第30話 飴玉ころころ魔神の手
「あぁー帰りは徒歩かぁ!?」
乗ってきた馬車は壊され、カラントを
タムラがその言葉に飛び上がる。
「もう一体!」
馬車を追いかけていたタムラが、なんで忘れていたんだとばかりに叫ぶ。
「馬はもう一体いたはずです!!」
その言葉に、グロークロが剣を片手に馬車の方を確認する。
「いないぞ」
確かに、このカラントを攫ったこの馬車なら馬は二頭は必要だろう。
だが、馬がいない。死体もない。
「ねぇ、これって……」
カラントを攫った馬車の中に入ったガーネットが、灯りで中を照らす。
剥ぎ取られたカラントの装備は見つけたが、それより、何者かが血を流しながら這って逃げたような、何かに引き摺られたような血の跡あった。
それさ、馬車から地面に、地面から石畳の道へと続いていた。
方向は、魔神の遺跡の方だ。
「……逃げたか」
カラントを殺そうとしていた黒髪の女の死体もなく、血の跡の近くにグロークロの手斧が落ちていた。
あの女、殺しておくべきだったかもしれんと、グロークロは苦々しい顔で手斧を回収する。
「言っとくが、追うのは反対だからな」
ラドアグの言葉に、全員が頷いた。
「早くこの場を離れましょう」
ガーネットとリグが剥がされたカラントの装備や短刀を回収する。
そして、なぜかカラントの衣服をグロークロが受け取り、少女が服を着るのを頑なに手伝おうとする。
治癒術師が「過保護!」と叫んでグロークロの尻を杖で叩いて追い払う。
「待て、カラントの乳にも傷がついてたから治療してくれ。ここだ。この傷」
「女の子の乳を掴むな!触るな!見ればわかるわ!」
怒鳴るスピネルと、無言でグロークロの尻を引っ叩くガーネット。
「俺はゾンビどもの荷物調べるわ。身元わかるもんがあればいいけどな」
ラドアグはそう言うと、近くのゾンビの装備を漁る。
遺品の一つでも持って帰ってやりたいという彼なりの、遺跡に挑んだものへの手向であろう。
まぁ、正直言うと、使えそうな武器があれば持っておきたいと言うのもある。
「変な馬は、『召喚獣』ってやつなんですよね?リグさん」
「はい、僕の力で消滅したので間違いないと思います」
一頭だけが召喚獣だったのかもしれない。もう一頭のただの馬は逃げ出したのかも、とタムラは楽観的に考えようとするが、不安が拭い切れない。
あの言動からして、『召喚獣』もあの魔神は操作できるようだった。
魔術に疎いタムラでは処理仕切れない、だが、このことを魔術師のガーネットに話しても大丈夫だろうかと、彼が懸命に思考を巡らせる。
「ここから一番近い村か野営地に向かいましょう」
一刻もここを離れるべきだ。魔神が死体を操れるという情報は今までなかったから、その報告も急ぎたいとタムラが焦る。
「待て、馬の足音がする」
サベッジの言葉に、全員が静かにする。彼は地面に耳をつけて足音を探って見せる。
「何頭か、尋常じゃねぇ速度でこっちに向かってきてる。おい、女どもは固まって馬車の近くに隠れてろ、グロークロ、お前は女達の近くに。俺とタムラが出る。ラドアグは隠れてろ、何かあれば奇襲だ」
サベッジの言葉に、全員が頷き、粛々と行動に入る。
やがて、大きな蹄の音が聞こえると、魔術で浮かした灯りに照らされ、人間が数名、馬に乗ってこちらに向かってきた。
彼らはオークの姿と、近くに転がる人間の死体を見て、顔を顰める。
『我々が人間を襲っていたと誤解をされかねない状況だな』と、タムラが両手を上げて抵抗の意思はない事を示す。
「我々はギルド員だ。負傷者はいないか?治癒魔術師がこちらに数名いる」
予想外の言葉に、少しタムラが驚く。
「なぜギルド職員が?」
「侵入禁止予定の遺跡の見張りからの連絡でな、遺跡から死体がわらわらと動き出して走り出したと報告を受け、一番近い我々が追って来ただけだ。」
あぁ、そういえば。魔神の遺跡は侵入禁止にすると言っていたな。とタムラたちは思い出す。
ギルドを通さず旅人やならず者が入り込まないよう、また、何か異変が起きれば、ギルドの戦闘員が対処する予定だったのだろう。
「我々のキャンプ地へ案内する。シルドウッズのギルドから使い魔報告は受けているから安心したまえ」
「それは、ありがたい申し出です。お言葉に甘えましょう」
タムラの言葉に、全員が同意し、武器を収めた。
ーーー案内されたギルド職員のキャンプ地にて、グロークロ達は周囲にジロジロと見られながらもようやく休める場所を借りることができた。
「リグ、ドリアードでうちの若い奴らに伝言頼めるか?無事に嬢ちゃんを助け出したってのを。あぁ、可能ならイナヅにも」
サベッジの言葉に、お安い御用です!とリグが胸を張る。
「カラント、まだ痛いところはないか?疲れただろう?」
先ほどの荒ぶる戦いぶりとは真逆のオロオロとしているグロークロに、安心させるようにカラントが「さっき治療してもらえたから、大丈夫だよ」と答えてみせる。
