〇車を走らせて、オレは伊豆半島を駆け上がった。


 車を走らせて、オレは伊豆半島を駆け上がった。そして三島を通り過ぎ、沼津をこえて日本平までやってきた。

「日が暮れそうだな。」とオレはフロントガラスから正面に見える夕焼けを見ながら言う。

「泊まるの?クロスロード・ホテルに。」と田中美千代は言った。

「それも一興。」とオレは答える。

「この辺が三保の松原じゃない。」と彼女は言った。

「そうかもな。」とオレは砂浜の周りを車でゆっくり進む。横では風力発電の白い風車が、いくつか回っている。

「あそこで聞いてみる?」と彼女が言ったのは魚などを売っているお土産屋さんだった。

「もう閉まってるんじゃないのか。」とオレはその前を通り過ぎながら言った。

「人も車もあまりいないね。」と彼女は言った。

「季節外れなのかもしれない。」とオレは答える。

「ほら、あそこ。松がたくさん。」と美千代は言う。

「ああ、降りてみるか。」とオレは砂浜の近くに車を置く。

「やっぱりここだね、三保の松原。」彼女は目ざとく標識を見つけて言った。

「なるほど。」とオレは言って、松のある砂浜を歩く。

「あの松が有名なやつ?」と美千代は夕焼けの砂浜で言った。

「ああ、多分。」とオレも目の前にある大きな松を見る。ひときわ目立っている。

「立派ね。」と美千代は言う。

「そうだな。」松と太平洋と夕焼け。不釣り合いながら、確かに素晴らしい眺めでもある。

「この松に、天の羽衣が引っ掛かったんだね。」とさっきの説明書きで勉強したのか、美千代が言った。

「天の羽衣か。」見た目にもその松は、確かに美女の衣が引っ掛かるにはちょうどよさげだ。

「その後、天女さんはどうなったのかな。」と美千代は松を見上げながら聞く。

「さあな、天に帰れなくて困っただろうに。」とオレは昔話を思い出そうとするが、思い出せない。

「誰かが助けてくれるんだよ、きっと。」と美千代は楽しげに言う。

「そうだな。」とオレは曖昧に返事をする。

「多分天に帰れたんだね。」と美千代は元気よく叫ぶ。

「さぁ、たしか男は天女を帰さないために、服を隠したんじゃなかったか。」とオレは少し思い出して言う。

「そうなの?そんなの意地悪だね。」と美千代は海に向かって言った。

「それだけ女のことが好きだったんだろ。」とオレは男の気持ちを代弁したが、彼女はもう聞いていなかった。


 オレたちは三保の松原にあるクロスロード・ホテルに向かった。それは案外すぐに見つかった。そのあたりにはあまりホテルがなかったからだ。

「今度こそ、ナナとDさんはいるかな。」と助手席で田中美千代が言う。

「わからん。」とオレは答えた。実際、手紙が出されてからだいぶ経っている。

「ホテルにずっといるとしたら、結構お金もかかるよね。」と美千代も言った。

「ああ、オレなら隠れ家を見つけるがな。」と暗くなった道を進みながらオレは答える。

「隠れ家か。」と美千代は言って、ホテルの駐車場を見つけた。

「よし、ここに止めて歩こう。」オレは車を停車して、外に出る。

「気持ちいい。」夜の海風は、悪くない、

「ああ。」オレと美千代はホテルまで歩いた。ロビーには人気はなかった。平日なので人も少なそうだ。これならすぐにDたちがいるかわかりそうだった。

「すみません、ちょっと聞きたいことがあって。」と美千代がホテルの女性に聞いた。

「ご宿泊ですか?」と女性は言う。

「あ、ああ、そうですね。」とオレはとっさに言った。女性が少し警戒しているのが分かったのだ。

「そうね。」と美千代もそれを察して答えた。どちらにしてもどこかに泊まる必要があったし、泊まっていれば情報を引きだすこともできる。

「では二人部屋を。」とオレは言って、チェックインをした。ホテルの感じは下田のホテルとほとんど一緒だ。さすがに姉妹ホテルというだけある。大した荷物もないので、オレたちはそのまま自分たちで三階まで上がった。ホテル自体は五階建てで、一階はフロントとロビーにレストラン。二階に大浴場とプールがあった。

「あまり人がいないみたいだけど、儲かるのかな。」と美千代が声をひそめた。

「さぁ。」としかオレには答えようがない。

「Dさんたち、いないかもね。」と雰囲気を見て美千代が言った。

「それは、わからん。」とオレは言って、部屋に入った。部屋はごく普通の作りで、ツインベッドにユニットバス、小さなテーブルと冷蔵庫にテレビが置いてある。

「さすがに疲れたね。」と美千代はベッドに腰をかけて言う。

「ふぅ。」とオレも思わずため息をつく。それなりの距離をドライブしてきたのだ。

「セックスする?」と美千代が聞いたが、その時にオレはすでに横になって目を閉じていた。


「おはよう。」と言ったのは、すでに化粧をしている田中美千代だった。

「ああ。」オレは目覚めて答える。カーテンからは光が差し込んでいる。

「さっきフロントから電話があって、朝食は9時半までだって。」と彼女は言う。すでに9時前だ。

「わかった。」とオレは答えてから、軽くシャワーを浴びた。

「どう、すっきりした?」出ると美千代は聞いてきた。

「ああ。」とオレは答えて、着替える。

「昨日はすぐに寝ちゃったね。」と美千代は言った。

「疲れてたんだ。」とオレは言い訳するように言った。それから彼女にキスをする。

「うん、よく運転したしね。」とフォローするように美千代は言う。

「よし飯を食ったらDたちを探そう。」とオレは言って、部屋を出た。

「それなりにお客さんもいるね。」とレストランに入ると、美千代が言った。

「そうだな。」と答えるオレたちの前には四組くらいの客が座っていた。

「Dさんやナナはいないのかな。」とあたりを見わたしながら彼女が言う。すると案内が来て、オレたちは席に着いた。食事を終えると、オレたちはフロントに行く。そこには昨夜とは違う年配の女性がいた。

「すみません、ちょっとお尋ねしたいのですが。」とオレは言う。

「はい、どのようなご用でしょう。」と落ち着いた感じで女性が答える。

「人を探してまして。行方不明になった友人で。」とオレが本当のことを言うと、相手は少し興味を持ったような顔をした。

「行方不明、と言いますと。」と女性は聞いてきた。

「一人はこんな女の子なんです。カップルで、もしかしたらもう一人いるかも。」と言って美千代が携帯でナナの写真を見せた。

「はぁ。」と言いながら、女性は目を細めて写真をよく見る。

「どうですか。」と少しせかすように美千代が言う。

「ああ、知ってます。数日前まで泊まられていましたよ。」とあっけらかんと女性は言った。

「え、本当ですか。」とオレと美千代は顔を見合わせた。

「ええ。とても仲がいいご夫婦で。」と女性は言った。

「夫婦。その旦那はどんな感じでしたか。」とオレは尋ねた。

「とても感じのいい。よくスーツを着てました。ご長期滞在で。奥様は感じがよく、きれいな方でしたね。行方不明、なんですか。」と女性は聞いてもないことまでべらべらと喋った。

「ええ。探してまして。どこに行ったか、わかりませんか?」と美千代が聞いた。

「たしか沼津の漁港に寄るようなことを言ってたような。」と相手は答えた。

「沼津?」とオレは再び美千代と視線を交わした。

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