第6話 傷心の彼女
こはくさんが勤めていたメンズエステは、一回の施術料が二万円強である。そして彼女が勤めていたのは週二回。うち、私が物理的に通えるのは週一回だった。
毎週行くと八万円にもなるが、こはくさんと話せるのならば許容できる出費だろう、と考えもしていた。
さて、こはくさんのいるメンズエステに通って2度目。この頃はまだチェキフィルムを入手できておらず、そのことを詫びながら前回と同じく施術を受けた。
相も変わらず私は「ごめん」を連発したが、他の会話をする余裕も少しではあるが生まれつつあった。
たとえば、彼女の恋愛遍歴など。高校の頃に片想いだった男子について、また、それとは別の男性と初めてをしたという話。その男のことは好きではなかったと言うが、果たしてそれが本当なのか、女性特有の別れた男のことは嫌いになる、という類のものによる発言なのかは分からない。
こういった話の中で、彼女は自身の苗字を教えてくれた。
また、他のコンカフェ時代の客にはメンズエステで働いていることを伝えていないだとか、私の他には固定客は1人しかいない、だとか。何が本当で、何が私を喜ばせるための嘘なのか分かりはしなかったが、彼女はそのようなことを言って私の気持ちをくすぐった。
私はメンズエステの決まり通り…いや、そうでなくてもとても出来ることではなかったが、最後まで彼女の身体には触れなかった。だが一度だけお願いして、手を触らせてもらったことがある。
冷たくて、指の細い、長身の割には華奢な手だった。だが、長身に見合うほどには大きな手で、低身長男性の私と、大きさそのものは大差なかった。
私は彼女の手を握り、両手で愛でるようにした。吉良吉影にでもなった気分だった。
3度目、私はチェキフィルムを入手し、彼女のチェキを撮った。ツーショットを撮るのは、2人しかいない空間では難しかったため、私が彼女のソロ写真を2枚撮った。
持ち帰って、落書きをしてくれるのだと言うので、私はそれに従った。この時、彼女は友達と喧嘩をしてとても病んでいるとのことだった。
死にたいだとか、そんなことをよく言った。その上で、過剰に振る舞ってくれてもいた。
加えて、こはくさんは「風俗で働こうかな」とも言った。私はそれには同意できず、ただ「そっか…」と言葉を濁らせた。彼女は「嬉しくないの?」というようなことを言った。私はそれにも「まあ…」というように濁らせた返事をした。
好きな子が風俗に行くのが、嬉しいわけがなかった。好きな子と風俗で繋がるなど、あまりにも嫌だった。
彼女は風俗に行きたい理由を、「フェ◯が上手くなるだろうし」だとか「検査できるから安全だし」だとか言っていた。これが私を扇情するための言葉なのか、傷心の彼女から出る投げやりな言葉なのか、(同性の友人ということにして私には伏せている、喧嘩をしている最中の)男との関係を取り持つためのものなのかは分からなかった。
あまりにも余談ではあるが、この時、こはくさんは私の乳首を弄ったのだが、私はたったその一回で、乳首を開発されてしまった。彼女との間にそれ以上にエロい接触はなかったが、好きな女性からの行為は私の性感帯すらをも変えた。
そして4度目。彼女は以前よりも更に傷心していた。私は最初、いつも通り施術を受けていたが、すぐに心の糸が切れたのか、彼女はうつ伏せになった私に覆い被さるようにしてうずくまり、施術をすることができなくなった。
彼女は「メンエス嬢なのに、ごめん」と言った。たぶん泣いていた。
私は「良いよ」と言うしか出来なかった。
深刻な内容を書いておいて、唐突にこんなことを書くのは不謹慎だが、メンズエステに通う中で、私は一度だけ、下着姿の中に、ちらりと彼女の乳首を見てしまったことがある。
申し訳ない気持ちでいっぱいだった。好きな女の子のそういった部位を、このような形で見てしまったことがあまりにも罪深く感じた。情けなくも感じた。
彼女が働き始めてから、メンズエステというものについて私もいろいろと調べていた。もっとスケベなことをしているメンエスが多いということも知っていた。
だが、私と彼女とのメンズエステは、そういったものに比べれば最後まで至って健全なものだった。
最後まで。
そう。こはくさんのメンズエステ勤務は、そこで終わる。コンカフェのように彼女が飛んだのではない。お店が潰れたのである。
何があったのかは分からない。ただ、いろいろといいかげんな店であることは分かっていた。こはくさん自身も「やばい店」だと言っていたし、私自身も、予約をする際に店側の滅茶苦茶な対応を経験していた。潰れたことを彼女は知らされていようだった。
こうして、2ヶ月足らずのうちにこはくさんはメンエス嬢ではなくなった。
メンエスが潰れた後、私は彼女と会う機会を失った。傷心の彼女の続報を聞くことすら叶わなくなった。
DMは何度かやり取りしたが、反応が鈍い。
私は、彼女との関係が続くことを半ば諦めていた。だが、最後に、チェキは欲しかった。
「どこかで待ち合わせて、すれ違うぐらいで良いので、その時にチェキをもらえませんか?」と、私はとてもキモい要求をした。しかし彼女はそれに対してはっきりとは答えなかった。
私は、病んだ。
ここから、私の転落が始まる。
次回、堕落。
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