第26話 馬車の中
「チッ、嫌な距離の取り方をしやがる」
馬車に乗っている男たちは、自分たちを追ってくる者に何度か弓を構える。
すでに日は落ち、あたりは暗い。
それなのに、向こうの馬はこちらを見失う事なく追跡を続けている。
弓で射ろうにも、届きにくい距離を維持して追いかけてきていた。
男たちが元々用意している弓も威力は上げたが飛距離はあまり出ない小型の弓だ。
こちらの馬がバテるのを待つかのような動きに、何かいい方法はないかと男が軽く見渡した時だった。
「!おい!道が違うぞ!」
一人の男が御者の仲間に叫んだ。その言葉にリーダー格の男もキャンディも大きく驚く。
「どういうことよ!?」
「おい、どこに向かってる!?」
てっきり王都に向かっていたと思い込んでいた。外が暗いのも周囲の異変に気づくのに遅れた原因だった。
「呼ばれてる」
馬車の中でガタガタと震えていた男が、つぶやいた。
「俺たち!あの遺跡に呼ばれてんだよ!そうだよ!おかしいと思った!俺たちだけ逃されたのは!!!」
錯乱する男に、うるさい!とキャンディが怒鳴りつける。
「なんとかしなさいよ!あんた達の仕事よ!」
リーダーの男はキャンキャン喚くキャンディを無視する。
よく見れば御者の男は正気を失って、ぶつぶつと独り言を言いながら古代遺跡に馬を走らせている。
下手に止めれば馬車ごと横転するだろう。
「こいつだけが魔神の呪いかけられた、ってわけはないな」
俺たち全員、最終的にあの遺跡に人を呼び寄せる撒き餌になる。
いや、すでになっている。生かされたのは、そのためか。
「はっ!なるほどな!俺たちが逃がされたのは、新しい餌を運ぶ役割があるからかよ!」
弓を構えた男は何も知らずに追いかけてくる者を見て、笑うしかなかった。
「おい、退け」
リーダー格の男はキャンディを乱暴に押しのける。
カラントを殺し続けて、運が良ければ、あの魔神を倒せるぐらい強くなれるかもしれない。
そんな藁にもすがるような気持ちで、少女を殺そうと短剣を握りしめる。
「嘘よ、嘘よ嘘よ!」
自分の作戦が、訳のわからないことで失敗しそうになっている気づき、キャンディはヒステリックに御者に叫ぶ。
「このバカ!!王都よ!王都に向かいなさい!!」
その叫びに、馬車内の男たちが同時に動きを止めた。
「な、何よ」
誰も答えない。
そして、キャンディを見つめつつ、全員が自らの頭と顎を抑えると。
ゴギッ……!!
ほぼ同時に音がして男たちは全員、自らの首を折った。
理解ができないキャンディが一拍遅れて、腰を抜かした。
「な、なななななにっ!?」
「【あぁ、ちょっと待ってろ】」
男たちの声から同時に出る、人ではないモノの声。
ひび割れたようなざらつく声に、キャンディはヒッと小さな悲鳴をあげる。
「【こんなイイモンあるなんてヨォ。早めにのっとらせてもらったぜ】」
カラントを殺そうとしていた男が真横に曲がった首のままで、その赤毛の少女を見る。
その目が小刻みに震え続け、決して正気ではないのだと嫌でもわかった。
首が折れたままの男が、カラントの胸を刺した。
「何、なんなの?なんなのよぉ!!!」
急に正気を失い『何か』に乗っ取られた男どもに、キャンディは錯乱して叫ぶ。
「【何って、そら、お前らの言葉で言うなら魔神ヨォ】」
ゲラゲラと、それは男たちの口を操ったまま笑い出す。
「【この馬もおもしれぇなぁ。人間がこんな生き物使えるようになったなんて。ちょっといじらせてもらったゼェ】」
化け物の言葉から、召喚獣すら乗っ取られているのだと理解したキャンディは意味のない喚き声をあげる。
「それはフリジアから私がもらった獣よ!?」
「【フリジア?……まぁどうでもいいや】」
「ひっ!!ヒィィィィ!!!」
ようやく、自分が化け物どもと同じ空間にいることに気づいたキャンディはへたり込む。
「【俺んとこ来るのはよぉ。おっさんか、じじいでなぁ。やわこい肉は久しぶりだなぁ】」
いつの間にか、御者の首が真後ろに折れてゲラゲラと笑い続けていた。
キャンディは恐怖の中で懸命に考える。
魔神の遺跡に呼ばれている?こいつらと同じような目に遭う?
私が?なんで?なんでなんでなんで?
