三十二話・dirty work

 宿舎と言っても樫の木傭兵団の宿舎はルビルと比較にならないほど小さかった。一応食堂はあるが宿舎といっても部屋は四つあるかないか。


「結構しんどい環境なんじゃないか」

「まあ樫の木の本部はオーバイオだから。どうしてもここまでくるとあるだけが精いっぱいよ」

「それでも作ることに意味がある、か」

「そうね。でも十四、五人がいるわ」


 あの部屋も一人一人にあるわけじゃなくて複数人が共用かつその一人、二人は夜の仕事に出て交代で寝泊まりしているという感じか。少し懐かしい気持ちになる。俺も若い時はこういう場末の宿舎で雑魚寝していたものだった。


「しかしエリンが団長だなんて」

「あら、キャル。私が団長になるなんて珍しい?」

「まあ、ああ」

「私も努力したのよ。それなりにね」


 俺はふとエリンの手を見た。確かに手や肩回りが少し筋肉質になっている。本人が言う通り努力を怠らずにここまで来たのだろう。とはいうものの武力は今の時代に云々、と言っていたようなエリンらしくキャルと比べたらやはり細い。前よりはましになった、というほうが正しいか。


「しかし、なんで俺がいる事を知ったんだよ」

「余所者を確認するのはこんな小さな傭兵団では基本でしょう。遠くから来たならなおさら」

「そりゃそうか」

「す、すまない。どういうことだ?」


 キャルは目を丸くして首をかしげる。

 エリンは苦笑いをした。


「あのね。私達みたいな小さいところは簡単に仕事を取れない時代なの。コネもないしね。そんな私たちがコネ、仕事を取るにはどうしたらいいと思う?」

「え、いや。すまん。分からない」

「あのねえ」


 エリンは大きくため息をつきながら俺を見てきた。一体どういう教育をしてきたんだといわんばかりに。


「馬車護衛だよ」

「え、普段の仕事が、なんで?」

「あのねえ。そこで色んな人と話してこなかったの?」

「……あっ、そうか。そこの人から仕事を貰うんだ」

「アンタ、本当に傭兵よねえ?」


 エリンが呆れながら首を横に振った。もう見てられないと感じたのだろう。


「それだけじゃねえさ。バーミンガムもなんだかんだ都市の規模を持つ。ルビルからここまで来るってことはそいつには何かしらの用立てがあるってことさ。都市間に結びつきのある要人とかも馬車を使うしな。そういうのと仲良くなっていたらどうなるよ」

「ああ、そうか。大きな仕事にありつけるんだな」

「ねえジョージ。本当にキャルって成長したの?」

「まあ……、お前さんの方向とは違うけど成長はしてるよ」


 これが精いっぱいの助け舟だ。

 だがエリンもよくここまで勉強したものだと感心してしまった。俺がこういったものを身に着けたのは赤靴下に入って以降だったからエリンほどの年齢でこのような力を持ちえなかった。もっとバカだった。もうこの程度は覚えて当然の時代なのか。

 ふくれっ面のキャルを宥めながら話を進めた。


「じゃあ俺たちを見つけた時点で交信したってことはなんか仕事があるんだな」

「赤靴下で一、二位を争った手斧のジョージなだけあるわね」

「まあ、キャルも形式上は樫の木の面子だからな。招集されるってことはそういう事だろう」

「そう。今人手が欲しいのよ。それも飛び切り腕の立つ人材の、ね」


 エリンがにやりと笑った。そこには不満を漏らしていた初々しい姿はなかった。


「いいんですか?」

「なにが」

「あの依頼ですよ」

「お前さんは嫌なのかい」


 宿に戻る途中キャルは納得いかない顔をしたまま手を顎に乗せていた。

 エリンの依頼を俺たちは引き受けたのだ。いや、厳密には引き受けざるをえなかった。そこにはティアスティラの情報が報酬に含まれていたからだ。この旅の終結にはそれが一番必要なのだからわざわざ断る必要もない。

 だが、その仕事が「邪教の村の調査」となるとキャルも納得いかないのも理解できる。

 そしてその「調査」という言葉に多くの含みがもたらされているのもなんとなく理解しているようだった。単なる調査であればわざわざ傭兵なんか使う必要性がないからだ。


「嫌です。例えその村が邪教崇拝者たちの村であってもですよ。理由なく殺していいって理由にならないじゃないですか。一歩間違えたら虐殺に加担することになるんですよ」


 キャルの心配は的外れというわけでもない。正直に言ってこの依頼は大分難しい。

 本来バーミンガムの守衛兵がやるべきところの内容だ。それがわざわざこんな小さな傭兵団に持ち込まれるのが不可解でもあった。

 エリンがこの仕事をどこから仕入れたのかは分からない。先ほどの会話から恐らく馬車にいた要人に近しい人と接触して、という奴だ。というかそこくらいしか得られるところもないだろう。

 一方でよくもまあこんな面倒な仕事を背負いこんだものと感心してしまった。

 村を滅ぼした後、適当な理由をつけて「村を虐殺した犯人」として捕まえてくる可能性だってある。バーミンガムの要人たちが樫の木に悪意を持っていたらそれはすぐに起こりえることだ。

