第27話 追いつく抗う

「遺跡に近づいていますね」

タムラがそう呟く

もうすぐ馬車では通れないほどの悪路になる。そうなれば徒歩か馬に乗るしかない。奴らが馬車から降りる時がチャンスだ。

「グロークロさん達はどれくらいで追いつきそうですか?」

ドリアードの話を聞いたリグが答える。

「ま、まだ時間がかかるとは、でもすごい速度みたいです!!」

自分一人でどれだけ時間が稼げるだろうか。

不安になる気持ちを抑え込み、タムラは馬を走らせる。

「ところでリグさん!途中で馬に度々食べさせてるブロッコリー!なんですか!?いやほんとに!?」

触手を伸ばしてまで食べさせているので、大事な事なのだろう。リグにとっては。多分。

「元気が出るようにって!食べてもらってます!!」

説明になっていない。

だが本当に効果はあるようで、ほぼ全速力なのにタムラの馬はへばることもない。

むしろその目を輝かせ、天馬のように軽々と走り続けている。

「し、死なないですか!?後からこの馬死にません!?」

「僕のブロッコリーをなんだと思ってるですか!?」

「なんなのぉ!?それなんなのぉ!?」


いざとなれば自分も、以前もらったブロッコリーを食べるべきだろうか?

このブロッコリー、もらってから全然傷まなくて怖くて食べれなかったのだが。

混乱しているタムラだが、とうとう相手の馬車の馬が嘶いて、停車するためスピードを落としたのがわかった。


やがてゆっくりと馬車が止まる。馬車から一人の男が降りてくる。


「!!」

タムラに向かってその男が剣を振りかぶり、切り掛かってきた。

「わあああああ!!!」

タムラの肩に乗ったままのリグが叫ぶと同時に、馬が嘶き、大きく跳ねるようにその曲刀を躱した。

『くそっ!槍でも弓でも積んで置くんだった!』

馬上で片手メイスでは戦えない。それに、カラントを連れて帰るためにも馬は必要だ。しかし、馬から降りる隙がない。

ここで、もたついているうちにカラントを連れて行かれる可能性もある。

タムラの考えに気づいたリグは、咄嗟の行動に出る。

「やめろぉ!!」

タムラの肩から飛び降りるとリグは震える声で大きく叫び、曲刀を持った目の前の男に飛びかかった。

飛距離が足りず、そのまま地面に落ちたブロッコリーをスライスせんと男が曲刀を振り下ろす。

「だぁぁぁぁ!!!」

辛うじてその曲刀を転がるようにして避けると、リグはその男の足にタックルをするようにしがみつく。

そして、少しでも男が動けないようにと、その頭から触手を出して巻き付いた。


「返せ!カラントを返せぇ!」

その触手は簡単に男の手で引きちぎられた。白く濁った目が体にしがみついた奇妙な生き物を見る。

「【なんだぁ?ドリアードの分際で】」

男がそう不快そうにつぶやいた時、すでに馬から降りたタムラがメイスを男の脳天に叩きつけていた。


「【あ、ひでぇなぁ】」


頭が潰れた男からひび割れたような声が漏れる。

「リグさん!」

タムラの言葉に、触手を切り離して、リグは男から飛び退く。

血の匂いを撒き散らし、ハァァァァと、男が息を吐く。


ただよう死臭に、タムラは顔を顰めた。


「ゾンビが相手とは」

「なんか、向こうの遺跡から感じる魔力と。同じ魔力をあの人から感じます!」

「魔神の術か何かですか」

ただのゾンビと見ない方が良さそうだ。と、タムラはより警戒を強める。

こちらの装備は片手使い用のメイス。いつもは小ぶりの円盾を持っているが今回は急いで来たので持ってきていない。

相手は大きな曲刀を手に、こちらに無造作に歩いてくる。

人の声というよりは、たまたま漏れ出た空気が喉から出たような、気味の悪い声を出してゾンビが剣を再び振るう。

メイスでそれを弾き返し、タムラは深く相手の懐に入るとメイスをその腹部に叩きこむ。人間ならばこれで動けなくなるが……

ゾンビは後方に少し弾き飛ばされただけで、無反応で再び振りかぶってくる。

暗闇の中、精霊のわずかな光だけで相手の攻撃を防ぎ、反撃しないといけない。

一手間違えれば、曲刀は容易くタムラの脳天を割るだろう。


「リグさんは力を温存。いえ、見張りを」

馬車からはまだ人の気配がする。おそらく中にカラントがいるのだ。

彼らが彼女を連れて逃げても困るし、全員でタムラを殺しに来ないのは、カラントが逃げる可能性があるからか。


タムラを助けようと精霊の力を使おうとしていたリグは、その言葉に戸惑っているようだった。


「ご安心を。こう見えて、やる男ですよ。私は」


*****


「鬼って、鬼辰国の鬼か?」

「そうよ、知らないの?あの人、元は鬼辰国で衛兵してたんだって」

走り続ける馬車の中、ラドアグとスピネルが話をしていた。

話題は、先行しているタムラと、異国の鬼辰国についてである。

遠く遠くの小さな島国、鬼辰国。

エルフやオーク、ドワーフなどはいないものの鬼、人間、獣人が多い国だ。

かつては種族間の争いが大きく、その島国で殺し合いを続けていたという。

「今では鬼が治めている平和な国だけど、やっぱ荒いからねあの国の人」

いまいちわかっていないラドアグに、スピネルが話を続ける。

「そんな中、人間の衛兵ってやっぱ地位がそんなに高くないんだけど。タムラは鬼でも容赦なく捕らえる衛兵だったって、セオドア様が言ってたわよ」


『ちなみに!僕は鬼辰国入国禁止になっちゃってるんだよね!!』

