第16話 お話上手
「もっと……」
タムラはその剃髪した頭を抱えて、小さく呻く。
「もっとわかりやすく説明してぇ……」
わかりやすくかぁ、と、セオドアはうーんと考える。
「たとえばだが、ドリアードたちを農家だとする。リグ君はその代表だ。」
セオドアによる、よくわからない例え話が始まってしまう。
早速、頭の中で麦わら帽子と鍬を持ったブロッコリーが土を耕し始めた。
「彼は一生懸命キャベツを育てている」
そこはブロッコリーじゃねぇのかよ!とタムラは思ったし、なんならグロークロも思った。が、邪魔をするわけにもいかず、セオドアの話を聞き続ける。
「キャベツを育てる上で、多少の虫喰いは仕方がない。一つや二つ、盗まれたり動物に食べられたりするだろう。ドリアード達はそれぐらいは気にしない。
だけど、毎回毎回畑の一部をえげつない形で荒らされる。調べてみれば、カラントちゃんという可愛いウサギちゃんが、悪い人間に脅されて畑を嫌々に荒らしていた!」
タムラとグロークロの脳内に、ウサ耳をつけたカラントが出現する。
「優しいリグ君はウサギカラントちゃんを保護。これで畑も荒らされなくなるから、ハッピーエンドだ」
ウサギ耳をつけたカラントが、幸せそうにキャベツを食べるシーンが浮かぶ。今度はグロークロが己の想像力に顔を覆う。
「ところが悪い人間がまーた、カラントちゃんをいじめるし畑も荒らす!そしたらさ、もう農家ドリアード達は人間の村を焼くしかないじゃない!?焼くよね!?僕だって焼く!」
熱の入るセオドア。お前は焼かれる方じゃないか?多分こいつ農家の家に不法侵入してそう。とタムラは嫌に冷めた目でセオドアをみる。
「ちなみに、農家ドリアードは人間の村じゃなくて、いっそ、国、大陸レベルで燃やす?って今は話し合い中って感じかも」
「なんか、とても、怖いことになりかけているってことは、わかりました」
例え話がファンシーでわかりやすいとは言い難いが、タムラは天井を見上げてため息をついた。
「そ、だから僕たち人間は『うさぎさんをいじめる奴』を人間の手で止めないといけない。そうすればドリアードもまぁそれなら……ってなるだろうしね」
「だ、そうですよ。ま、我々もドリアードを敵に回したくないし、もちろんウサギちゃん、もといカラントさんをいじめるつもりもありません」
タムラは、グロークロに交渉を持ちかける。
「今回みたいにあの子が酷い目にあうなら。貴族でも鬼でもまた私もぶん殴ってやります」
タムラの言葉に、ようやくグロークロの周りの空気が和らぐ。
「感謝する」
小さな、しかし思いのこもったオークの言葉だった。
まぁ、とセオドアは、ドリアード云々はまだ楽観的な考えだとは思っている。
『僕の予想なら、多分、うさぎちゃんが『世界』を滅ぼせるんだよなぁ』
*****
「『酒に酔った貴族』が『ガーネット嬢』に乱暴を働き、『仕方なく二人の男』が止めに入った」
ジアンを引き取りに来た衛兵の一人が、状況の聞き取りを再度ギルド職員や冒険者に行っていた。
すでに酔い潰れたジアンを、別の衛兵が二人がかりでギルドの外に連れていく。
その顔は蒼白で意識も混濁しているらしく、あぁ、とか、うぅとかの呻き声が僅かに漏れるばかりだ。
おそらくこのまま牢屋に入れられるのだろう。
「でも、あいつも運がいいよな」
「あぁ、手加減できるオークでよかったな」
冒険者達の言葉に、衛兵はどういうことだ?と聞き返す。
「あいつを殴ったオーク。この間大灰熊の討伐を手伝ってもらったんだが、同じように顔面パンチしたんだ。大灰熊、顔面潰れてそのまま倒れたぜ」
「そうそう、あのお貴族様、よく鼻血だけですんだよな。多分同じ威力なら顔に穴が空いてたよなぁ。てか、剣も抜かなかったからな、あのオーク」
ーーー実際はジアンが『奇跡』により、他の人間より強く、丈夫になっていただけなのだが。知らないものからすれば、グロークロが手加減したように見えたらしい。
衛兵は青ざめながらも、その証言を書き留めていく。
これで『仕方なく二人の男』が殺意がなく、だいぶ手加減していたことが証明されるだろう。
その様子を、別のテーブルで眺める三人。
