三十三話・War and Mercenaries
バーミンガムを東方に進んで五里ところにその村はあった。
赤茶けた大地と陽炎が俺たちの視界を包む。ほとんど草と相違ない成長しそびれた木々が地面のそこかしこに転々としているだけだ。
その村はあった。照りつく日差しに焼かれながらも点々とするコンクリートの家々がまさにそれであった。荒野と村を分けるだろう木の柵が大地に突き刺さっている。物見やぐらの上に刺さっている木造りの風車がからからと弱弱しく音を立てている。
俺たちは村の見える小丘に陣取って眺めていた。
「ここであっているのかい。エリン女史」
「間違いないわね」
邪教徒の村、というには物寂しかった。
全然儲けているような雰囲気がない。豪華な家々が村にあるわけでもなく、人もまばらだ。無尽蔵に耕された畑が野放図に広がっているだけだ。もしグルだとそこそこ金や人が回っているものだが。
「なんというか、単なる辺鄙な村ですね。エリン、これは本当なのですか」
「少なくとも依頼主が言うにはね」
「まあ、どんな奴がいるかは分からねえからな。だが、俺にはちと違和感あるね」
「何かあるんですか」
「この前話したことを忘れたのか。金周りのいい村ってことは」
「金の羽振りがいい……」
「エルーシャの方がよっぽど想像力があるな」
エルーシャの誇らしげな顔をみてキャルの顔が苦虫を潰したようになった。ここでも日常は続いているのだなと少しほっとする。ただそれも各々警戒してのものなので会話も段々と減り、緊迫感が増えていく。
「どうする。エリン女史」
「とりあえず今先見で回ってきた来た奴らが帰ってくるはずよ。そこからでいいんじゃない」
「偵察入れてんのか」
「一歩間違えたら私達仲良く犯罪者よ。それだけならまだしも樫の木の面子を潰したってそっちからも追われちゃうわ。一方的に依頼主の言葉を信じるわけにいかないでしょ」
やはりエリンもこの仕事にはきな臭さを感じていたようだ。ルビルにいた頃とは想像できないほど用意周到だ。意外とキャルよりも成長したのかもしれない。
そうしていると男が二人帰ってきた。どうみても浮かない顔つきだ。
「どうだったかしら」
「変哲もないただの村でしてね」
「畑を耕してる奴らばっかですぜ」
「そう」
「エリン女史。この仕事はおかしいですぜ」
男の一人が切り出した。
「樫の木を貶めたい奴の策略にしか思えませんぜ。やっぱりバーミンガムのやつら俺たちを追い出したいんだ」
「こんな弱小の傭兵団を?」
「オーバイオに本隊のある傭兵団は災いの種くらいにしか思ってませんって。あいつら絶対俺たちを戦争の火種だくらい思ってやがる」
「もういいわ。とりあえずどこにでもありそうな村だったのね」
二人の言葉を聞いてエリンは飽き飽きした顔で二人を下げた。一瞬男達は何か言いたそうな顔になったが肩をすくめてすぐに下がっていった。何度も同じ会話をしているのだろう。
傭兵団が戦争を起こす。
よく言われる言葉だ。戦争を失い、食い扶持を失った傭兵団がもう一度飯の種を作ろうと戦争の火種をけしかけようとする類の、噂にも満たない話だ。実際問題そういう事は起こらない。どれだけ大きな傭兵団にしたって諸都市が持つ正規の軍が出ると簡単につぶされてしまう。金も人も規模が違いすぎる。それはオーバイオで天下を取っている赤靴下でさえそうだった。オーバイオが本気で赤靴下を潰そうとしたらほんの一日で壊滅にまで追い込まれてしまうだろう。その程度の力しかないのだ。
だが意外とこういった噂は根深い。過去の戦争もどこかの傭兵団が起こしたなど根も葉もないことを言われたりする。傭兵にはいろいろな奴がいるからそういう事を画策する可能性がないとは言わないが、所詮戦争は国家間のもので、傭兵はそのお零れにあやかりながら生きている。そんな民間の傭兵が介入できる部分などは限られている。与太話以上にはならないものだ。
