第25話 金貨以上の価値がある
カラントを
ふと、リーダー格の男が馬車以外の蹄の音に気づく。
馬車から出て後方を見れば、黒い馬を駆って一人の男が追ってきている。
「さっきのオークの仲間か?、おい、弓をよこせ」
まだ弓の届く距離ではないが、迎撃の準備をしておくべきだと仲間に告げた。
一方、タムラとリグはようやく馬車を目視できるところまで距離を詰めることができたところだった。
まもなく日も落ちる。こちらは精霊の光で向こうから丸見えになってしまうだろう。
「リグさん、遠距離攻撃とかできません、よねぇ!?」
「できましぇん!!」
「さっきの大蛇を消した技は、何か使えないんですか!?」
ついさっき、大蛇を消した緑の光を思い出す。あれは間違ってもタムラの力でも短剣の力でもない。ならば状況からしてリグの力だと思ったのだ。
「あれは、『召喚獣のみ対象』の力なんです!」
自分の力の至らなさに、ビェェェとリグが泣く。
「あれだけは!『世界樹』がいいよって!力を分け与えてくれて!!」
ーーーぽろっと、とんでもない単語が出たことにタムラの頭が真っ白になる。
世界樹。
神話の時代、この世界で最初に芽吹いたモノ。
天をも貫く大樹となって、精霊たちやエルフを産み増やし、守護したモノ。
神代の大戦において、竜族にその根を齧られ続け、とうとう世界の裏側に潜ってしまった。
地上には二度と現れず、ただし己の分身の守護大樹をエルフの国に置いて行ったという。
ゾワゾワとした悪寒と、嫌な汗が吹き出す。
「リグさん、その、その世界樹さんとはどんなお関係で?」
「分身というか、親子というか、あれのことはどうでもいいです!もぉーーー!!なんでもっと力分け与えてくれないかな!!まずは自分の力で頑張りなさいって!あの!放任主義!!」
恐れ多くも『世界樹』をあれ呼ばわりして、リグはペチペチとタムラの肩を叩く。
『私、今、肩に世界樹の分身乗せてる???』
と文字通り、タムラは肩を重く感じるが、今はそれどころではないと、とりあえず思考を放棄する。
「いや、召喚獣って言いました!?じゃあアレは噂の聖女の!?」
「そうです!あれはもう許さないって決めました!」
キィー!と悔しそうにするリグをよそに、タムラは焦りつつ、その頭で一生懸命に考える。
やはり王都の聖女がカラントを必要としていて、そのためにオークのグロークロを襲って、尚且つその所業から、『世界樹』の代理に『許せない』と判定されている。
それも、聖女お得意の召喚獣を全て消す技を許されるほど。
だが、王都はそれを知らない。
もしもリグが『聖女を庇う王都も許さない』とでも判断したら、どうなる?
『悪い人間がまーた、カラントちゃんをいじめるし畑も荒らす!そしたらさ、もう農家ドリアード達は人間の村を焼くしかないじゃない!?』
『だから僕たち人間は『うさぎさんをいじめる奴』を人間の手で止めないといけない』
今更ながら、セオドアのワケのわからない例え話を思い出すが、とにかく今はあの少女を助けるのが先決だ。
「リグさん!精霊たちをメッセンジャーとして使えますか?」
「大丈夫です!植物の精霊なら僕達の味方です!でも、戦える子は少なくて」
「いえ、我々の場所を的確にグロークロさんたちに伝えてくれれば大丈夫です。できればあの変態子爵にも」
「セオドアさんですか、やってみます!」
先ほどから馬車のスピードが緩まないことに、タムラは眉を
向こうは馬が2頭引きの馬車といえ、結構な大型の馬車だ。
それが、ここまで早いことに違和感がある。
「メッセンジャーの精霊に、追加でお願いします」
タムラは真剣な顔で、馬車を追い続ける。
「おそらく、古代遺跡に向かってます。あの、魔神の。」
さて、娘一人の拐かしに、どれだけの冒険者が動いてくれるだろうか。
不安を胸にタムラは馬を走らせた。
*****
「カラントが拐われた。ギルドマスターは以前助けてくれると約束してくれた。助けてくれ」
ギルドの窓口にいる、
これで時間がかかるようなら、グロークロは一人でも向かうつもりだった。
「承ります」
優雅な女の声を合図に、山羊頭の職員がよいしょっと立ち上がり、幾つもの書類を用意し始める。
「場所はお分かりですか?」
「今、タムラとリグが追っている。馬を借りれるか」
「もちろん、子爵特注の馬車もあります。手助けは必要でしょうか?」
「可能なら。だが、敵の人数はわからん。……この間みたいに貴族とやり合うかもしれん」
