第31話 清拭と求婚

シルドウッズの冒険者ギルド。

「お帰りなさい。無事で何よりです」

オークと蜥蜴人、人間、そしてブロッコリー型のドリアードという不思議な一団を、動く鎧のシャディアは嬉しそうな声で、出迎える。

昨日の仕事を受けた全員が一人も欠けることがなく、戻ってきたことを心から喜んでいた。

「カラント様、ご無事で何よりです」

「は、はい。ありがとうございます」

カラントがぺこりと頭を下げる。その後ろにはピッタリとグロークロがひっついている。

「もういいか?カラントを宿で休ませたい」

キャンプ地からここまで馬車に乗せてもらっているとはいえ、昨夜は遅くまで他のギルド員に話をさせられている。

オークならまだしも、カラントは人間の娘だ。

まだ昼をすぎたばかりだが、体力的にも精神的にも辛そうでゆっくり休ませてやりたいとグロークロは思っていた。

「はい、また後日ちょっとだけお話を聞かせて頂きますね」

シャディアの言葉に、感謝する、と一言だけ答えると、グロークロはカラントを担ぎ上げると早足で宿へと向かう。

大丈夫だってば!とカラントが非難の声をあげるが、オークは耳を貸さないようだった。

「あれ、誤解されない?人攫いって」

治癒術師の言葉に、魔術師がクスリと笑った。

「そん時はタムラが迎えにいけよ。さーて、俺らは可愛い金貨ちゃんと顔合わせだなー」

蜥蜴人がいつも以上に楽しそうにヒヒヒと笑い声をあげる。

まぁ、魔道具馬車を壊したから半分は持っていかれるだろうが、それでも十分な金額になるなと、ラドアグは窓口の受付嬢に続きを促す。

「金額が金額なので、奥の部屋でお渡ししますね。あ、先に銀行に振り込んでおくこともできますよ?」

こちらにサインをいただければ、と鉄の受付嬢の出した紙を見て、全員が驚嘆の声を漏らした。

「本当に、金貨100枚なのね」

「お、俺たち馬車ぶっ壊したんだけど、差し引きなしでいいのか?」

困惑する冒険者に、逆にシャディアが困ったような仕草と声をする。

「仮にもこのシルドウッズの領主が出した依頼ですもの。何より、それだけの働きはおこなっております」


カラントを助け出したことだけではなく。魔神の遺跡の危険性と、その力の新情報。聖女の召喚獣が魔神相手には不向きなこともギルドとしては大事な情報だった。

ーーーカラントを攫った馬車の馬が『聖女の召喚獣』だった。という報告を認めるのならばだが。

おそらく聖女はこの拐かしを否定するだろう。


「あ、タムラさんはまた別室に来てください」

「え?もしかして私にも金貨を!?」

今回ただ働きのタムラがわずかな期待を込めるが、シャディアはそれに関しては返事をしない、しゅんと、萎びるタムラ。

タムラを慰めるべく、ブロッコリーのドリアードがまた自分を頭をもぎ取って渡してくれる。


*****


自分たちが利用している宿に戻ると、早々にカラントは寝台に運ばれそうになるが。

「待って、待って、先に体を拭きたい」

「わかった」

カラントを優しく部屋に下ろすと、グロークロはすぐさま水桶を宿の主人に借りに出る。

「いいか?絶対に部屋を出るなよ?」

「うん」

グロークロからすれば、ギルドでは変な男に殴られるわ、街中では連れ去られるわで、カラントのそばにいないと不安で仕方がない。

『彼女が悪いわけではない』

ギルドの時も、カラントは言付けの通りに安全な場所にいたし、街中では隣に自分がいたというのに。

『俺が不注意なばかりに』

かといえ、ずっと閉じ込めるというわけにもいかない。

やはり、彼女を狙うもの全員殺していくのがいい気がすると、グロークロはオーク理論を展開していく。

『もしくは、王都の連中が来れない場所まで向かうか』

