第32話 執行者、仕事をする

グロークロとカラントは宿に戻ったが、タムラとリグのコンビはギルドの応接間に案内されていた。

「ギルドマスターから話は聞いています」

動く鎧のシャディアは、静々とローテーブルの上にセオドアの胸像を置く。

悪趣味極まりない像を急に目の前に置かれて、目を丸くするタムラとリグ。

「それ、頭を叩いてください。ギルドマスターと話ができます。王都にも未報告の魔術なので、くれぐれもご内密にお願いいたします」

恐る恐る、タムラがセオドアの像の頭を叩く。

「はーい!みんなを愛するセオドアお兄さんだよぉ!」

像から再生されるセオドアそのものの声に、ひいっ!とタムラとリグは嫌悪と恐怖が入り混じった声と顔をする。

「セオドア?なんだよな?」

「もちろん。僕自身は王都にいるからね、多分シルドウッズで何か起きるだろうと、『僕』を分け増やしてここに置いといたんだ。ここで話したことはすぐに王都の僕に共有されるから普通に話してくれていいよ。」

すごく気持ちの悪い魔術を使っていることだけはなんとなく感じたので、タムラは魔術の説明を掘り下げるのはやめておいた。


「じゃ、話を聞かせて」

「リグさん、『世界樹』でした」

「うん、待って」


タムラの初手が反則級だったので、流石のセオドアも言葉を失う。

「世界樹、あぁ、なるほど。いや全然なるほどじゃないんだけどね!オッケー!わかった!続けて!説明して!」

そう言われ、リグが、意を決して彼らに全て話すことにする。

これは、世界樹の分身であり、ドリアードである彼が『人間にも信用できる人がいる』と判断した結果である。

この信頼を裏切れば、それは世界樹と全ての精霊を裏切ることになるのだがーーー


「待って、そこまでの話だとは思ってませんでした」


速攻でタムラが頭を抱えた。

「カラントお嬢さんはやはり伯爵家の娘で、さらに『殺されると相手の願いが叶う』と聖女に殺され続けてた。待って、これ、グロークロさんとカラントさんは知ってるんですか?」