ただ、そういった見られ方をされているのは嘘ではない。未だに、だ。
「ここで火種を起こそうとしても粛清されるだけよ」
エリンが苦笑いしながら言う。
差別されるとどうしてもよくない妄想に駆り立てられて反発意識を駆り立てる人間がいるのは仕方ない。彼らもそうなってしまったのだろう。
ただ世の中は思っている以上に傭兵がどうのこうのあまり意識していないものだ。噂も所詮は噂、とみる奴だって多い。戦争を起こすのは傭兵団だ、と信じている奴の方が一般市民には少ないのだ。
あくまで自分に火の粉が降りかからなければ、だが。
「どうする。行くか」
「うーん。このままじゃ駄目ね。もう少し情報が欲しいわ」
「確かに。何も情報を持ち帰ってきませんでしたって言われただけだもんな」
「……誰か、いかないかしら」
エリンは俺たちを見た。
そうだよな。俺たちが行くしかないんだよな。とはいえ何が起きるか分からない状態で全員行っても仕方ない。
「とりあえず、俺は決まりかね。女の一人旅なんかそれだけで怪しまれちまうしな」
「そうね。ジョージにはお願いするとして、もう一人欲しいわ」
「じゃあ私が」
「アンタはだめ」
「なぜ」
エリンはキャルを止めた。キャルは顔をしかめたがまあ、正直エリンの言いたいことは分かる。残念ながらキャルは猪武者だ。偵察をうまく完遂できる姿が想像しにくい。
ここはあまり悟られないことの方が重要なのだ。
「残るのはアンタなんだけど、その大剣がねえ」
「いけないかしら……」
「まあ、キャルよりはましだろうけど」
「どういう事よエリン」
「そうやって興奮するところがダメだっつってんのよ」
「まあ、大剣に関しては俺がなんとかするさ。旅しているのに護身の武器一つも持たないってのも疑われるもんさ」
「そんなものかしら」
「年の功を信じな」
そういうと少しため息をついて頷いた。
「ジョージがそういうなら。私は信じるわ」
「じゃあ決まりだ。エルーシャ。準備してくれ」
「わ、私は」
「キャルはエリンの護衛だ。お前の力だったら何があっても大丈夫だろうしな」
「……納得いきませんが、わかりました」
全員が頷くと俺とエルーシャは立ち上がり、村に向かう準備を整え始めた。
俺とエルーシャは旅人として村の入り口に足を運んだ。柵の間に空いた部分を果たして入口というのかは分からないが、少なくともここより内側は村という意識はあるのだろう。地面を踏むと砂に靴が埋まる。水も簡単に得られなさそうな土地だ。どうやってここの村人は生きているのだろうか。
少し歩くと小さな畑があった。何か野菜を育てているらしい。ただ黄土色の土に点々と緑があるだけでこれが豊作になるとは到底思えない。
こういう村ほど邪教が流行りやすいのは、正直あった。
「……ジョージ」
「どうしたエルーシャ」
「本当に、邪教の村なの……?」
「分からない。だがそうなりそうな要素がないとは言わない」
「……なぜ」
「……この村がどう見たって裕福に見えないところさ」
数人村人に話しかけてみた。しかし俺たちを余所者とみなしているか、一瞥すると無反応だ。なるほど。先ほどの奴らも取り付く島がなかったのだ。
俺はどうしてもそれっぽく感じてしまった。邪教徒討伐の仕事は傭兵の頃数度受けたことがあったが、まさにこんな感じであった。旅からやってきた人間に対して退廃的で近づこうとも思わない。厄介者であることを隠しもしないのだ。ただそれは貧乏な村ではよく見る光景でもあったのだ。
邪教の住みつく場所、と言われる場所は二種類に分類される。一つは成金的にやたら羽振りのよくなった場所。または貧乏のどちらかだ。前者は大抵何か大きな犯罪がらみである事も多い。後者はそういうことも少ないのだが、一方で前者になりかねない可能性をいつも持ち歩いている。
