17話 降り立って、カラブ
「しかし私もずいぶん有名にされちまったもんだ。あのクソガキ、次会ったらゼッテーにシバき倒す」
「ウェナはちょっと嬉しいです。だって、魔女様がすごい人だって、みんなが知ってくれるんですから」
「その結果があのおっさんだぜ?」
「む……たしかに、ああいう人たちには知られてほしくないですけど……」
「ま、何事も良し悪しってのは表裏一体だよな。着いたぜ、ウェナ。降りよう」
デスとウェナは駅のホームに降り立った。「わぁ」とウェナが白い息を吐いてあたりを見回す。ダッフルコートの重い裾をゆさゆさ振りながら右へ左へ、興味津々に走り回る。
「寒ーい!」
「もうちょい落ち着け。ケガすんぞ」
ウェナを捕まえ、ほどけたマフラーを巻き直してよしと立ち上がる。
片田舎の終着駅には、しかしそれなりに人の姿があった。コートや外套を羽織った人々が次々に列車を降り、駅舎の向こうへ見える広い農道へと歩いていく。デスたちも人の流れに乗ってサクサクとまだ冷たい土を踏んだ。
デスはつば付きのニット帽をくいと上げ、ピンと張った青空を見上げる。
「ベルフリン最西端の町カラブ……田舎だな。でも思ったより人いるじゃん。何でこんなとこに来るんだか」
「それは、ここが服飾の町だからですよ」
通りすがりの青年が足を止めた。茶色い巻き毛が目立つ年若い男だった。
「へぇ、そりゃどーも。服が有名なのか?」
「カラブの寒冷で乾燥した季候が良い糸の基になるんです。だから質の良い素材を求めて腕の良い職人がこぞって集まり、自然と服の町になっていきました。ちなみに、ウチでも季節の服を扱っているんですが、いかがですか」
青年は自分の後ろの店を示した。ウインドウ越しに色とりどりの服が吊るされているのが見える。
「商売上手だな」デスは嘆息した。「でも悪いけど、私らはちと別の用事でね。あんた、この辺に詳しそうだけど、シンジュソウの丘って知ってる?」
デスが言うと、「残念です」と彼はわざとらしく肩を落とし、「でも」と続ける。
「シンジュソウを見に来るとはお目が高い。シンジュソウの丘はここから北にまっすぐ行った海辺にあります。今はちょうど開花時期だから、行けばすぐわかるでしょう。真っ白な花がわっと咲いてて、すごく綺麗ですよ」
「ありがとさん。ウェナ、行こうか」
「はい、魔女様!」
「あ、お待ちを」
青年に呼び止められ、振り返る。
「シンジュソウに合うおすすめのコーデもありますよ」
笑顔でしれっと告げる。デスは思わず笑い声を上げた。
「商魂たくましいな、お前。わかったわかった、帰りに買ってやるから」
「お待ちしております」
必要以上には食い下がらない。押し引きを弁えたヤツだ、とデスは内々感心する。これは本当に買ってやってもいいかもしれない。
北に向かおうとすると、「あ、それと」と青年がまた呼び止める。
「まだ何か?」
ちょっと面倒くさくなりながらデスは返す。せっかく感心していたのに。
「いえ、大したことではありません。もしかすると、一人おじいさんがいるかもしれませんが、気にしないであげてください。ルベンさんと言って、シンジュソウの丘にずっと住んでいるんです」
「……へぇ」
デスとウェナは青年に礼を言うと、教えてもらった道をまっすぐ歩いていった。商業地から離れ、北に行くほど人の数は少なくなる。それも気にせず、北へ、北へ。
やがて波音と、潮の匂いが漂ってきた。
「あれだ」
水平線を覆うように広がった、連なる二つの丘陵。それを埋め尽くすかのように揺れる白い波。波の一つ一つは、潮風に揺れる花でできていた。
「……宝石みたい」
ウェナは呟いた。太陽の光を反射する水平線。その光をちらちらと弾く白い花々。打ち寄せる波とともに大地で揺れる白い波。それは大きな流れとなって、音もなく丘に打ち寄せては引いていく。
ウェナは背中のリュックを背負い直すと、歩調を早めた。デスは離れすぎない程度の速度でそれについていく。
少しずつ道が傾斜してくる。丘を登る道は周囲をぐるりと囲うように渦を巻いていた。海辺へせりだしたところを歩いていると、波頭が岩壁に弾ける音が絶えず聞こえる。瑠璃色の水平線にウェナは胸を膨らませ、嵐の日は通れないなとデスは鼻を掻いた。
やがて緑が足元を覆う。白い波に足を踏み入れる。
シンジュソウの丘は満開だった。
ウェナは息を呑んで、ただその光景を見ていた。真珠のように輝く花弁の風が見渡す限りにあった。北風は震えるほど寒いのに、なぜかこの場所だけはふわりと暖かに感じた。
「魔女様、どうしよう。歩けない」
足の踏み場もないほど密に生えたシンジュソウ。踏み出せば、必ずどれかは潰してしまう。
「大丈夫。シンジュソウは強い花だから、少しくらい踏んでもへこたれない」
二人は顔を上げた。丘の上に老人が一人、立っていた。腰は曲がり、杖をついて髪はなく、髭はシンジュソウのように白く垂れている。老体を守る厚手のローブから手を出し、彼は二人を手招いた。
「ご足労いただき感謝します。命の魔女様」
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