と全く反省していないセオドアの顔を思い出す。


「そんじゃあ、なんでシルドウッズに?」

「あー、なんか鬼の偉い人に目ぇつけられて逃げてきたって言ってたけど」

会話をしているスピネルとラドアグに、ガーネットが少し体調が悪そうに呟く。

「よく、平気ね」

大きく揺れ続ける馬車でガーネットの顔色は悪く、オーク二人も無言で耐えている。

「あの変態、何考えてこの馬車作ったんだ」

サベッジの言葉には、ちょっとだけ殺意がこもっていた。


*****


何度目かの攻撃をメイスで防ぐタムラ。

ただひたすらに曲刀で切りつけ、同じような動きを繰り返すゾンビ。

タムラは攻撃を防いだ瞬間に、大きく近寄り、その膝に向かってメイスを振り下ろす。

膝が砕かれ、途端に動きが鈍くなるゾンビを蹴り飛ばす。

ゾンビは片方の足が動かないとわかっていながら、なおもこちらににじりよる。

タムラは無言でメイスを振り下ろす。

鎖骨を砕けば腕の動きは鈍くなり、残った足を砕けば動きを封じ。

立ち上がれなくなったのを確認して、タムラは曲刀を握っている手にメイスを振り下ろす。

潰れた手から曲刀を取り上げ、慣れた手つきでその男の首を刎ねた。

彼の得物であった曲刀を、すぐ使えるように地面に刺す。


「【やるじゃねぇか人間】」


まだ馬車から声がすると、御者台から一人、馬車から一人と出てくる。

馬車から出た男は裸のカラントの腕を掴んでいた。


「その子を放しなさい!!」

タムラがそう叫んで前に出ようとした時だった。右足に衝撃と痛みが走る。

「ーーーっ!!!」

「【ヤなこった】」

馬車に隠れていたもう一人の男が、弓でタムラの足を射抜いた。歯を食いしばり、痛みに耐えて、立ち続けるタムラ。

「【お、丈夫丈夫、そしたら、もう一発行こうか】」

弓を持った男がそうニヤついた声で笑い、再び弓を構えた時だった。

「『出でませ、氷壁』」

突然出現した氷の壁が、弓を構えた男を弾き飛ばした。

カラントを掴んでいる男は、さして驚きもせず、少女を見る

「【なんだ、テメェ魔術使えたのか】」

「『爆ぜ飛べ、火球』」

返事代わりにカラントが両手を縛られたまま、己を掴む男に向かって魔術を放つ。

常人ならば腕が焼け、カラントを手放しただろう、が。

「【おぉ、怖い怖い】」

すでに魔神の支配下にある男はすでに死人である。たとえ腕が焦げても痛みを感じない。カラントを離さずに笑って見せるほどだ。

「【正気を疑うなぁ。あんなに殺されてもまだ動けるのかよ】」

「『爆ぜ……っ!!」

再び魔術を放とうとするカラントの白い腹に、男の拳が叩き込まれる。

「っが……!」

吐きそうになるほどの痛み、意識が飛び、魔術が中断される。


「カラント!!」

「貴様らぁっ!!!」


叫ぶリグと激昂するタムラに、御者の男が曲刀を振りかぶってくる。

氷壁で吹き飛ばされた男も体勢を立て直し、再び弓を構えた。


「っ!!『出でませ、氷壁』っ!!」


弓を放つ男とタムラの間に、なおも力を振り絞り、氷の壁を出現させるカラント。

弓矢が氷の壁に阻まれたとほぼ同時に、カラントをつかんだ男は彼女の顔を殴りつけた。

殴られても、なお、少女は不敵に笑って見せる。

「わたしの、方が、早かった」

「【おう、そうだな】」

少女の可愛らしい強がりに、魔神が笑う。

今度は邪魔をされないように、少女の喉に手を伸ばし、ギリギリと締め付ける。

少女が縛られたままの足をばたつかせ、必死に締め殺そうとする男の手に爪を立てる。

「お嬢さん!」

助けに行こうとするタムラを、二人の男が邪魔をする。

リグがカラントの元へと走ろうとするが、

「リグ!!」

私は死なないから!と少女は掠れる声で叫び、自分を殺そうとする男の目を通して魔神を睨みつける。

「【なんだよ、さっきまでおとなしく死んでたじゃねぇかぁ】」

なんで急にこんなに抵抗するんだ?と魔神の疑問を表すように、ゾンビが折れた首を傾げる。

どうも、麻痺毒の魔術が解けたからだけではない。

「【そっか、最初から折れてなかっただけか。何回も殺されてもよく耐えたもんだよ!狂ってるなぁ!】」


ゲラゲラと笑う男を、なおもカラントは睨みつける。

自分の首を絞め続ける男の指を一つ折って見せるが、力が緩まない。


タムラとリグがまだこちらを助けようとしている。


助けが来たなら!死んでやるわけにはいかない!

だから、だから!あと少しだけ!まだ死ぬな私!!!


『今、死んで、たまるかっ!!!』

それでも、意識が遠のきそうなカラントの耳に、いや、周囲に。


「おおおおおおおおおおおお!!!!」


地面を揺らすような、男の雄叫びが夜の闇に響いた。


「グロークロさんだ!」

リグが声を上げた時には、こちらに向かって魔道具馬車が威力を落とさず向駆けてきていた。

あれ、めちゃくちゃ乗り心地悪いんだよなぁと、タムラは一瞬、中にいる仲間に同情するが。


「だああああああああああ!!!」


タムラはメイスを放り投げてリグを抱えて、その場から逃げる。

暴走馬車は止まらない、そして、弓を持った男を見事に体当たりし、吹き飛ばした。


馬車の中から「ナイスゥ!」と治癒術師が声を上げたのがわかった。

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