繁に誘われるようになった。
夏季休暇で自分よりいい女を見つけてくれればいいと思っていたのに、その思いは儚くも散ったらしい。
寧ろ取り巻きの数は増え、言い寄られる回数も増え、人目を憚る事なく、何処であろうと口説いて来る。
「レイーシャ。考えてくれたか? 一度でいいんだ。一度でいいから、俺の部屋で魔法について語り合おうぜ」
「困ります……それに、私のような者では、アルマ様にはとても追いつけない」
「謙遜するなよ。首席で入学したおまえが追い付けない話なんて俺に出来る訳ねぇだろ? なぁに、簡単な事さ。本当に簡単な話なんだ。ただ俺は二人きりで、一緒に話したいだけなんだ。な? 来てくれるよなぁ、レイーシャ」
「そんな……えっと……」
取り巻きの数は十三。
一気に相手するのは無理がある。
何より、この状況で正当防衛は通じるだろうか。彼らが言葉を重ねて、彼女に襲われたと言われてしまえばそれで終いではないか。
だからといって、彼の言いなりになったらどうなるか――本当にただ話したいだけ? その可能性に賭けるには、あまりにも無謀過ぎる。
レイーシャの琥珀色の眼球が潤み、目頭が決壊して涙を零しそうになった時、突如目の前のアルマが大声で叫び、その場で両膝を突いて縮こまった。
「女相手に数で迫るとか最低。あんたってやっぱそういうタイプの男なのね。一回死んで」
「全くですね……この場にいる全員、斬り捨ててしまって……構わないでしょうか」
アルマの金的を背後から蹴り上げた軍帽の女性と、隣に立つ虚ろな瞳の剣士。
知っている。ここ最近話題の二人だ。知らないはずはない。
イルミナ・ノイシュテッターと、ウェンリィ・アダマス。彼らは今、あの男の人の下で修練に励んでいる。
(お嬢様。ご友人を助けるためとはいえ、早々に暴力で片付けようとするのは良策とは言い難いですよ。ウェンリィも、すぐに鯉口を切らない)
「は。すみません、御師様……」
「いやいや見てよこの状況。女の子一人に対してこの男の数! あんな泣きそうな子を囲んで厭らしい事考えてる奴らの金玉なんて、一個くらい潰しても問題ないでしょ」
(お嬢様。女性が男性の恥部をそう大声で言うものではありません。品性に関わります……ですがこの状況。確かに、遺憾ですね)
大気が震える。
地面が――いや、コールズ・マナを浮かせている島全土が揺れている。
イルミナやウェンリィよりも小さな体から発せられる、この場の誰よりも厖大かつ強大な魔力が、それらを実現させていた。
(さて……皆様、これはただの脅しです。そこの女生徒を解放するか、あなた達が今この場から逃げ出すかの二択。選んでください。もしもこの場で、第三の選択肢を選ぼうものなら……その時は、まだ手加減の効かない殺戮必至の無詠唱魔法の数々を、あなた方で試す事になりますが。よろしいでしょうか)
誰も、脅しだと思わなかった。
側にいたウェンリィも、その場で誰よりもコルトと付き合いのあるイルミナでさえも、脅しだとは思えなかった。
そも、この時の彼はコルト・ノーワードではなく、魔王ゾディアクを滅した世界第二位の魔法使いだった。
誰も脅しだとは思えなかった。
その場の誰もが戦慄し、恐怖し、自身の本能を刺激されて、涙腺が崩壊。中には、失禁する者もいた。
そしてアルマを含めた十三人は、レイーシャを残して逃走する事を選択した。
そうしなければ殺されると、本気で思った。
とても脅しだとは、彼の目を見てしまっては、思えなかった。
(……と、このように撃退するのが得策です。二人共)
「いや、私達よりえげつなかったわよ、今の……」
「……」
(……さて、大丈夫ですか?)
「こ……」
(あの――)
「来ないで下さい!」
一目散に、その場から逃げる。
無理だ。無理だ。
無理無理無理無理――無理。
やっぱり、男の人は、怖い――!
(青白い髪。白い肌。そして――彼女がレイーシャ・フルハウス! しまったぁ……)
この時、コルトは自身が最大の悪手を取ってしまった事に気付いた。
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