北西の方にはオークが治める大きな集落があると聞くし、海を渡れば鬼辰国もある。竜の国やエルフの国はダメだ。あの国はオークを毛嫌いしている。

「カラント」

部屋に入れば、カラントが清拭の準備をして、革鎧も短剣も外し、いつもの麻の布服だった。

「結構血がついちゃった」

なんてことのないようにカラントが笑うが、それは彼女の血である。

『こんなに血を流したのか』

水桶を持つグロークロの手に思わず力が入る。

「傷は、塞がったのか?」

「うん、跡がちょっと残ってるけどね。首と胸だけだから」

殴られたり、折られたりする方が辛いと、カラントが苦々しく笑う。

「命に関わりのない傷は、すぐに治ってくれないみたいだから」

あの黒髪の女が殴ったのか?ゾンビになって死んだ男どもか?全員殺しておくべきだったと、グロークロが怒りを露わにする。

「手伝おう。他に傷がないか確認する」

グロークロの言葉に、カラントはえっ、あ、と戸惑うと顔を真っ赤にする。

真面目な顔で、真剣にいうものだから、カラントもついつい甘えてしまう。

「じゃあ、お願いしていい?」

カラントがどんな気持ちでそう言ったかも知らず、グロークロはあぁ、と力強く答えた。


ーーー固まった血が肌に張り付いていた。

裸になった少女を床に座らせ、その背中を拭ってやる。

首、胸元と、背中にまで流れた血。土埃や砂が汗をかいた少女の肌を汚していた。

カラントの裸を見たのはこれが初めてではない。

集落にきた時に、身元の確認するために見ていた。

『あの時はただの人間、としか思えなかったが』

オークの無骨な手が、カラントの首元、胸、背中、腰、腕に腋と全身を優しく拭っていく。

その小さな背中の古い傷跡を、グロークロは無意識にその指でなぞる。

びくり、とカラントが体を跳ねたので、痛いのかと問えば、少女は首を横にふる。

「くすぐったくて」

「すまん」

ここまで人間の娘に入れ込むとは思わなかった。

カラントが乱暴にされれば、今までにないほど、怒り狂ってしまうようになった。

『この赤い髪も、体も、仕草も、声も、全て大切なものだ』

ともかく、上半身に生傷はなさそうだ。あの治癒術師に感謝しなくてはと、グロークロは思う。

一通り、丹念に上半身を清拭した後。

「下は自分でできるか?」

「え、あ!うん!」

「そうか。俺は替えの服を用意してくる」

「うん、ありがと」

ちょっとだけ拗ねたような声のカラントに、グロークロは小首を傾げる。

「どうかしたのか?」

オークの言葉に、カラントは言葉を選ぶように口をもごもごさせるが、意を決して、しかし小さな声で呟く。

「私の裸で、グロークロ興奮しないんだなって」

「するぞ?」


即答だった。


「だが今は清拭中だからな。そういう気持ちにならんようにはしている」

「で、できるものなの?」

「……待て、人間はできないのか?」

グロークロは眉根を寄せる。どういうことだ人間の男。

「言っておくが、本当に興奮する。だがカラントは俺の族長が娘にしたいと先に宣言している。それを俺は預かってこの旅についてきている。つまり、俺は族長に力を示している途中で、まだカラントに求婚もできていない。さらにはカラントから交合いを誘われてもいないのに、ここで子種付けをするわけにはいかんだろう?だから俺がカラントを襲う事はないから安心しろ」

当然の常識のように、グロークロがちょっと早口で説明するが、カラントは途中の「求婚」や「交合い」「子種付け」という単語に顔を赤くするばかりだ。

「ん?人間とは何か違うのか?」

全種族で、一番の変態種族と言われる人間だ。

先日ラドアグが『今まで一番辛い仕事?娼館に呼ばれて鍵開けの仕事頼まれたら、目隠しして大興奮の人間のおっさんの貞操帯の鍵外しさせられたことかな』と死んだ目で語っていたなと、どうでもいい情報まで思い出す。

