第7話 堕落のはじまり

 彼女がメンズエステからいなくなり、2週間ほどが経つ頃。初めて彼女と会ってから、まだ半年の頃。

 再びこはくさんを失った私は、彼女の影を追う亡者と成り果てた。

 何をしたか。

 メンエスに行ったのである。


 2度も、心の準備なしに彼女を失った私は、気がつけば「こはくさんに会いたいな」と口に出すほどの病みようだった。

 そんな私が彼女の影を追うのは、いったいどういう心理だったのか。今となっては明文化しづらいのだが、その心理は「メンエスのサービスを受けたい」というものではなく、「こはくさんとのことや、彼女との日々について誰かに話したい」というものだったと思う。

 コンカフェに通ったこと。そこの推しを追ってメンズエステに通ったこと。こんなこと、親しい友人にも、親にも、会社の人間にも、誰にも言えるわけがなかった。私はそういう人間としては生きてこなかったし、こんなにみっともなく汚れた現状を見知った誰かに吐露する勇気などもなかった。

 メンエス嬢にならば、言える。そう思ったのだ。


 ある週末の仕事帰り、私は職場の駐車場でスマホを弄り、深夜にもやっているメンズエステ店を探した。それは簡単に見つかった。だが、躊躇のあまり実際に予約を入れるまでには2時間ほどかかった。それは勇気の要る行動だった。自分の倫理観を破壊する勇気だった。

 フリーで予約を入れた私を迎えたのは、若く、しかし子持ちだという、異国の風貌を持つ女性だった。

 私は予定通り、こはくさんのことを話した。コンカフェで出会った女性が、メンエス嬢になり、そして今はもう会えない、と。

 そのメンエス嬢は同情するような相槌を打って、彼女自身の身の上話もした。

 最後に彼女は「触って良い?」と聞いた。それまでも散々マッサージを受けていた私は何のことだか分からず、深く考えないで当たり前に「はい」と言った。すると彼女は私の股間を握った。

 衝撃だった。いや、あると知ってはいた。しかしこはくさんとの間にはそんなことは無かったのだし、普通は無いものだと思っていた。そもそも、私の主観ではそんな雰囲気ではなかった。

「こんなことしてくれるんですか?」

 情けなく私は尋ねた。メンエス嬢は「良いよー」と答えた。

 かくして、私はこはくさん以外のメンエスに行き、その初回で所謂「抜き」に出会った。

 女性経験の無い私である。当たり前に、こんなことは初めてだった。


 帰り道、私は自分が闇落ちしたことを感じた。

「世の中、案外簡単なものなんだな」

 女性と、男女として関わることをしてこなかった私にとって、思いもよらず舞い降りたエロは劇薬だった。

 これが無ければ、この一回だけで終わっていたのだろうか。

 これ以降私は2ヶ月ほどに渡り、隔週でメンズエステにフリーで通うようになった。

 こはくさんとのことを話したい、という思いはあった。事実、毎回初めて会うメンエス嬢にその話をした。

 しかし、初回にあった抜きというものを期待していなかったと言えば嘘になる。

 数えられるほどの人数ではあるが、様々なメンエス嬢に出会った。

 優しい嬢。冷たい嬢。歳のいった太った嬢。

 こういった場所に通う男は女性には基本的にキモがられるものだと思っていた私にとって、嬉しかったこともある。

 たとえば清楚系の嬢が、いわゆる童貞を殺すセーターを下着無しに着て胸が丸見えになってしまった際、それを私が直視できず指摘すると「お兄さんは良い人そうだし」と言ってくれたこと。今思えばそういう牽制だったのかも知れないが、メンエスなどに通う自分をそれでも肯定してくれたようで嬉しかったものである。

 他には、施術中に長い時間ハグをさせてくれた嬢。彼女は今後も少しだけ出てくるので、「ハルカ」さんとでもしておこうか。

 とりあえず……こうして、私はメンエス通いのキモ男となったのである。


 次回、悲しみ

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