四十二話 コノハと昼食

 家に戻るとちょうどイチョウさんも外出するようで外靴に履き替えていた。


「お母さん、どこ行くの?」

「コノハ大丈夫だった? さっきマギア解放隊が来たでしょう、一応警戒のために呼び出されちゃったの」


 服装は今朝着ていたのと似たような感じだったけど、少し軽装なものに着替えている。イチョウさんの仕事は警察官的な仕事らしいし、状況的な当然かもしれないけど、大変そうだ


「コノは全然大丈夫だよ、ヒカゲさんが守ってくれたから」 

「ありがとうね、あなたがいてくれて私も安心だわ」


 僕の人生でここまで必要とされる事は初めてだ。本当は自分なんて、みたいにネガティブ思考をしている場合ではなくなってくる。


「お昼は作れなかったから、コノハが何か作ってあげて。じゃ、いってきまーす」

「いってらっしゃーい」


 僕もいってらっしゃいを言うべか悩んでたら、イチョウさんはもう出てしまった。一応、自分の家みたいに過ごしてと言われているけど、どうしたものか。


「ヒカゲさん?」

「ごめん、何でもない」


 その悩みはとりあえずしまっておくことにする。僕は靴を脱いで居間に向かった。


「二人っきりなっちゃいましたね」

「そ、そうだね」


 コノさらっとそんな事を言ってきて、改めて意識させられてしまい、頬の温度が少し上昇する。


「誰もいないみたいなので、お昼はコノが作ります」

「ありがとう。僕に何かできることってある?」

「魔法を使ってお料理するので大丈夫ですよ。お部屋でゆっくりしてて下さい」


 魔法は使えないし料理も簡単なものしかできない僕に役目はなく、言葉に甘えてコノの部屋で待つことにした。

 まずはぬいぐるみをテーブルの上に、二体隣り合わせで置いておく。


「トレーニングしよっと」


 せっかくの空き時間なのでアオから教えてもらった筋トレのメニューをこなす。マギア解放隊と一戦交えることがあるだろうし、あのギュララさんの能力は長くは使えない。もっと強くならなきゃ。

 終えてからはリュックからモモ先輩が描かれた服を出し、制服をロストソードと同じ要領で消してから着替えた。それから布団に横になり身体を休ませる。


「……」


 やばいトイレに行きたくなってきた。そういえば村長の家で水を一気に飲んでいた。小の方でまだいいけど、それをするにはコノの力が必要で。頼もうにも申し訳ないし、恥ずかしいしどうしようもないけど躊躇してしまう。


「ヒカゲさんできました……よ。どうしたんですか、そんなもじもじしてますけど」

「いやぁ、その」


 葛藤して限界が近くなった段階でコノが部屋に入ってきてさらに尿意が上昇する。


「トイレ……したくて」


 もう漏らすという最大の羞恥から逃れたくて、正直に伝えた。


「ヒカゲさんそんな我慢せず、遠慮せず言ってください。さぁ行きましょ」


 膀胱を刺激しないよう慎重な足取りで、このピンチを救ってくれるゴールへと向かった。


「コノはここで扉の前で待ってますから、終わったら教えてください」


 和式トイレが目の前にある。けど油断してはいけないと全身に力を入れたまま、ズボンを脱いでトイレの上に座った。


「……ふぅ。終わったよ」


 用を足すと力を抜くことができてその開放感にスッキリする。ズボンを上げてからコノに声をかけた。


「じゃあ少し開けてから……ウォーター!」


 扉を半開きにしてそこから手を出し水の魔法を唱える。同時に和式トイレの頭の部分の側面にはめ込んである魔石が青に輝くと、魔法が彼女の手のひらから勢いのある水が出され、それは操作しているみたいにトイレの中に入り流した。


「間に合いましたか?」

「う、うん。ありがとう、それとごめん」

「もう謝らないでください。コノはやりたくてやってるんですから」


 ワンチャン一緒に中に入ることになるのではと危惧していた。これなら多少は抵抗感は減る。本当に五ミリくらいだけど。


「それよりもご飯ができたので食べましょう」


 テーブルの上には二人分の食事が並んでいた。エルフ米や味噌汁は今朝と同じで、おかずとして野菜炒めがあった。僕とコノは向かい合った位置関係で座る。すると美味しそうな匂いが食欲スイッチをオンにしてきた。


「「いただきます」」


 彼女とタイミング一致させ、エルフのやり方にならって長めに手を合わせてから箸を手に持つ。まずは、美味しさを知っているものから手を付ける。予想通りの味がして安心して口にいれた。次に、新たな食品に狙いをつける。朝に出た野菜もありつつ、見知らぬ葉物や果菜類の食材も入っていて、しっかり焼けている肉もあった。スイーツ的なカラフルさがあるものの、見た目に惑わされず舌の上に運んだ。


「……どうですか?」

「凄く美味しいよ!」


 野菜自体のさっぱりとした味と肉の旨味が調和して、少ししょっぱさのある味付けがそれらを引き立たせていた。動かす腕は止まらず、そして頬が緩んでいく。


「良かったです。ふふっヒカゲさんって、美味しそうに食べますよね」

「そうかな……前にも別の人にそんな事言われたよ」

「見ていると幸せな気持ちになっちゃいます。えへへ、コノはヒカゲさんを毎日その顔にさせてあげたいです」


 熱っぽく視線を送りながらさらりとそんな爆弾発言を投下してきて、思わずむせてしまい水を一口飲んだ。


「それって、どういう?」

「そう思っただけなんですけど……コノ変な事を言っちゃいましたか?」

「そっか。ごめん何でもない」


 もうそれは結婚のプロポーズの言葉か何かだろう。それを言った当の本人は平然とした顔をしていて。その天然な感じに僕の心は完全に振り回される。


「そういえばヒカゲさん。ホノカと会ってどうでしたか?」


 半分くらい食事が進んだくらいにコノは何気なくそう尋ねてきた。


「色んな意味で強くて明るい子だなって思った。それに、僕にも幼馴染の子がいるんだけど少し似てるなとも」

「ヒカゲさんも幼馴染の方がいるんですか!」


 興味津々といった風に声音も身体も前のめりになる。


「う、うん。小さな頃からずっと一緒に育った女の子が一人いて」

「お、女の子……。もしかしてヒカゲさんはその方が好きだったり?」

「いやいや! 恋愛的な好きは……ないかな」


 半分衝動的にそれを否定するも、頭の裏側当たりから自分の発言に違和感がよぎった。


「ほっ。その方とは今も?」

「そう。彼女はロストソードの使い手でもあるから、一緒にいるよ」

「なっ……幼馴染な上にロストソード使い手だなんて。うぅ、運命レベル高すぎだよぉ」


 胸をなでおろしたりすぐに落ち込んだり、コロコロと表情を変える。というか、運命レベルってなんだ。


「幼馴染さんに負けないよう頑張らないと……」

「その、ほどほどにね」


 迂闊だった。幼馴染の存在を明かしたせいで彼女に火を点けてしまった。もう僕の声は届いていないようで色々思慮にふけっている。

 今でさえ結構精神を乱してくるのに、それ以上とかもう何をされるか想像もできなくて怖くなる。


「さらに料理で胃を掴んで……さらに添い寝して……」


 ぶつぶつ作戦を練っている彼女を横目に変な間違いが起きないよう心で祈って、残りを食べた。

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