「たとえば、清拭中に俺がカラントに急に襲い掛かったら怖いだろう?いや、いつだって襲い掛かられたら怖いな。待て、説明する」

今まで見たことがないぐらいグロークロが静かに慌てる様子を、カラント耳まで真っ赤になりながらも説明を待つ。


「まず、知っておいてほしいが、俺はお前を嫁にしたい。交合いたい。」


お互い床に座り、向き合ってのとんでもない発言であるが、グロークロはその発言の危険性に気づいていない。

「だが、今はまだお前を抱くのはオークの流儀に反するし族長が殺しに来るし、カラントも今妊娠したら大変だろう?だから、俺はカラントの裸を見ると興奮するけど、同意がないなら我慢できる。」

むしろ相手の同意も得てないのに、襲う人間の男は、人間の方でもおかしい部類のはずだろうと、グロークロは考えている。


あぁ、彼女は、『そういう男に痛めつけられたから』と、グロークロは気づく。


どうにか信じてもらおうと、グロークロがなおも説明を続けようとするが。


「え、えと、じゃあ、その、オークの、ま、交合いの誘い方って、どんなのなの?」

顔を真っ赤にして少女が言葉を絞り出す。

それはな、と言いかけて、流石にグロークロも口をつぐむ。

「……教えん」

「なななな!なんでぇ!?」

恥を忍んで聞いたのに!とカラントがグロークロを非難する。

「よく聞きなさい……カラント」

普段使わない言葉遣いで優しく微笑み、目を泳がせるぐらい、グロークロも狼狽えていた。

「冗談でも、もし『それ』をされたら二日は寝台から動けないことになる」

言葉の意図を理解し、はわわわとカラントの表情が崩れる。


「わかりやすく言うと」

「言わなくていい!!」


顔を真っ赤にしたカラントが慌てて止める。

「でも、その」

まるで先生に質問でもするように、少女はおずおずと手を上げる。


「まだ、求婚、してもらってない、よ?」


上目遣いでそう問われて、グロークロは天を仰いだ。

「ほほほほら!言ってよ。私は前に好きって言ったよ。もう一回言おうか?」

カラントが、自分より大きい体格のオークの男にゆっくりとにじりより、その動かない男の耳元にこしょこしょと呟く。

はっきり言うのが恥ずかしかっただけだが、耳元で言うのがさらに意図しない艶かしさが出ていることにカラントは気づかない。

「好きよ、大好き、ずっと一緒にいて」

グロークロに反応がないのが不安になって、カラントは裸のままの体を寄せて必死に追撃する。

「好き、好き、好き」

反応はない。いや、グロークロの下半身の一部が大変『反応している』ことにカラントは気づいていない。

「カラント」

グロークロは、少女をゆっくりと引き離す。

こちらを見る少女を今にも寝台に押し倒して、口を吸い、獣欲に身を任せたくなるのを必死に耐える。

「ちゃんと、俺も、そう思って、いるから」

普段の彼からは想像もつかない、か細い声。

「それじゃ駄目。ちゃんと言って」

自分より遥かにか弱い少女に主導権を握られ、厳しいオークの立場はもはやない。

「嫁に。嫁に来て、ください」

恥ずかしさを抑えてようやく言葉に出せた言葉に、少女は少し驚き、ふふふと笑う。


「喜んで」

そういうと、彼に抱きつき、その白い牙の見える口に軽いキスをした。


その数秒後、少女の顔もまるでリンゴのように赤くなり、彼にもたれかかると恥ずかしさのあまり、動かなくなってしまう。


互いがじっとりと汗をかいているのがわかり、清拭がやりおなしだと、二人ぎこちなく、照れくさそうに笑いあった。

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