●「よく意味がわかりません。」とオレは言った。


 赤い服の女は、カウンターでタバコを吹かした。

「よく意味がわかりません。」とオレは言った。

「でしょうね。」と相手は言う。

「あなたの依頼は、Dからの要請だった?」とオレは尋ねた。

「そう。」と言葉少なく赤い服の女はうなずく。

「Dとあなたは連絡を取り合っているのですか、今も。」とオレはさらに追及する。

「今、って言葉が当てはまるか。」と彼女は言葉を濁す。

「今でなければ、過去ということでしょうか。」とオレは疑問に頭を支配されながら聞いた。

「過去でなければ未来?」と相手は煙に巻くように答える。

「冗談はよしてもらいましょう。」とオレは言った。

「そうね、Dさんとは連絡を取り合っていた。」と彼女は答えた。

「どういうことです。なぜ、あなたが。」とオレは言いかけて、途中で止めた。彼女が立ち上がったからだ。

「それ以上は言えない。やはり兄に聞いてください。」と妹である彼女は言った。

「彼が教えてくれるならすでに。」とオレは言ったが、彼女は会計をすませて出て行こうとしている。

「とにかく、Dさんはあなたに依頼するように言ってきたのです。それだけしか私には言えません。」と彼女は言った。

「依頼は××さんからでなく、Dからだったわけですか。寧々さんに裁判に出るよう説得するというのは。」と出ていく相手に向かって、オレは吠えるように叫んだ。

「どちらにしても、Dさんは悪い人じゃないと思う。」と彼女は振り向いて言った。

「そんなことはあなたに言われてなくても。」とオレは言ったが、赤い服の女はすでに店のドアを開けていた。

「Dさんは無事よ。」と去り際に彼女は言った。

「Dが無事って、あなたは居場所を知っているのですか。」とオレは階段まで彼女を追った。

「居場所は知らない。これ以上は本当に言えないの。」と赤い服の女はタクシーに乗り込みながら言った。

「わかりました。」とオレはドアを閉める彼女に向かって頭を下げた。

「ごめんね。」と窓を開けて、彼女は言った。

「はい。」と言いつつ、オレは思わず窓際の彼女にキスをしたかった。Dは無事なのだ。

「じゃあね。」と彼女は言って、すぐタクシーは出発してしまった。

「さよなら。」とオレはつぶやいたが、心は遠くを見ていた。


 オレは再び病院に赴く。寧々なら何かを知っているかもしれない。ベッドにいる彼女の顔色はだいぶよくなっていた。

「調子よさそうで。」とオレは言った。

「こんにちは。そろそろ来る頃だと思ったわ。」と彼女は窓から目も離さずに言った。

「ええ。」とオレは答えて、椅子に座った。

「きれいな空。」と彼女は言った。

「なるほど。」とオレは窓から見える夕焼けを見た。

「でもここにいすぎると、生きてる気がしない。」と弱々しげな表情で寧々は言う。

「ええ。」とオレはうなずく。

「わかるかしら、そんな気持ち。」彼女はため息をつく。

「色々と知りたいことがありまして。」とオレは言った。

「ええ。」と今度は寧々が目をつむる。

「あのですね。」と言って、オレは彼女との間合いを計る。

「何を知りたいの?」と寧々はオレを見て言った。

「新井ナナのこと。」とオレは言う。

「ああ。」と寧々はうなずく。

「妹さんですよね。」とオレは聞く。

「そう、妹よ。かけがえのない。」と彼女は誇張して言った。

「ナナさんはわたしも知り合いでした。」とオレは言葉を選びながら言った。

「そうなの?」と彼女はオレを見もしない。

「親友が、ナナさんと姿をくらませた。」とオレは言った。

「ああ、Dさんね。」と寧々は言った。

「知っていますか、Dのことを。」とオレは聞いた。

「直接は知らない。でも妹から聞いた。」と寧々は言った。

「そうですか。で、ナナさんは何て言っているのですか?」とオレは尋ねる。

「そうね。」と言って、寧々はもう一度窓の外を見た。

「もちろん嫌なら無理に話せとは言いませんが。」とオレは引いてみせる。

「ええ。」と彼女は答えて、一つ咳をした。


 しばらく沈黙が続いて、オレは口を開いた。

「××さんの依頼、あなたを裁判に出るように説得する仕事は、Dからのものだったとか。」とオレは言った。

「ええ、そうらしいわね。」と寧々は答えた。

「しかしあなたが裁判に出るというのは、つまり××さんのため。なぜDがそんな依頼をしたのです。」とオレは畳み掛けるように言った。

「さぁ、もしかすると。」と寧々は何かを言いかけた。

「もしかすると?」とオレは突っ込んで尋ねる。

「もしかすると、Dさんが依頼したのは、××のためではないのかも。」と彼女は言った。

「どういう意味です?」とオレは聞く。

「分からないわ。ただ、そう思ったの。」と彼女はお茶を濁す。

「××のためでないのなら、誰のため?」とオレは尋ねてハッとした。

「あなたのためよ。」と寧々は言った。

「わ、わたしのために、依頼を?」とオレは手で顔を覆った。

「おそらくね。」と寧々は答える。

「ありえますね。仕事に困っていたオレのために依頼するというのは、Dらしい。でも報酬は。」とオレは言った。

「お金はどこからでも引っ張ってこれる。」と彼女は笑った。

「××さんですか?」とオレは聞く。

「ええ。それに企業からだってね。」と彼女は言った。

「でも裁判にあなたが出たとして、得をするのは××であって、企業ではないでしょう。」とオレは正論を言った。

「誰が得をして誰が損をするのか。世の中は巡り巡っているのよ。」と企業戦士の顔になって彼女が言った。

「敵対企業からですか。」とオレは聞く。

「ま、Dさんがどこまで絡んでいるのかは分からないけど、少なくとも。」と寧々は手を上げた。

「少なくとも?」とオレはその手を見る。白い手だった。

「仕事にありつけたあなたは、ラッキーだった。」と彼女は、その手をオレの顔の前にかざした。

「たしかにそうですが。」とオレはまだ腑に落ちない。

「来月、裁判に出ることが決まったわ。」と彼女は言った。

「そうですか、今度は襲われないように気をつけてください。」とオレは言う。

「ま、あなたがいなくても大丈夫なようにしておくわ。あたしがいなくて喜ぶ人も多いでしょうから。」と彼女はそう言ってのけ、白い手のひらをくるくる回した。


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