3章 手向けの魔法
16話 一通の手紙
その手紙が届いたのは冬が過ぎ、雪解けも迎え新芽が顔を出しはじめた初春の頃だった。
ウェナが朝から興奮気味に「魔女様魔女様魔女様!」とばたばた走ってくるので、こりゃ何かあったな、とデスはのっそり体を起こした。
「魔~女っ様!」
ばん、と掲げたウェナの両手には長方形の白い紙が収まっている。真ん中には封蝋がなされており、誰がどう見ても封筒だった。
「……封筒じゃんか!?」
デスは一拍遅れて事の次第を把握した。魔力満ちる森の中、郵便物が届けられるわけもない。そもそも住所などない。出来るとしたら……
「花屋か」
「だと思います!」
しかしそうすると、花屋は夜にわざわざ暗い森を歩いて手紙だけ投函して帰っていったことになる。
「うーん、意味がわからんがあいつは意味わからんことするからな」
「うわぁ、封筒だ……ほんとにあるんだ……」
ウェナは感動にうち震えている。これしきで感動させてしまうことに、ちょっと罪悪感を覚えるデスであった。「とりあえず開けてみれば」と言うと、ウェナは宝物でも扱うように丁寧に封を開けていった。
中には半分に折られた手紙が一枚あるだけだった。
ウェナは手紙を開くと、キョトンと首を傾げる。
「お花屋さんじゃない……?」
おや、とデスは手紙を覗きこんだ。
[命の魔女デス様へ
突然のお手紙失礼いたします。私は、ベンフリンはカラブの果て、シンジュソウの丘に住むルベンと申します。
あなたの魔法を風の噂で聞き、一つお頼みごとをしたく思い、こうして手紙を書いております。
頼みというのは他でもありません。私に魔法をかけてほしいのです。老い先短いこの命、どれほどのことができるかわかりませんが、どうかお願いします。
本来ならばこちらから出向くべきところですが、もう歳で体も弱く、長旅に耐えることができません。この手紙はあなたの所在を知るという、親切な花売りの方に預けています。
もしも私の願いを聞いてくださるのであれば、どうかシンジュソウの丘までおいでください。雪が解け、そろそろシンジュソウが開花を迎えます。白く光る波の中で、あなたをお待ちしております。
ルベン・フォーサード]
マズイな、とデスは思った。そして予想通り、いや予想よりずっと早く、ウェナは飛び上がった。
「行きましょう!」
「言うと思ったよ」
子どもの好奇心は止められないのである。
「だってだって魔女様! おでかけできますよ!」
「そっちが主目的じゃねーか。いやそうだと思ったけど」
普段は森で暮らすウェナだが、外で遊びたいという欲求は人一倍持っている。望んで引きこもっているデスとは根本的な性格が違うのだ。しかしウェナはデスとの契約のせいで、一日以上ひとりで外へ出ていることはできない。
だからこうして隙あらばデスを外へ誘う。
「行くったってなぁ……こいつ、私の魔法目的だろ? この前のおっさんみたいに面倒なこと頼まれんのはゴメンなんだが」
「う……」
以前のホメロスの一件が尾を引いているらしく、ウェナはしゅんと肩を落とす。
「そうですね……すみません」
「あ、いや……」
デスの嫌いなもの。二位は外出、一位はウェナを悲しませることである。
「い、行こう行こう! だぁ~いじょうぶ、面倒なことんなっても私が何とかしてやるさ! 誰も死なせないからさ! な!?」
ウェナはパッと顔を上げた。
「本当ですか!」
あー、メンドくさいよ~。
デスは決まってしまった外出予定に若干後悔しながら、ウェナの輝くような笑顔を見て、まぁいいかとウェナの鼻先をぷにぷに摘まんだ。
ウェナはもう一度手紙に目を落とし「えっと」と文字を指でなぞる。
「この人……たぶん、おじいさんかおばあさんですよね。住んでるところはベルフリン……ベルフリンてどこですか?」
「こっからだいぶ北の国だ。春先っつってもまだ寒いぞ。で、たしかカラブはベルフリンの西端。その果てっつーから……まぁまぁな長旅んなるな。めんで~~~」
「じゃあ、厚着しなきゃですね! あとえっと、着替えと、本と……」
本当は魔法でひとっ飛びだし、デス的にはそっちの方が手早くて良いのだが、ウッキウキで荷造りを始めてしまったウェナの前では言い出すことができなかった。
諦めて、デスも遥か昔に使ったきりの鞄を探すために物置へと向かう。
まぁ、たまには旅行も悪かないか。
そんなことを思いながら。
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