「すぐにあのケツワイン男を止めればよかったじゃない」
忌々しいとばかりに杖を握りしめるのは女魔術師ガーネットだ。
「大体、どうして、すぐにギルドマスターは許可しなかったのよ」
「お気持ちはわかります」
大楯と棍棒はもう持っていないシャディアが、ガーネットにお茶を出す。
「あの時、ギルド職員や冒険者が袋叩きにするのは容易でした。しかし手を出せばハウンドダガー家もアールジュオクト家も示談でもすまない大事になり、マスターでも全員を庇いきれなくなってしまいます」
「それはそうだけど!」
「落ち着けよ。お嬢ちゃん」
意外にも冷静なサベッジが、シャディアに入れてもらった茶を啜る。
「ありゃあ、グロークロのためでもあったんだ。カラント嬢ちゃんが殴られたってのに、自分が何もできなかったと知れば、あいつは間違いなくあの男に報復したぞ。それこそ、ギルドマスターも庇えきれないぐらいのやり方でな」
グロークロを呼びに行かせたのは、最善手とまでは行かないまでも、被害を大きくしない良い方法ではあったのだろう。
「もし、マスターが許可を出していたら」
シャディアは困ったような声音で、呟く。
「私があの男の、骨という骨を砕いてやれたのに」
残念です、またの機会に砕いてやりましょうと、動く鎧はまるで恋する乙女のようなため息をついてみせた。
*****
ギルドマスターからの尋問も終えた、タムラとグロークロが戻ってくる。
「おや、待っていてくれたのですか?」
穏やかなタムラとは対照的にグロークロはまだ沈んだ顔だ。
「そうよ。ギルド職員から聞いたけど、カラントちゃん今は落ち着いてるみたい。会いに行きましょ」
ガーネットとサベッジが、タムラとグロークロを促す。
「そうですね。怖い目に遭わせてしまいましたから」
とタムラはすぐにでも向かおうとするが、グロークロは立ち止まる。
「俺は、行かない」
まるで、子供のような言葉に、三人は目を丸くする。
「会わす、顔がない」
オークとしての血のせいか。
グロークロはカラントを思いやるよりも先に、憎い相手を叩きのめすことを優先していた。彼女の傷の手当てより、あの男に血を流させることしか頭になかった。
カラントが絞り出した声を聞くまで、そんなことにも気づかなかった。
先ほどまで、暴れたオークは、まるで叱られた大型犬のような雰囲気を出して俯くばかりだ。
「何馬鹿なこと言ってやがる」
サベッジが呆れた顔をする。
「そうですよ。だったら尚更謝らないと」
タムラが、さぁ、行きましょうと促す。
「カラントちゃん、あなたに会いたいと思うわ」
ガーネットが、優しく諭す。
しかし、グロークロは棒立ちのまま、俯き、ふるふると首を横に振った。
三人の大人たちのこめかみに、ピキリと血管が浮かぶ。
ーーー数分後
「だーーー!!こいつ動かねぇぞ!!」
「いつまで駄々こねてるんですか!グロークロさん!?」
「ちょっと!あんた達!!ちゃんと引っ張ってよ!オラァ!イモ引いてんじゃないわよ!!」
まるで散歩を嫌がる大型犬のようなグロークロを、押したり引いたりしてズリズリとギルドの出口まで運ぶ三人組。
「何あれ?」
戻ってきた呆れた顔のセオドアに、シャディアが簡単に説明する。
「もー、世話が焼けるなぁ」
まぁ、今回は自分にも責任があると、出来るギルドマスターはアフターケアも忘れない。
三人に抵抗しているグロークロに「やぁ」と声をかける。
「カラントちゃんに、会いたくないんだって?」
「会いたくないわけではない」
ただ、俺は会う資格がない、会えないとウジウジ悩むグロークロだが、セオドアは返事を聞かない。
「そ、じゃあ先に行くね。で、寝ているカラントちゃんにディープでドレインなキッスしてくる。泣こうが喚こうが舌を入れて吸う系のスッゲェのしてくるから。はいよーいドン!!!」
ーーー数秒後。
めちゃくちゃすごい勢いでギルドを飛びだしたセオドア。
そして、殺意に満ちたグロークロ、他三名が凄まじい勢いで彼を追いかけたのはいうまでもない。
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