「あ、グロークロさんはカラントのご実家の話は知らないかもです」

「なんでそこ共有しないのぉ!?こんなおっさんと変態よりも今まで一緒にいたグロークロさんにちゃんと報告連絡相談してぇ!?」

タムラの最もな悲痛な叫びに、えへへとリグが笑って誤魔化す。

「精霊たちが、カラントちゃんが死ぬと困る理由は?」

真面目なセオドアの声に、リグはえぇっとと躊躇いがちに答える。

「もともと、彼女が死ぬたび、『命の流れ』に悪い影響が出てて。それは精霊にも影響が及びますから」


あ、とタムラが固まる。


『どっかの言い伝えだと、命が死ぬと、その穢れが生まれる前の世界中の命に混ざる。それだと神々も困るから、その穢れだけを濾したのが魔獣って聞いたわね。』


たしかスピネルがそう言っていた。


「ま、魔獣が増えたのも、それが原因ですか?」

「あ、いえ、魔獣が増えたのはそれだけが原因ではないですよ」

「原因の一つなんじゃん!?言い方的にそうじゃん!?」

うわあああと今にも転げ回りそうなタムラだが、逆にセオドアは冷静な声のままで質問を続ける。

「聖女が初めにカラントちゃんを殺したのは、間違いないんだね?」

リグがきゅっと口を噛み締めて答える。

「はい、あの女が、カラントに不死を願いました」

「ふむ、『不死でなくなれ』と願ってカラントちゃんを殺したら生き返らなくはなるね。精霊としてはそちらの方が都合が良かったのでは?」

え?とリグがひどく困惑した顔で、セオドアとタムラを見る。


「他人の願いを叶えるために殺され続けた子を、『そんな理由』で殺すんですか?ごめんなさい、僕たちは思いつきもしなかったです」


彼らにとっては『殺されて世界の命の流れを乱すカラント』が悪なのではなく『カラントを殺し続ける人間』が悪なのだ。

むしろ、そんな考えになるセオドアにリグは引いている。

やはり人間は邪悪?みたいな疑いの目になってきたので、セオドアは急いで話を変える。


「聖女の召喚獣を許さないと、判断したと言ったね」

「はい、これについてはようやく他の精霊たちの同意も得ましたので『召喚してもすぐ消える魔法』を作ってかけてもらいました!」

ニッコニコで報告するリグだが、これを聞けば魔術師たるものならば卒倒しただろう。


「つまり、特定の個人が、魔術が発動したら、即座に召喚失敗させられる魔法ということかい?」

「はい!僕も他の精霊を説得した甲斐がありました!ザマァミロです!!」


聖女フリジアは『召喚術』を行っても即座に獣が消滅するという、全精霊の呪いを受けたのだ。解呪など、それこそ奇跡でも起こらなければ無理だろう。

「リグくん、それって、全精霊が知ってるの?」

「はい!!」

元気よくドリアードが返事をする。

「聖女を名乗るフリジアは、世界樹と精霊たちによってその召喚術を禁止されたのです!」

えっへん!と可愛らしくドリアードが胸を張る。


はははと、胸像の方のセオドアが力なく笑い声を出す。


『予想よりも大変なことになるぞ』


一方、王都にある親類貴族の館の一室で、セオドア本人は青い顔で天井を見上げる。

シルドウッズの話は数秒の遅れはあるが、セオドア本人に共有されいてる。


世界樹というのは、神代の時代の信仰対象だ。

特にエルフは世界樹を深く信仰している。

その世界樹が、自称聖女の能力を封じた、すなわち罰しているとなれば、フリジアの存在はこの国にとって邪魔でしかない。

さらに、世界樹がわざわざ自分の分身を作って見守っているカラントの存在がバレれば、エルフどもがしゃしゃり出てくるのは目に見えている。


いや、もしかしたら双方の存在は、すでにバレている前提で動いたほうがいいだろう。


「ま、まぁそれは良かったかもしれませんね」

タムラがリグに相槌を打つ。

「魔神があの召喚獣とやらを乗っ取ってましたし、増やせないならそれはそれで安心です」

「は?あ、ほんとだ、そう言う報告だったね!」

「あぁ、昨日魔神の遺跡から自称魔神が操るゾンビと戦いましてね。その操られたものの一つに召喚獣があって」

魔術に疎いタムラが淡々と告げるがが、王都のセオドアの顔色はどんどん悪くなるばかりだ。


「リグくん、今現在召喚されているフリジアの獣はすぐに消すことはできませんか?精霊の魔法で」

「あー、そこまでしなくてもいいんじゃないか?って精霊たちで話になりましてぇ。でも僕が力を分け与えれば消せますよ!」


なんでだよ!!精霊!そういうとこやぞ!とセオドアがのけぞる。


いや、違う。

世界樹や精霊は『カラントを死なせない』ためだけに動く。

それは世界の命の流れをこれ以上乱さないためだ。


だから、どれだけ魔神に人々が殺されようとそれは地上でのこと。

長い歴史の通常の営みの一つにすぎないと、彼らは考えている。


だから、『魔神が暴れないうちに召喚獣を全て消して』くれないのだ。


「シャディア、これから街の警戒を強めるように、衛兵にもギルド職員にも伝えておいて。おそらく、もう魔神どもは『召喚獣に乗り移れる』ようにしてる」


一番危ないのは王都だ。


「もう召喚獣は呼び出せないとわかれば、今ある召喚獣に乗り移るはず」


なりふり構っていられないと、セオドアは王城に向かう準備を始めた。


『子爵といえど、僕の実績をわかっているなら、王へのこの進言は聞き入れられるはず』

ギルドからも『魔神』が、肉体を得ようとしている証言は上がってきている。


「すでに呼ばれている『召喚獣』がどれだけいるかで、被害が変わるぞ」


あぁ、どこで間違えたのか。まだ巻き返せるだろうとはいえ。

「世界、滅びる分岐点多すぎない!?」

一人ヤケクソで、セオドアはそう笑うのだった



*****


「我々、まだ街から動かない方がいいですよねぇ?」

セオドアの胸像が、タムラの質問にそうだねと肯定する。

「シャディア、ギルドの手が入った宿にカラントちゃんたちを匿うようにして。魔神がカラントちゃんの奇跡に気付いてるなら、可能性は低いけど彼女を狙う者もいるかもしれない」

「可能性は低いんですか?」

タムラの疑う言葉に、セオドアの胸像が話を続ける。

「わざわざこっちにくる魔神は大体なんでもできるんだ。ただ、その何でもできる『肉体』だけが用意できないだけ」

そこは、リグと似ているところでもある。

偉大な世界樹ならば他にもやり方があっただろうに、わざわざドリアードで分身を作っている。

何か制限があるのか、それともただの思いつきなのかはわからない。


「かつて『肉体』を得た魔神はね、いきなり国を滅ぼすとかはせずに、まずはその元々の『肉体』の持ち主である人や獣のフリをしながら好きに遊んでいた。遊んでいるうちはいい。急に飽きた時、もういいやとばかりに生き物を殺すのさ」


ゾッとするような話を、セオドアの胸像は続ける。

「だから、彼らは召喚獣の体を得たら、それこそ自由に遊べる。犬や馬に化けて野原を駆け回るかもしれない。美しい女に化けて歌劇を楽しむかもしれない。善良な農夫に化けて幸せに暮らすかもしれない」


だからこそ、危険なのだ。

一日で街一つ滅ぼせる化け物が、ある日隣人としてやってくるようなものである。


「あぁ、そうそう、タムラ。僕とお前は『世界樹』の代理にいわば人間代表として認められたんだ。

僕らが少し間違えば、精霊達に人間そのものが「いらない」って判断されて簡単に滅びるから気をつけような」

「は?」

信じられないとばかりに驚愕して、タムラはリグを見る。

「僕ら!タムラさんのこと信頼してます!」

満面の笑顔で、ブロッコリーがタムラに微笑みかけてくる。

重い、気がつけば世界の命運が肩にかかっている。ブロッコリーどころではない。

「まぁ、タムラが私欲のためにカラントちゃん殺したりしなければ……」

「するわけないでしょうが!!」

セオドアの言葉にありえない!心外だとばかりに驚いて、大声を上げるタムラ。

それを聞いて、ふにゃりとリグが笑う。


願いが叶います。

ただしあの子を殺してください。

大丈夫、あの子は生き返りますよ。


そう知って、嬉々として彼女を殺した人間達がいた。


しかし、タムラ達は逆に怒りをあらわにする。


『二度と!二度とだ!こいつにそんなものを使わせるな!!!』

出会ったばかりのグロークロを思い出し、リグはウフフと笑い声を漏らす。

「やはり、タムラさんもいい人です」

嬉しそうにするリグとは裏腹に、タムラは何を言っているんだという顔をする。


カラントは、いい人達に出会えた。それがリグにはとても嬉しい。


「『世界樹』にも、タムラさんの事!伝えておきますね!」

「やめて怖い!」

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