「疲れているところ、悪いが話を聞かせてくれ」
「あぁ、では私が」
タムラが手を挙げ、のそのそとギルド員のテントに向かう。
「疲れてんだから、明日にしてほしいモンだけどねぇ」
治癒術師のスピネルが頬を膨らませると、蜥蜴人がヒヒヒと笑い声をあげる。
「まぁ、金貨100枚の仕事だ。それぐらいはしようぜ」
ラドアグの言葉に、タムラが目を丸くして、ツカツカツカとすごい速さで戻ってくる。
「え、なんです、それ」
金貨100枚と聞いて、タムラが仲間たちを交互に見る。
『あ、そういやタムラ、依頼にサインしてないから報酬ないのか』
『こいつ、ここまで完全に巻き込まれて、報酬ゼロか』
仲間たちの生暖かい目に『えぇ、どういうことぉ?なぁにぃ、その目』とタムラは全財産をギャンブルで溶かした人の顔になる。
「金貨100枚……馬車を買い替えられるし、田舎なら家も買えるし……え?何?どういうことぉ?なんでぇ?なんでみんな黙るのぉ?なんで、私に返事しないんですかぁ?返事したら魂を取られる系の怪異に話しかけられているみたいな空気やめましょ???金貨100枚ってなぁにぃ???」
タムラの言葉に、仲間達は口をつぐみ続けるのだった。
*****
上機嫌な鼻歌が、夜の闇に消えていく。
時折、ぎっ、とか、ひっ、とか鳴き声が混ざるのを、鼻歌の主は気にもかけない。
蝋のように白い肌の人型のそれは、魔神遺跡に向かっていた。
鳴き声を出しているのは、人型のそれに引き摺られているキャンディだ。
右足を掴まれ、背中に石畳がごつごつと当たり、皮膚が傷だらけになる。
左足は手斧を無理やり引き抜かれたせいか、出血が凄まじい。
「【フリジア?だっけ?そいつがこういうのだせるんだよな?】」
白い人型の化け物は、引き摺っているキャンディに問いかけるが、返事はない。
「【俺たちが入れる体ってなかなかないんだけど、これは便利だよなぁ!!】」
魔神は、もう一体残っていた馬型の召喚獣を「いじくりまわし」支配権を奪い、形さえ変えてしまった。
今もなお、顔に当たる部分はぶにぶにと蠢き、顔を作ろうとしている。
「【あ、大丈夫大丈夫!お前はまだ生かしてやるから!人間いじりたいって仲間もいるからさぁ!】」
ひぃぃ、とキャンディが鳴いて呻く。
「【いやぁいい星の巡り合わせだなぁ】」
ぐずぐずと化け物の顔が形作れられ、それはキャンディにひどく似た顔になる。
「【はははは!今日は気分がいいんだ!だから見逃してやるよ!】」
潜伏して様子を伺っていたギルドの職員数名が、その化け物と目があい、背筋を凍らせる。
「【それでは、皆様がた!】」
その化け物は、哀れな少女を引きづり遺跡の中へと楽しそうに進む。
「【また会う日まで!!】」
まるで、役者が舞台裏に引っ込むような気軽で呑気な言葉。
そんな言葉に、ギルド職員の一人が恐怖で気を失いそうになる。
遺跡の中、さらに奥の奥、灯りもない中を、途中で何かの門をくぐり、『異界』にまで入ってしまったキャンディが見たのは、魔神達の集まりだった。
光も刺さない暗闇の中、周囲からはカサカサと何かが這蠢く気配と、吐きそうな腐臭が、そのくせまるで人間のような笑い声がする。
「【あら、いい体じゃない】」
「【そうだろう?どうもこの娘の話じゃあ、他にもあるらしい】」
「【お前のその体を通じて、他の体に侵入できそうか?】」
「【素敵!これならできるわ!うふふ、一度術者を経由して、別の肉体へ入れそう】」
「【素晴らしい!なんて素晴らしい日だ!死に続け!我らに憎悪と憤怒を送り続けた我が母に感謝を!!!】」
「【対抗策を打たれたら面倒だな。みんなで一斉に入り込むか?】」
「【あぁ、それがいいな!その後は各自、自由に過ごそうじゃないか!】」
姿は見えない。見えないのに、おぞましき者たちが、間違いなくそこにいるのだと、キャンディは息を殺す。無邪気に旅行の計画でも立ているような、実に楽しそうな魔神達の声。
「【ねぇ、このお嬢さん】」
魔神の一人が、笑ったのがわかった。
「【私が面倒みてもいいかしら?】」
「【いいぜ、好きにしろよ】」
ふふふふ、と、女のような声が笑うと、虫が這う音が大きくなった。
動けないキャンディの手足にムカデが群れ始める。
「いや、いやいやいやいや!!!」
足に、服に、傷口も抉るように虫が這い、キャンディは悲鳴をあげた。
懸命に手で払いのけるが、虫の量が増えていき、全く追いつかない。
虫が、キャンディのスカートの中に入り込む、それが彼女の肌を這い、下着の中まで潜り込み……
ずるり、と、『ナカ』に潜り込まれる。
「ぎゃあああああああ!!!」
痛みと嫌悪で絶叫するキャンディをよそに、魔神達はお出かけ用の衣装選びに夢中になるのだった。
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