●中野のバーに戻ると、そこにいたのは××だった。


 中野のバーに戻ると、そこにいたのは××だった。

「こんにちは。」とオレは後ろから声をかける。

「ああ、待ってましたよ。」カウンターで××が振り返った。

「ええ。」とオレは言葉少なめに言った。はたしてこの男が、ナナとDを連れ去ったのか。

「どうですか、調子は。」と彼はカクテルを持ちながら言った。

「まぁ、よくもわるくもない。」とオレは曖昧に答えて、彼の横に腰をかけた。

「どうやら、寧々の父親が来たようですね。」と彼は言った。横でバーテンが肩をすくめる。

「聞きましたか。」とオレは言って、バーテンにジントニックを注文する。

「ええ。」と彼は言った。

「なるほど。」とオレは答える。しかし奴は、寧々のことでオレに会いに来たのだろうか。それとも。

「どうも乱暴な人ですから。」と××はオレを気遣った。いや、気遣うフリをした。

「ええ、大変でしたよ。」とオレは苦笑してみせる。

「僕のことは、よく言ってなかったでしょう。」と彼は言った。

「そうですね。はっきり言って。」とオレは正直に言った。本人が認めているのだ。

「どうも評価されてないみたいで。」と自虐的に彼は言う。

「寧々さんと、妹さんの奈々さん?」とオレは話を振った。

「ああ、奈々ね。」と、彼はナナのことを言われると思っていなかったようだ。

「ええ。」とオレは彼を見た。

「まぁ色々ありまして。」と彼は答える。まさかナナとオレが顔見知りだとは知りはしまい。

「色々と言いますと。」とオレはさぐりを入れる。

「まぁいいじゃないですか、奈々のことは。それより寧々のことですが。」と彼は話題を変えようとする。

「はい。」とオレは淡泊に答えた。そしてバーテンの作ったジントニックに口をつける。

「犯人は見つかりましたか?」とオレを問い詰めるように××は言った。

「すみません。まだ手がかりがなくて。」とオレは探偵として謝った。

「そうですか。しかし。」と彼は言った。

「はい?」とオレは聞き直す。

「しかし、あなたはもしかしてDさんとお知り合いですよね。」と××は言った。

「え。」オレには何も答えることができない。


 相手はどこまでDのことを知っているのだろう。オレはじっと彼のことを見つめた。しかし××は表情一つ変えない。

「Dのことは知っています。」とオレは返事をした。

「なるほど。」と彼はシンプルに答える。

「彼とは、どういう関係で。」と逆にオレが尋ねた。

「まぁ。」じらすように××は言い、しばらく沈黙が流れる。

「Dとは友達でした。」オレは白状するように言った。

「ですか。」と他人事のように相手はつぶやく。

「何か知ってるのですか。」とオレは聞いた。

「ええ。」と彼は言う。

「何を。」とオレは問いかける。

「彼は、バカな男だ。」と××は言った。

「どういう意味です。」とオレは眉間に皺をよせる。

「そのままの意味ですよ。」と彼は言う。

「変ななぞかけはやめにしましょう。」とオレは言う。

「何も謎などありません。今のところ。」と彼は笑った。

「そうですか。私には色々と。」とオレが言いかけたところで電話が鳴った。店の電話だ。バーテンがそれを取り、こちらを見て××に声をかけた。

「お電話です。」とバーテンは言った。

「すみません。」と××は電話に出る。わざわざ店に電話をかけてくるとは。オレはじっと彼が電話で喋るのを聞いていた。

「大丈夫ですか。」とオレは電話を切った××に話しかけた。

「ええ、ちょっと仕事で。行かないと。」と言って彼は薄手のコートを羽織った。

「参りました。」とオレは言った。

「なにがです。」と振り向きながら彼は言う。

「いえ、まさかあなたがDをよくご存じとは。」とオレは言った。

「いえいえ、あんたほどじゃない。」とぞんざいな言い方で××はオレの足をすくった。

「Dは今どこにいるのでしょう。」とオレは一番聞きたかったことを聞いた。

「わかりませんね、それは。」と無表情で答えて、彼は去っていった。

「まいったな。」と取り残されたオレはつぶやいた。


「Dはバカな男だ、と。」オレは××の言葉を繰り返した。

「そう?」と赤い服の女は答えた。

「どういう意味です、それは。」とオレは呼び出した相手を見た。

「さぁ。兄に聞いてもらわないと。」彼女はカクテルを飲みながら言う。

「あなたもDのことは知っているのですか。」とオレが聞くと、相手はしばらく黙っていた。

「そうね。」ようやく答えた一言にオレはしがみつく。

「どういう関係なのです。」とオレは語気を強める。彼女は考えるような素振りをしていた。

「このことはあなたにも話しておいたほうがいいでしょう。お互いのために。」そう言って、彼女はオレのことを見た。

「ええ、ぜひ聞きたいですね。」とオレは前のめりになった。探偵としては失格かもしれないが。

「Dさんは…」しかし相手は言い淀んだ。

「なんです。言ってください。」とオレは感情的になった。

「言っていいのか分からないけど。」と女はじっと佇む。

「お願いします。」とオレは懇願した。

「彼は、兄の依頼主です。」と女は言った。

「え?」オレにはとっさに意味がつかめない。

「依頼主なのです。」ともう一度、赤い服の女は言う。

「依頼?」とオレは聞き返す。

「そうです。すべてはDさんからの依頼です。」と彼女は言った。

「すべて?」とオレは尋ねた。

「ええ。」と女は答える。

「ちょっと意味が分からないな。」とオレは首をかしげる。

「そうでしょうね。」と言って、彼女はカクテルに口をつける。

「説明してもらえますか。」とオレはじっと彼女を見る。

「わかりました。」と言って、彼女は時計を見た。

「時間ならあります。」とオレは言った。

「でも、兄に確認しないと。」と彼女は少しためらった。

「何を確認するというのです。ここまで言って。」とオレは彼女の背中を押す。

「ふぅ。」と女はため息をつく。

「依頼とはどういうことです。」とオレは再び聞いた。

「わたしがあなたに依頼したのが、Dさんの依頼だったわけです。」と赤い服の女は言った。

「ん?」オレにはまだ意味がつかめない。


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