馬車から飛び降りようにもこの速度では、生きて降りれるかわからない。
逃げられない。魔神の操り人形相手に戦う?無理無理無理無理!!
「【んー、だめだ。俺には効果がねぇなぁ、やっぱりこういう人形を介すとダメかぁ?しまったな。まだ壊すんじゃなかったな】」
未だ本体は遺跡にいるらしい魔神が、男の死体を通して、そんな言葉を漏らす。
魔神にカラントの奇跡の恩恵はないらしく、ふぅむと不思議そうな声を漏らす。
「わかった!その子はあげる!私なんてなんも使えないわよ!な、なんなら他の人間を連れてくるわ!!」
この後に及んで命乞いをするキャンディを魔神は無視する。
「【この権能、殺した相手強くするだけじゃあねぇなぁ?調べようにもまだこの死体じゃあ読めねぇか】」
馬車は止まらない。
行き着く先が魔神の皿の上だと気づいたキャンディは、気がつけば下着を濡らして床に黄色い水溜りを作っていた。
「いやよ、いやいやいやいやぁ……」
キャンディの譫言など虫の声レベルにか思っていないのだろう。
魔神は、人間の男を使って実験としてカラントを殺し続ける。
*****
「すげぇ、首がない馬だ!これあの子爵が作ったのかよ!?」
「えっと、この魔道具に行き先を命じればいいのね。魔神の遺跡近くに命じるけど、外は見てて頂戴。すれ違ったら大変だわ」
セオドアが作った魔道具馬車を見て興奮するラドアグと、その馬車の設定をするガーネット。
「こんな魔道具を私ぐらいの魔術師でも使えるようにしてあるって、セオドア様、ほんと何者なのよ……」
ぶつぶつと独り言をいうガーネットを背に、サベッジは部下に別の指示を出し終え、グロークロの元に戻る。
「万が一に備えて、イナヅんとこに伝令を出した。もし俺らが失敗したらあいつが出るだろう」
「あぁ、族長なら、すぐに来てくれる」
「だよなぁ。俺、会いたくねぇ」
「前から思っていたが、族長を知っているのか?」
「……若い頃、あいつを見たことがある。」
女オーク、族長イナヅには3つ異名がある。
頭蓋埋めの異名は、戦った相手の頭を地面にめりこませたから。
血河の女王の異名は、殺したトロール軍団で血の河の作ったから。
雷槌の異名は、雷の如くの声の張りと落雷の如くの鉄槌の一撃から。
「あーヤダヤダ怖い怖い」と、まるで少女のように怖がるサベッジ。
「まぁ、あいつなら俺たちが失敗しても絶対カラント嬢ちゃんを助けてくれるだろうなぁ」と、ぼやく。
そうだな、と返事をして、グロークロは上等な剣と弓、矢を受け取り、サベッジも準備を終える。
「奮発して
あらかじめ強力な魔法を封じ込めた巻物で、一度紐解けば子供でも使える道具だ。
「それ高いだろ?物によっちゃあ小金貨一枚するんじゃねぇのか?」
「そうよ。はい、使い方はわかる?」
サベッジに魔法の巻物を渡すガーネット。受け取ったサベッジは困惑する。
「あら、不安?」
「いや、こんな高価なもん、オークに渡して持ち逃げされるとか思わねぇのか?」
「……」
無言でガーネットがサベッジを見つめる。
それだけ信頼していて、むしろこの場について来ている時点で、そんなことはしない男だとはわかっているのだが。
「その時はあなたのケツの穴をワインセラーにするわ」
「こわっ!人間こわっ!」
怯えるオークを前に、うふふふ、とガーネットは笑う。
「無事戻ったら乾杯しましょうね。ワインで」
「よくこの流れで言えるな!」
そんな軽口を叩きながら、ガーネットとサベッジが馬車に乗り込む。
「先行してるタムラとリグは大丈夫か?急がねぇとなぁ」
「あー、タムラは大丈夫だと思うわ。あの人、鬼と戦ってた人だから」
ラドアグとスピネルが、続いて馬車に乗り込む。
グロークロも馬車に乗り込もうとした時
『へんなの』『へんなの』『あのこのために?』『お金のためかな』『たすけてくれるのかな?』『死ぬかもね』『あの子を殺しているのも人間なのにね』
精霊達の不思議そうな声、他人事で笑う声が聞こえる。
その中から
『あのこを助けて』
数は少なく、小さい、しかし間違いなく応援してくれる精霊の声が聞こえた。
「あぁ」
精霊達に小さく返事をし、グロークロも馬車に乗り込んだ。
ーーーーーなお、シャディアは伝え忘れていた。
休む必要もなく、速度も速い。ただ乗り心地だけは最悪な馬車であるとーーーーー
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