レイーシャ・フルハウス
レイーシャ・フルハウス
五年前。魔王戦。
「コルト! 魔王を破壊する魔法の術式は、まだ完成しないか?!」
「すみません。魂が現世に留まる限り幾度とも蘇生する魔王を滅ぼし切るには、魂さえも滅ぼす術式が必要です。しかし、魂とはそもそも概念的なもので……」
「魂にまで届く魔法が必要だって事か……仕方ない! 俺達前衛が時間を稼ぐ! その隙に、術式を完成させろ! ベアトリーチェ、ベアトリス! 手を貸せ!」
「「名前で呼ばないで(下さい)!」」
グラディス・クラウディウス。
ベアトリーチェ・エティア。
ベアトリス・エティア。
魔王と魔法戦を繰り広げる魔法使いの下へ、近接戦闘が得意な三人が加勢する。
だが、魔王の肉体はただでさえ強靭かつ強固。
コルトの言う通り魂さえ滅ぼされなければ何度だって蘇り、欠損した部分さえも再生する。
魂という概念を消し去る魔法、という前代未聞の難題を突き付けられている彼の背後から、血塗れの手がゆっくりと伸びて来て、彼の肩を割らんと鷲掴んだ。
「何だ。もう始まっちゃってんじゃん。出遅れたわぁ」
「ゼノビアさん!」
「ってかコルト、あんた何やってんの」
世界魔法使い序列三位、ゼノビア・ホロウハウル。
曰く、世界最強の女魔法使い。
世界で最も好戦的な、戦闘狂の魔女。
この時も、魔王直轄の配下である二体の悪魔を一人で相手にした後だった。
全身紫色に濁った返り血を浴びた彼女の姿を、コルトはずっと忘れない。
「へぇ……魂が留まる限り殴り放題殺し放題って訳。わかった。足止めしてあげる。ゆっくりやってていいわよ。どうせ他の連中も直に来るだろうし、そうなると私一人で楽しめないし……ねぇ?」
「魔力の回復を――」
「これくらいのハンデで丁度いいでしょ。『悪魔の両手が賽を投げる。敗走する戦士。亡霊の群れ。槍の切っ先は常に心臓の前。抗う事を諦めた戦士に生きる価値無し。疾く死に果て、呪いを遺して腐敗しろ!』――“ライフ・ブレイク”!!!」
魔王の心臓が潰され、胸部が破裂。
近くで戦った三人に返り血が飛び散り、グラディスは口に入ったようで、怒りの眼差しでゼノビアを睨んだ。
「てめぇゼノビア! いきなり心臓潰すな! 誤爆で俺達が潰れたらどうするつもりだ!」
「そんな凡ミス、私がする? いいからあんたら手ぇ貸しな! 徹底的に、叩きのめすよ!」
そうして他の三人が戦線を離脱する中で、彼女は最後まで戦った。
ゼノビア・ホロウハウル。世界最強の魔女。
世界最強にして最凶かつ最狂の女。
そんな人から連絡があれば、世界二位の魔法使いとて、身構えるというものだ。
『よぉ。久し振りだな、コルト。アンドロメダの婆さんから話は聞いてる。今コールズ・マナにいるんだって?』
(お久し振りですね、ゼノビアさん。あなたから連絡が来るだなんて、思ってもみませんでした)
『私も連絡する気なんてなかったよ。ただ今年からそっちに入学させた馬鹿弟子から何の連絡も来ないんで、仕方なくね。二学期からあんたがそっちに行くって言うから、喧嘩吹っ掛けて来いって言ったんだけど、来てない?』
(喧嘩……と言いますか、実力を見せてみろみたいな機会は幾度かありましたが、ゼノビアさんの名前は一度も出て来てませんね……)
そもそも、彼女が弟子を取っていたと言うのが意外過ぎて、そこからツッコみたいのだが、何となく怖くて聞けない。
彼女はこちらに敵意がないとわかっていても、何かを理由に喧嘩を売って来る戦闘狂。言葉を選ばないと、強制的に戦わされる。
『っ、あの腰抜けめ。さては怖気づいて逃げたな?』
(ゼノビアさんに師事するくらいですから、それなりに根性がある方なのでは?)
『弟子と言っても、形だけさ。魔法の才能もあったし、都合が良かったんだよ。それであんたに挑むだけの度胸がありゃあ、箔もついたんだが。ま、私の修行からも逃げるようなビビりだったから。おまえにビビッて今頃言い訳でも考えてんだろうけど』
そりゃあ怖いですよ。
何せ、戦闘狂のあなたの修行なんて――とは、口が裂けても言えない。絶対に。
この時ばかりは、喋れなくて良かったと思った。正直に。
『まぁいい。いつまで経っても挑む様子が無いのなら、強制返還だ。自分より高位の魔法使いに挑む度胸もないんじゃ、これからの世界はやっていけない』
(魔王という危機は去ったのですから、少しはゆとりを持ってもいいのでは? その子もまだ、一五歳の子供なのですから――)
『魔王ゾディアクが出て来た時、ご丁寧に挨拶などしてくれたか? 前兆はあったか? 前置きはあったか? 私達の知らないところで、魔王の種は生まれ、育っている。ゾディアクを倒してまだ五年じゃない。もう五年だ。新たな魔王誕生ないし、ゾディアク復活も考慮せねばならない。私個人としては、望むところだがな』
(あなたが前線にいる限りは、まだまだ安泰ですよ。しかしその子、気になりますね。僕が面倒を見ているお嬢様をぶつけてみるのも、悪くないかもしれません)
『強いのか、そいつは』
(元軍人学校生と言うだけで、魔法使いとしては同じ一年生です。既にここに来て何度も苦渋を飲まされています。期待はさせられません)
『おまえにしては辛辣だな。しかしその程度か。見込みがあれば私が直々に遊んでやろうと思ったのだが』
そうなると思ったから、辛口な評価にした。
彼女の遊び感覚で、将来戦力になり得るかもしれない人を壊されては堪らない。
(それで、その生徒さんは? 出来れば特徴など教えて頂けると)
『特徴か、そうだな……髪は青白く、肌は比較的白い。小動物のようにずっとビクビクしてるから、ケツを引っ叩くと高い声で泣く』
(女性ですよね……お尻叩くつもりはないので他にもっとありませんか)
『そうだな……アンドロメダの婆さんと同じ、エルフ族だ』
(それを先に言って下さい! ……では、名前は)
『レイーシャだ。レイーシャ・フルハウス……あぁ、そうだ。おまえみたいな優男ならば問題は無かろうが、少々問題がある。奴は何より男に迫られる事に怯えている。下手に刺激しない事だ』
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