誰だってそうなのだ。自分の喉が渇ききって焼け付くようになった時、目の前の水に飛びつく。それが誰のものであっても構わない。例え犯罪と分かっていようが生きるために持ち主の頭を砕いて水を奪い取るのだ。
「ジョージ……」
「なんだい」
「私、なんだか怖い……」
エルーシャが俺に身を寄せてきた。
いつでも武器で栄えてきたチャンプ・ピンターニャしか見た事のないエルーシャにとってはこんな貧困にあえぐ村の景色ははじめてなのだろう。そしてそれが妙な雰囲気を放つことを敏感に察知したのだろう。
「そんなに怖がることないさ」
「でも……」
「お前さんの生まれ故郷が元気なだけなんだ。世の中こういうもんさ。すぐ慣れる」
「でも……」
「怖がりさんだなあ。エルーシャは」
俺に隠れようとするエルーシャは大人びた見た目と全く違った。子供をあやすように頭を撫でるとほっとした顔をする。改めてエルーシャが親元以外を知らない子であることを感じさせた。
その頃にはもう誰とも話せないままで、俺も先ほどのやつらのように切り上げようとした時であった。
「スティーブ、スティーブじゃないのかね」
誰かが俺を呼んだ。
最初は俺ではないと思った。名前が違う。しかし呼ばれるときははっきり自分に向けてのものというのは意外とわかる。思った以上に耳に入ってくるのだ。
俺はスティーブじゃない。そういおうとして向いた時、老婆が足を引き釣りながらこちらに向かってきた。
「スティーブ! スティーブじゃないか! 生きてたのね……!」
老婆は確信したような顔で、顔を歪ませながら近づいてきた。
「婆さん。悪いが俺はスティーブじゃ」
「スティーブじゃろ! 私の息子の! お帰りなさいスティーブ! ああ、抱かせておくれ……!」
俺がうろたえているうちに老婆はやってきて俺を強く抱きしめてきた。
抱きしめると同時に俺の胸に顔を埋めて嗚咽を漏らしていた。
「ばあさん……だから」
「いいのよスティーブ。大変だったのね。うちにおいで。ご飯を食べさせてあげる。いらっしゃい」
「スティーブじゃ」
「いいえスティーブよ。戦争の時、傭兵と共にここを去ったスティーブ」
その言葉を聞いて俺は驚いた。本当に俺のことかもしれない。気が動転していたのかもしれなかった。だが、俺は故郷がティアスティラだった、という事以外記憶が曖昧だ。もしかしたら戦争の中で記憶がごちゃごちゃになってしまってこの村が本当の故郷だったのかもしれない、という疑問が浮かんできたのだ。
振り返れば、俺は故郷がティアスティラだったという事以外朧気にしか覚えていない。町の姿も燃えさかる姿しか記憶していないし、それが町であったかすらも曖昧だ。どこかで俺の故郷の話が出た時にティアスティラと刷り込まれたのかもしれない。どちらにしたって、朧気な記憶だけを頼りにここまで来てしまったのだ。
思えば、俺は本当にジョージ・フォスターという名前だったのだろうか。
いかにせよここまで自信をもって俺のことをスティーブと呼ばれてしまうと不安を覚えてしまうのだ。
俺はいつの間にか頭を抱えてしまった。この老婆の言っていることは……。
「おいでスティーブ。一緒に連れているお嫁さんもどうぞ」
「あ、ああ……」
「ジョージ」
「あ、ああ。エルーシャ。そうだ。情報収集のためさ。俺はジョージ、ジョージ・フォスターだ。スティーブではない。スティーブじゃ……」
「ジョージ……」
ひどく狼狽していたのだろう。
その時のエルーシャの顔は不安に曇らせていた。
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