 なによりキャルの言う通り人道的にどうなのか、という問題もある。例え傭兵と言っても殺しが好きで入るやつばかりではない。中にはそういうやつもいるという話で多くが仕事として戦を生業にしていただけだ。仕方なく仕事に関与して、必要に迫られているから殺人をしている奴だって少なからずいる。

 誰も理由なく人殺しなどしたくないのだ。

 汚れ仕事が回ってきていると考えたらこの街における樫の木の存在が想像も出来る。


「サン・マルク教の敬虔なる信者たるお前さんがそんなこと言うなんてな」

「そりゃあ気にならないと言えばうそになりますけど、だからと言って惨殺していい理由にはならないじゃないですか」

「それも否定は出来ないな。だがこの方法以外を探していると時間がかかる」

「それは……否定しませんが」


 しかし報酬がこれ以上なく欲しい。

 ティアスティラが今までのような都会でない以上、少しでも情報は欲しい。そのチャンスをみすみす失うのももったいない話だ。


「ま、村に入ってから考えたらいいじゃないの。それとも降りるか?」

「それはありません」

「一生お尋ね者になる可能性があってもか」

「……」


 キャルは黙ったまま俺の横について袖をぎゅっと掴んだ。

 意志だけは定まっているようだ。


「一蓮托生です」

「そうだった。そうだったな」


 宿に戻ると日も大分落ちていて部屋は暗くなっていた。

 脂に火をつけ、寝る支度をする。明日から朝も夜もなくなる可能性があると思えば一時はベッドで寝られる最後の夜になるかもしれない。いや、本当にやばい一件になるとこれが本当に最後かもしれない。


「そういえばエルーシャは俺たちとくるのか」

「行く……」

「そうか。なら武器の手入れだけはしとけよ」

「言われなくとも……」


 エルーシャにも一応誘いを入れた。エルーシャも仕事が終わるまで待っていても埒が明かないという事で突いていくことになった。少なくとも三人いれば何があっても多少は戦えるだろう。


「そういえばジョージ。邪教徒の村ってのはどんな感じなんですか」


 身支度を整えているキャルが聞いてくる。

 確かに犯罪者の村、なんて言っても想像もつかないだろう。


「そうだなあ。様々な種類があるんだこれが」

「どういうことですか」

「想像しやすいのを出せば村人全員が邪教徒の名を冠しただけの犯罪者ってやつかな。そこで暮らす全員が犯罪を生業としていることがある。大体が野盗だな。そういう野盗の村ってのは意外と多いんだぞ」

「なんでそんなことを」

「簡単さ。自分たちの教義的には他人からの略奪や宗派を守るための殺人は良いとしている、なんて詭弁を図るんだ。自分たちの罪逃れのために宗教を使うなんて珍しくもないのさ」

「理由になっていないじゃないですか」

「理由になっているんだ。俺たちにとってそいつらは邪教徒だが、そいつらにとって俺たちは邪教徒なんだから」


 キャルははっとした表情になった。

 こういう単純な事も常識に囚われると理解できなくなる。特に自分の生活に根強く関わっている宗教なら余計相手の立場を同じ教徒として想像してしまうのは当然のことなのだ。


「それ以外にもあるのが村の運営が邪教によって成り立っている場合だ。これも宗教の名のもとに集まった野盗が偽造品の販売や人身売買とかやったりして、その資金で村の経営が成り立っている時があるんだ。どこかしこも村に金があるわけじゃないからな。どんな理由があっても献金してくれる金持ちってのはありがたいんだよ。だからその宗教に寄付する奴らが犯罪者なのを知っている場合もあれば全く知らないこともある。こういうのが意外と厄介なんだよな」

「厄介……それはどういうこと?」

「キャロラインは馬鹿だな……」

「なっ」


 急にエルーシャが割って入った。

 じっと俺たちの会話を聞いていてキャルの世間知らずさに一言いいたくもなったのだろう。エルーシャも大概世間知らずなほうだがキャルほど鈍感でもないらしい。


「私が聞いていても分かった……。支払いのいい教徒がいなくなると村がなくなる可能性がある……」

「エルーシャは察しがいいな。そう。村の経営に大きく影響している場合、それらを取り締まるだけで村が崩壊してしまうんだ。食い扶持がなくなるからな。あとキャルは帰るときに言ってたろ。誰が犯罪者か分からないって。だからどこまで取り締まればいいか分からないんだよ」

「確かに考えてみれば」

「村長が元締めで宗教の名のもとに犯罪者集団を組織する、なんてこともあったりする。だから線引きがかなり難しくなるんだ。適当に頭刎ねたらいいってわけじゃない」

「……なんかすごく難しい仕事投げられてませんか?」

「そうだよ。そのうえに汚れ仕事だ。だから俺たちみたいな傭兵を使うんだ。結果として邪教のない村を焼き払う事になっても『傭兵を名乗る犯罪者の仕業』と言って兵士を派遣して口封じ代わりに俺たちを殺せばいいんだからな。失敗しても困るやつがいないわけよ」

「……やっぱり危険すぎませんか……?」

「危険だな」

「じゃあ」

「お前、エリンをそのまま見殺しにしていいの?」

「それは……目覚めが悪いですね」

「だろ」


 そういいながら俺は布団にくるまった。

 どちらにしてもティアスティラの情報が必要なのだ。だとしたら自分たちに関するものの利益が少しでもあった方がいいに違いない。

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