その言葉にこっそりと聞き耳を立てていた冒険者たちが、ヒソヒソと話し始める。
『また貴族絡みか、何やらかしたんだあの娘』
『この間は子爵がいたからいいけど。今回はなぁ』
『
好き勝手に言われる言葉を無視して、二人の女が椅子を蹴り上げるように立ち上がる。
「行くわよ」
「もちろん」
当然とばかりに立ち上がった相棒の言葉に、女魔術師ガーネットは笑う。
治癒術師スピネルは、心無い言葉を吐く臆病者どもを、鬼の形相で威嚇しておくのも忘れない。
「……おい、声ぐらいかけろよ」
オークの親方サベッジは『なぜ俺を頼らない』と不満そうにいうと、グロークロの背中を叩いた。
「馬鹿たれ。テメェ、手斧だけで行くつもりかよ。俺んとこ来い。予備の武器がある」
「すまん」
若きオークの顔には焦燥が見て取れた。そんなグロークロをおっさんオークは気合を入れ直すように再び背中を叩く。
「時間ねぇんだろ?さっさと行こうぜぇ」
いつの間にか、カウンターで山羊頭の職員が用意した依頼表に、サインをしている青い肌の
「子爵もあらかじめ作ってたみたいだな。『カラント=アルグランの救出』の依頼。内容もクソもない。だが一人金貨100枚は破格だな」
青い肌の蜥蜴人ラドアグが、ヒヒっと笑うものだから、周囲の冒険者たちは大きくざわめく。
通常、この街で使われる貨幣は銀貨と銅貨が主流だ。銀貨10枚で上等な宿で一泊飯付き。銀貨1枚で平凡な剣が一振り。銅貨1枚でパンが買える程度。
そして、金貨3枚はこの街の衛兵の一ヶ月分の給料に近い。
冒険者達にとっても、一人金貨10枚なら高額依頼となる。
「内容も何もわからない状態でも、『助ける』という依頼ですからね。敵が、何であろうとです」
立ち上がった金目当ての冒険者を、嗜めるように山羊頭の職員が語る。
「いいぜ、故郷を出れば敵だらけの蜥蜴人には元々関係ねぇなぁ」
ラドアグは実に楽しそうにヒヒヒと笑う。
「おら、お前らもサインするか?敵は貴族か王族か、はたまた竜か鬼かわかんねぇぜぇ?」
ラドアグの脅し、というよりは忠告に流石に
「まぁ、当然だわな。普通はこんなの受けねぇ。俺だって部下がこんな怪しい依頼持ってきたらぶん殴るわ」
「あらオーク、意外と綺麗なサインね」
言葉と裏腹にサラサラとサインを書くサベッジに、スピネルがからかいの言葉をかける。
「おぅ、だから俺だけ受ける。部下は他の仕事をさせる」
「ふーん、サイン終わったらどいて!邪魔!」
スピネルにペチペチと叩かれ、叱られた犬のような悲しい顔をするサベッジ。
「ほら!あんたらさっさと武器の準備!薬とか!投擲用の武器とか!」
「サインが終わったらすぐに私たちも準備して合流するわ」
女二人が依頼を受けるサインをしようとした時だった。
淡く緑色の光が数個ギルドに現れる。
『ここかな』『ここだよ』『リグが言ってた』『あのねあのね今追いかけてるよ』『見つけているよ』『みんな死んじゃうかな?』『どうするかな』『どうする?』
『魔神の遺跡の近くだよ』
『魔神が気づいているよ』
くすくすと笑いあう精霊の声に、固まるグロークロ。
それを見て、スピネルがまた怒れる女オークの形相になる。
「オラァ!はよ準備せぇ!」
怒れる治癒術師のローキックに、我に返る若きオーク。
「ま、まて、お前ら」
止めるグロークロを無視して、スピネルもガーネットもサインを終える。
オークの頭目も蜥蜴人も、依頼を取り消す様子はない。
「本気か!?」
珍しく戸惑っているグロークロに、今度は女術師も笑顔でローキックを入れる。
治癒術師のものより勢いがあり、スパァン!といい音がした。
「次ゴネたら置いていくからね」
本気の言葉に、グロークロは黙って頷くことしかできない。
「馬車はすぐに街の外に準備します。私は『もしも』に備えておきますから」
それは、グロークロ達が帰ってこなかった場合だろう。
「そう、それは安心ね」
スピネルが笑う。もしも自分たちが助けられなくても、第二陣があの子の救出に向かってくれるなら心強い。
「誰も、行かないようなら私がいくつもりでしたが」
シャディアは静かに語る。
「今回はお譲りしますね」
きっと彼女に表情というものがあれば、満面の笑顔だっただだろう。
「いってらっしゃいませ。ご武運を」
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