第9話 花園は血を欲す
『カレギちゃんの痛烈な一撃ィ! ミズクちゃん救出に必死なムイちゃん、ここで
静まった花園に困惑したクロワの声が落ちる。背中と腹部からハナビラを零すムイが、ゆっくりと顔を上げてミズクを見つめた。
「大丈夫。ミズクを一人にしないからー……」
ツタを引き抜いたムイが振り返った。重傷を負いながらも檻を守るように佇むムイに恐れをなしたのか、カレギが後退してオトノへと近寄っていく。
ムイの両手に青い光輝が宿っていることに気が付いたヒノメは、邪魔にならないように慌ててオトノから離れていった。
光輝を帯びた両手を掲げ、ムイが朗々と声を上げる。
「〈百花繚乱・思い出抱く守護者たれ〉!」
ムイの籠手を起点に閃光と波動が弾け、巻き上がった砂塵がカレギたちを打ち据える。ムイの瞳がカレギを照準し、その右手が差し伸ばされたと同時にオトノがカレギを突き飛ばした。
よろめいたカレギの横で、オトノを包み込むように防壁が展開される。攻撃を予期したのかオトノが胸の前で両手を交差させ、防御の姿勢を取った。
「あなたに恨みはないけれど、ごめんなさい」
「このわたくしに謝る必要はありません。耐えてみせます!」
オトノに向けて突き出されたムイの籠手が超速で射出され、強烈な反動でムイの上体が揺らぐ。一直線に走った紺碧の閃光が、防壁を粉砕してオトノに直撃。砕け散る破片の幕を割って、籠手が銀色の甲冑を後方に吹き飛ばした。
オトノは交差している腕で籠手を防いでいた。ムイの百花繚乱を見舞われて耐え抜いたオトノの甲冑の頑丈さに、ヒノメは舌を巻く。
『何と! あの激烈なムイちゃんの百花繚乱を耐えたぁ⁉ オトノちゃんの白銀の甲冑を害すること敵わず……、いえ、オトノちゃんの様子がー⁉』
吹っ飛ばされる甲冑の繋ぎ目から、大量のハナビラが噴出。ハナビラに彩られて倒れた甲冑は力なく横たわり、紅のハナビラが白銀の表面に舞い落ちていた。
『甲冑は耐えられても、その中身が衝撃に耐えられなかったようです! 二
ハナビラに還元される甲冑を目の当たりにして、カレギが滑稽なほどうろたえる。
「オ、オオオオトノちゃんが、……まさか、そんな⁉」
ゆっくりとムイがカレギへと歩み寄る。迫りくるムイの長身を恐れるようにカレギがツタを放って迎撃するも、ムイの籠手から放射される光輝に次々と弾かれていった。
ゼンナが援護のために動こうとするが、長刀を振るうヒノメに機先を制され逃げるしかなかった。ゼンナを追いつつヒノメは背後に目線を配る。
恐怖のせいか、その場に釘付けになっているカレギへとムイが詰め寄る。ムイは左手でカレギの首を掴むと、その腕を高く掲げた。カレギは両足が地に着かない高さまで吊り上げられる。
「がッ! ちょっ……⁉」
「あんまり人に対して良くない感情を持ちたくないけれど、あなたのことは許せないの。これからひどいことをするから、先に謝っておきます。ごめんなさい」
ムイの左腕の籠手が眩い光を帯びる。その光に顔を染められながら、カレギが喚いた。
「ま、待てって! これ絶対怖いヤツだろ! 止め止め止め止めやめーッ……」
カレギの首を掴んだままムイの籠手が発射され、カレギの語尾が急速に遠ざかった。爆速で遥か上空まで飛んだ籠手とカレギを観客たちが見上げる。
ムイが掲げていた左手を握った瞬間、籠手が閃光を放って爆発した。爆光に混じってカレギだったハナビラが舞い、あっという間に風に吹き散らされていく。爆風に飛ばされた籠手は回転しながら地に突き立ち、ムイは籠手をはめ直した。
『続けざまにカレギちゃんが
檻を形作っていたツタが崩壊し、囚われていたミズクが自由を取り戻す。ミズクはムイに走り寄ってその裾を掴み、ムイがミズクの背中に手を当てた。
『一転して優勢になったヒノメ班。一人残ったゼンナちゃんへと、ヒノメちゃんの長刀が迫る!』
この好機にゼンナも仕留めたく、ヒノメが躍起になってゼンナを追い立てる。接近戦が苦手なゼンナは反撃もできず、切っ先から逃げ惑っているだけだ。
