〇先にオレは一人で三島大社にお参りをしに行った。
オレは三島まで新幹線で来ていた。田中美千代とは後で合流するつもりだ。先にオレは一人で三島大社にお参りをしに行った。
「Dたちもここに来たんだろうか。」とオレは独り言を言う。だが手紙の男に連れさられたとしたら、もちろんこんな所に来ているわけはない。思ったより小さい境内を回って、オレは石の上に座った。
「待った?」と言ったのはナナだった。
「待つはずがないだろう。」と男は言う。
「なぜ、あたしたちに手を出したの?」とナナは言う。
「あたしたちってほどの仲か、あのおっさんと。」と男は笑う。
「ええ、それなりに。」とナナは意味ありげに答えた。
「ホテルに行くなんて。」と男は冷たい目でフィアンセを見た。
「人のことを信用しないの。」とナナは責めるように言った。
「信用してたんだ。見るまで。」と男は言う。
「じゃあなんで尾行したりしたの。」とナナが言った。
「見るべきじゃなかった。」と男は言った。
「携帯を見たのね。」とナナは言う。
「ああ。」と男は答えた。
「あたしのファンよ、あの人。」とナナはDのことを説明した。
「ファンだったらホテルにも行くのか。」と彼は言う。
「まだ結婚する前じゃない。」と女は言い訳をする。
「だったらなんだ。」と男は語気を荒げる。
「あなたにどうこう言われる筋合いはないのよ。」と女は半ば開き直って言う。
「そうか。」と言って男は女の手をつかむ。
「やめてよ。」とナナは言うが、××の手は女にはほどけないくらいの力だ。
「お前があいつをそんなに好きなら。」と言いながら男は女の手を引っ張った。
「好きとか言うのはやめて。」とナナは言ったが、その言葉は男の耳には届いていない。
「どうとでもなれ。」と男は言って、車に乗り込んだ。
「どこに行くの。」と女は聞く。しかし男は答えず車は出発して、伊豆半島を下り始める。
「待った?」と女の声がした。オレが振り返ると、そこには田中美千代の姿があった。
「待つはずないだろう。」とオレは答える。
Dとオレは箱根に着いた。
「本当に仕事あるのか。」とオレは言う。
「わかんねぇ。」あっけなくDは言った。
「一応電話でアポは取ったんだろ。」と歩きながらオレは言う。
「まぁな。」とDはタバコをくわえながら答える。
「とにかく行ってみるか。」とオレは言って、箱根の坂を歩いていく。目的地までは随分キョリがあった。
「どこにバス停を作ってんだか。」とDは文句を言った。
「歩いても歩いても、キョリは縮まらず。」オレは一句読んでみた。横ではDが首を振っている。オレたちが探していた旅館は、大きなホテルに挟まれている。
「なるほど。」とDは言う。
「小さいな。」とオレも感想を言った。
「ここで二人は無理かもな。」とDは答える。だが、なんとその旅館はホテルの管理もしていた。そしてオレたちは二人ともそこの清掃員として雇ってもらえた。
「こういうことってあるんだな。」とオレは言った。
「ああ。」とDは言うと、風呂を掃除する。
「風呂つき、ご飯つき、寝る場所つきだぜ。」とオレは人生に勝利したように言った。
「悪いことがあれば、いいこともあるもんだ。」とDも笑った。
「あとはいい女でもいれば最高なんだが。」とオレは言いながら、風呂の蛇口を磨いた。
「いい女はたくさんいる。」とDは言う。
「たしかにな。ここは箱根だからな。」とオレは答える。一人旅、いや二人旅のOLだって大勢いるはずだ。
「声をかけてみるか。」とDは言った。
「そうだな。」とオレたちは仕事が終わる時間に、外に出た。思ったよりもカップルが多かったが、女性だけの連中もいた。
「わるくない。」とDは言って、その中の幾人かに声をかける。妻子持ちとは思えない大胆さだ。いや妻子持ちだからの余裕なのかもしれない。
「いい店を知ってますよ。」とオレたちは地の利をいかすように言った。まさか箱根がホームになるとは思わなかった。警戒する連中もいたが、大抵は旅行気分で着いてきた。その中の何人かとはうまくいった。彼女たちの部屋に上がりこんで、酒を飲んでゲームをして、そのうちマンツーマンで口説いてイチャイチャしたりした。箱根はオレたちにとって天国となった。しかし。それがたちまち噂になって、旅館のオーナーに「解雇。」と言い渡された。
「残念だな。」とDがバスを待ちながら言う。
「ああ。」とオレもうなだれて言った。
「でも稼いだし、悪くはない。」とDが言った。
「そうだな。」と言ってオレたちはバスに乗り込んだ。それはたまたま伊豆の下田に向かうバスだった。
オレと田中美千代はレンタカーを借りて、伊豆半島の真ん中あたりまで来ていた。
「ねぇ、あの手紙の差出人。」と美千代が言う。
「え、ああ。」とオレは運転しながら答えた。
「名前は書いてないんだよね。」と美千代は言った。
「そりゃな、書いてあればすぐに分かる。」とオレは言った。
「もう一度見ていいかな。」と美千代は言った。オレは信号待ちを利用してバッグから、手紙のコピーを取り出した。
「何か手がかりがあればいいが。」とオレ言う。今のところはあてのないドライブを続けているだけだ。
「そうね。」と言って、美千代は手紙のコピーをじっと見ていた。
「奴はどこにいるのか?」とまさに探偵気分でオレはつぶやく。
「あれ?」とそこで美千代が口を開いた。
「どうした。」とオレは横の彼女を見た。道は気持ちのいいほどのまっすぐ。
「これって、ホテルか旅館の便せんじゃない?」と美千代は気づいて言った。
「なに?」とオレは言って、ブレーキを踏む。そして車を横に止めて、手紙のコピーを確認した。
「ほら、ここのところ。小さくて薄いけど、マークがあるでしょ。」と彼女は言う。
「なるほど。」確かにそこにはホテルのマークらしきものがあった。
「これを調べたら、どのホテルが分かるんじゃない。」と美千代は声を上げた。
「でかしたぞ。」とオレは殿さまのように言った。そして再びアクセルを踏み込み、一番近くの旅館に駆け込んだ。それは修善寺の旅館だった。
「すみません。この便せんのマークなんですけど。」と美千代がフロントで尋ねる。
「ちょっとわかりませんね。」という答えを三件も受けて、四件目のホテルマンが言った。
「それは下田のクロスロード・ホテルですよ。」その答えを受けて、オレと美千代は目を合わせた。
「下田か。」とオレは言った。その晩はもう遅く、修善寺に一泊することにした。
「ついてたね。」と美千代は言って、浴衣姿でオレの膝に座った。
「ああ。」と答えて、オレは彼女の太ももをまさぐる。
「あぁ。」と彼女は声を上げた。オレは彼女にキスをしながらも、Dのことを考えていた。今頃、奴は下田のホテルに監禁されているのだろうか。それとも伊豆の踊子のようにダンスしているのか。
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