四十三話 午後の読書と世界の始まり

 昼食を終えてから僕とコノは部屋でたまに会話を挟みながらも各々自由に過ごしていた。

 ただ、外に出ることはコノにお願いされて止められてしまっている。理由は僕から離れたくないということと、今朝の疲れでもう外出する体力がなくなったからみたいだ。

 僕としてはランニングや剣の練習をしたかったのだけど、できそうにないので今朝の戦闘をトレーニングだったと思うことにした。


「……」


 部屋の中に本をめくる紙のこすれる音が室内にこだましている。コノは小さなテーブルの上で本を読んでいて、笑ったり悲しそうに眉をひそめたり、真剣な顔つきになったり、コロコロと表情を変えていた。やることもなく畳の上で寝転がっていた僕は、ぼーっとそちらを眺め、次はどんな感情を見せるか予想するゲームを脳内で展開して暇つぶしをしている。


「あのぉ、ヒカゲさん?」


 ふと瞳がこちらを向いてくる。流石に視線を感じ取られてしまっただろうか。


「もしかして……これ読みたいんですか?」

「えっと……うん」


 コノの顔を見ていただなんて言えるはずもなく首肯する。


「一巻があるのでそれを」


 色々入っている本棚から目的の本を迷わず取り出すと僕に渡してくれる。

 文庫本くらいの大きさで藍色の表紙には剣のイラストと『勇者アカツキユウゴ」というタイトルが書いてあった。その下には『アイリス』と作家名が記載されている。


「このお話は神話を元に作られているんですよ。カッコいい勇者様と可愛いヒロインのお姫様がすっごく魅力的でして、さらにお話の展開も二転三転して予想がつかなくて――」

「お、落ち着いて」


 コノは急にテンション高く作品について語りだす。そのエメラルドの瞳はとても輝いていて。


「はっ……ごめんなさい。あんまり物語で話せる相手がいないのでつい……」

「そっか。じゃあ僕も読むから、それから話そうね」

「はい! 約束ですからね!」


 きっと同年代が少なく趣味を共有できなかったのだろう。コノは話の種を求めて本棚からそのシリーズの本を手当たり次第に出し始めて。それを横目に本を開いて読み進めた。

 この本の最初は、この世界の始まりについての説明からだ。この世界には元々五人の神がいて、彼らは生物を生み出して、どれが優れているか競っていたらしい。それから神たちは長い年月見守っていたが、決着はなかなかつかず膠着状態に陥っていると、別の世界でも同じ試みが行われていて、そちらで人間という生物が覇権を握ったと伝えられる。それを聞いたある神が人に似た存在、テーリオ族やエルフを生み出したらしい。

 しかし、それでも結果はでなくて痺れを切らしたエルフやテーリオを生んだ神は地球から大量に人をさらっていった。さらに人間が有利になるよう、神の力である魔法を与えるという禁忌を犯してしまう。


「……つまり、この世界の人の祖先の元々は僕と同じ地球にいたってことに」


 そうして地球と同じように徐々に人間の勢力が上回り出した辺りで、とどめを刺そうとある一人の人間に強大な魔力を渡す。だけど、それは人が耐えられるものではなく暴走してしまい、その人は魔王と自称して世界を滅ぼそうとすることに。

 他の神はその神を追放した後に、世界のバランスを取るためにあらゆる存在に魔法の力を分け与え、そして魔王に対抗するために、一人の人間を勇者に選んで特別な力を与えた。

 そして、勇者であるアカツキユウゴは、使命を受けて魔王を倒すために旅を始める。それがこの小説の冒頭で、そこから物語がスタートとなった。


「……おおっ」


 コノの言う通りこの物語は凄く引き込む力があり、つい夢中になってその世界に入り込んでしまった。読み終えた後はしばらくその物語の余韻を浸ってからは、一巻のことについて感想を言い合った。


「遊びにきたぞー」

「ホノカ!」


 続きを読もうとするタイミングでホノカが遊びに来た。彼女はあまり本には興味ないらしいので、本の時間から談笑の時間にシフト。夕方までダラダラと雑談しつつ、時間を潰した。


「そこでギュララさんから貰ったのが、あの時の力がなんだ」

「なるほどな。あれはデスベアーの……どうりで強いわけだ」


 ホノカにはロストソードの使い手としての話をした。その中でも特に、戦いに関して興味津々に聞いてくれて、最初に出会った時のことも教えると、納得したように頷いた。


「でも……コノはちょっと心配になります」

「確かに、心臓が痛くなったり意識が朦朧としたりするからね」

「それだけじゃなくて、何だかお話に出てくる魔王に近い感じがしちゃって。暴走はしませんけど、強大な力を急に得たという事は一緒じゃないですか」


 そう言われてしまうと少し怖くなってくる。しかもロストソードは神の力でもあるし、無関係とはっきりと否定しきれなくて。


「なら、見合うように強くなればいいだけだろ。オレも協力するぞ」

「いいの?」

「ああ。お前の死にかけても戦った強さ、すげぇいいなって思ったんだ。その精神に力がつけばもっと多くの人を救えるだろ。だから、特訓に付き合う。儀式まで暇だしな」


 最後は軽い調子でそう付け足した。その提案はありがたいし、ホノカともっと仲良くなるチャンスでもあって、お願いすることにした。


「コノもヒカゲさんと一緒に強くなりたいです」

「……コノハがそんな事を言うなんて意外だな」

 驚いたのか一瞬リアクションが遅れた。コノには強い意志が瞳に宿っていて。

「じゃあ、明日の放課後からやるか」

「うん、コノ頑張るね!」


 そう約束をしてから外を見ると日が段々と落ちていており、時間ということでホノカは家に帰っていった。

 そしてまた二人きりとなって静寂が訪れる。微かに入り込む外の光に薄暗くなる部屋は、一日の終わりをひしひしと感じさせてきた。

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