「ここであんたも終わりよ!」
「舐めんじゃねー。〈百花繚乱・我が身触れるは爆炎の餌食〉!」
ゼンナの外套が巨大化し、地表を覆い隠す。後方に跳躍して退避したヒノメの目前でゼンナが外套を一振り。外套が元の大きさに戻ったとき、地上には無数の種子が配置されていた。
「食らいな、絨毯爆撃!」
脱兎の如く逃げるゼンナが言い放つと種子が一斉に発射される。空を埋め尽くすほどの種子を目にし、ヒノメがムイの元へ逃げ帰った。
ムイは大量の種子を見ても臆することなく、ミズクを後ろに庇って立つ。
「安心して。必ず守るから」
「私も守ってー!」
ムイが展開した防壁にヒノメが滑り込む。その直後、種子の爆撃が地表を覆った。
『ゼンナちゃんの百花繚乱が返礼とばかりにヒノメ班を強襲! 連続して着弾する種子が爆炎で大地を埋め尽くしていく! ムイちゃんの防壁も炎に飲み込まれ、花園の一部は十数秒間だけ揺れ動く紅蓮の色に包まれたァー!』
クロワの声の余韻が消えたとき、花園での爆撃も止んでいた。吹き荒ぶ突風に黒煙が払われると、焼け焦げて黒くなった地面に小さい無事な円が残っている。
「ムイぴょん……」
「必ず、守るから……」
防壁が破壊されても、ムイはミズクに覆い被さって爆炎を自身の肉体で防いでいた。背中が焼け焦げた激痛に耐えつつ、ムイは笑顔を浮かべてミズクを安心させようとする。
「あの、私はすっごく痛いかもなんだけど」
二人から離れた場所に横たわるヒノメが掠れた声を上げる。ヒノメのことは全然気にしていない様子のムイが、下にいるミズクへと言葉を落とした。
「でも、ごめんなさい。わたしはここまでみたい」
「ダメです、ムイぴょん。ミズはムイぴょんがいないと……」
「ごめんなさい」
ムイの四肢が末端からハナビラと化して消えていく。仰向けになったミズクの前で、笑みを作っていたムイの顔がハナビラとなって舞い散っていった。
『あぁーッ! 肉体の限界を迎えたムイちゃんが戦線離脱! 最初の脱落者は、オトノちゃんとカレギちゃんを
無慈悲にも聞こえるクロワの実況が響くなか、ミズクが立ち上がった。迷うことなくカレギ班の陣地へと歩き出すミズクをヒノメが呼び止める。
「ミズクちゃん。私も行くから、立つのを手伝ってくれる?」
「それは無理です。ヒノメの左足と右腕は消し飛んで、頭部以外は炭化しています」
「うそ⁉ そんなひどいことになってんの? やだやだ、聞きたくなかったあ!」
ほとんど四肢が使えない状態になり、ヒノメは息があっても素体が力尽きるのを待つしかない身だった。ヒノメの戦闘継続は無理であり、まともに動けるのはミズクのみのようだ。
「せっかくムイちゃんが絶好の機会を作ってくれたのに、こんなときに役に立てないなんて! ごめんねえ、ミズクちゃん。ここまで来たのに、もう無理だよ」
「諦めるのは早いです」
ミズクが
「カレギ班はいつも真正面から攻め込んできていました。ミズたちを見くびっている証拠です。その油断を利用すれば逆転できる可能性はあります」
「ほ、ほんと? どう、やって……?」
限界が近くなったのか、息苦しさを覚えつつヒノメは問いかけた。その質問には答えず、ミズクは遠くに位置するカレギ班を透かし見るように遠い目をする。
「ミズはムイぴょんに頼り過ぎていました。いつでもムイぴょんに守ってもらえると思って、甘えていたです。ですが、守られているだけではダメなのです」
胸中を吐露することなど滅多に無いミズクが、自身に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「ムイぴょんが頑張ってくれた気持ちを無駄にはできないです。今度はミズが
ヒノメの返事も待たずにミズクは駆け出していった。一人残されたヒノメは、ともすれば暗くなりそうな意識を保つために映像花に瞳を向ける。
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