第24話 決意

 再会した二人を眺めるように、レイは静かに立っていた。

 その気配を感じ取ったシヴァの視線が、アグニからゆっくりと外れる。

 

「時に、其処の青年よ」


 シヴァが真っ直ぐにレイを見る。


「俺ですか?」

「そうだ、其方だ。まあ、なんと中途半端な姿……我と同じ姿をとれるであろう?」


 シヴァから憐れむような目を向けられたレイは、複雑な心境で自分の姿を見直した。


「我と同じ姿になってみせよ」

「シヴァってば……レイは人間の姿の中では、美しい顔立ちなのよ。中途半端なんて言い方は失礼よ」

「狼の姿が一番美しい。人の姿など、我には一切の価値がない」


 シヴァは鼻を鳴らし、顔を背けた。

 女神が相手だとしても、己の美学を曲げる気は微塵もない。


「我の美学は、さて置き……」


 神狼の金色の双眸が光り、冷酷な瞳の色を濃くした。

 見据える先にあるのは、今にも結界を破壊せんがため、攻撃を続ける闇の竜だ。


 この結界も持ってあと数分か……。


 シヴァが思案しながら、アグニと意思の疎通を図る。

 一時的にアグニの感情が昂ったため身体の主導権が変わっていたが、今はイリスに戻っている。

 シヴァとアグニの思念での会話が終わり、シヴァが口を開く。


「今からあの闇の竜を討つ」


 もう時間がないことは、イリスもレイもわかっていた。


「我らの今の力では、神器を使えるのは一度きり。それを創るためには少々時間がかかる……二人共、協力してくれるか?」


 シヴァの問いに、イリスとレイは迷うことなく頷いた。


「ありがとうー! 二人には、絶対ケガとかさせないからね」


 再び脳内に、アグニの声がイリスと……そしてレイにも木霊した。


「アグニよ……煩い」


 当然ながら、その念話はシヴァにも及んでいた。

 シヴァは不快感を露わにすると、耳をたたむ仕草を見せた。


 ただ一つ、イリスには気掛かりがあった。

 ルバーブが闇の竜に変わってから、ずっと気になっていたこと、それは——。


「あの……もし闇の竜を討てたとして、大司教はどうなるんですか?」


 不気味だし、怖いし、大嫌いだが、彼がどうなってもいい……とまではイリスには思えなかった。

 アグニが諭すように語りかける。


「闇の竜というのは恐怖や絶望の感情を糧に、闇の石の力を最大限まで引き上げて実体化したもの。あの男の血肉、魂すらを飲み込み……それを条件として力を得ているの」

「つまり、大司教は……」


 女神は悲しげに目を伏せると、顔を横に振った。


 もう助からない、ということを示唆していた。

 絶命して初めて発動する闇魔術。大司教に命があったのなら、闇の竜はここに顕在できていない。


 イリスの心に、暗く重い気持ちが伸し掛かかる。

 十六歳の少女にとって"死"というのは、得体の知れない恐怖と同じだった。

 もう救うことができない命に対し、戸惑い、動揺するのは至極当然の流れで、屠ることが正しいのか迷いが生じた。

 自然と歩みが止まる。

 それをアグニも感じ取った。


「それでも……」


 アグニがその迷いを払い、導くように声を絞り出す。


「それでも今なら、まだ間に合うこともあるの!」


 アグニの言わんとしていることは、イリスには正確には理解できなかったが、切実に訴える気持ちがイリスの心と身体を動かした。


 何か希望があるなら……やってやる!


 影を落としかけた心を奮い立たせたイリスは、再び虹色の瞳に光を宿し、前を向いた。


 その姿を視認したレイは、安堵し穏やかに微笑む。深く息を吸い、呼吸を整える。


 レイの髪先が燦然と輝き出す。その眩い光は彼の全身へ広がり覆い隠す。白銀の閃光が消える頃には、もう一匹の崇美な狼の姿があった。


 イリスは目を丸くし、何度も瞬きをした。手を近づけて触れようとしたところで、それを止めた。


「……レイ?」

「そうだ。撫ででも構わない」


 白銀の狼へと姿を変えたレイの視線が、空を彷徨っていたイリスの手をチラリと見やる。


 おずおずと躊躇いがちに白銀の毛並みに触れる。神狼シヴァの毛並みとも違い、さらりとした絹のように滑らかな触り心地だった。


「娘よ……そろそろ良いか?」


 シヴァの無機質な声に、イリスは我に返った。


「は、はい!」

「では娘はレイとやらの背に乗れ。そろそろ結界が破られる」


 イリスが狼となったレイの背中に跨ろうした時、パキンッと嫌な音が響いた。氷牢結界に蜘蛛の巣状の割れ目が入る。


「レイよ、四肢に力を込めよ! 己の周りだけで良い、結界を張れ!」


 ガラスが砕けるような大きな音が鳴り響く。

 結界が崩壊すると、粉雪のように消えた。


 闇の竜は結界を破壊できた満足感か、はたまた遊ぶ相手がまだ生きているという悦びなのか「ギャギャギャッ」と汚く嘲笑じみた声を上げた。


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