第15話 楽しい後始末

「カラントォォォォォ!!」

セオドアの手からようやく解放されたリグが、カラントに駆け寄る。

「シャディア、ここから一番近い宿の一室を押さえて、カラントちゃんを寝かせてあげて。あぁ、きみ、この子の治療でついていてあげて。君は護衛で。お金は僕が出す。リグくん、君もついていきなさい」

セオドアの言葉に、ギルドを出ていくシャディア、カラントを抱き抱える蜥蜴人とそれについていく治癒術師とリグ。


「ギルドマスターとしては『この喧嘩』の話を聞かなくちゃいけないんだけど、協力してくれるかい?グロークロくん」

「あぁ」

先ほどまで暴れていたとは思えぬほど冷静に、そのオークは答えた。

「おい」

グロークロは、はじめにカラントを助けようとしたという魔術師に深く深く頭を下げる。

「あの子を助けようとしてくれて感謝する」

オークの言葉に女は目を丸くするが、すぐに笑顔になる。

「いいえ、ごめんなさい。あまり力になれなくて」

「いや、あの子の味方をしてくれた。それだけでも、本当にありがたい」

「……ガーネットよ」

魔術師は笑顔のまま続ける。

「治癒術師のあの子はスピネル。青い蜥蜴人の名前はラドアグ。今度ちゃんとお互い紹介してちょうだい。私はあのドリアードに興味あるし、ラドアグはあの子と話をしたいみたいだし、スピネルはオークの話も聞きたいみたいだし。それでチャラよ。どう?グロークロ」


あぁ、とグロークロは答える。


「ありがとう」


もう一度だけ、オークの戦士は人間の魔術師に感謝の言葉を伝えるのだった。


*****


「セオドア先生の!愉快な!楽しい!後始末講座ァァァァ!!!」

イェェェイ!と年甲斐もなくはしゃぐセオドア。

場所はギルドの応接室。そこにはセオドア、タムラ、グロークロ、サベッジ、そして女魔術師のガーネットがいた。

ガーネットとタムラが長椅子に座り、オークの二人は適当な椅子に座っていた。


「怪我をしたカラントちゃんはキューティドリアードリグくんと、スピネル、ラドアグが護衛中だ!安心したまえ!」


テンションがぶち上がっているセオドアに対し、冒険者や商人の四名は真顔である。


「とりあえず、嬢ちゃんにあとで会いに行ってやれよ」

サベッジの言葉に、グロークロは頭を抱える。

「合わす顔がない」

グロークロの絞り出すような言葉に、サベッジは情けないほど困り顔になる。

「真っ先に、カラントの安全を確認するべきだったのに、俺はあの馬鹿を殴ることを優先してしまった」

「あの状況なら仕方ないわ、むしろスッキリしたものよ」

グロークロを励まして慰める女魔術師。

「そうですね、グロークロさんがあのクソボケを痛めつけていたので捕獲が容易でした。後であの野郎のケツをワイン瓶が収納できる体にしてやりましょうね」

「どうして人間、ケツの穴で遊ぶ?」

穏やかな笑みのタムラに、ドン引きするサベッジ。

「丸々一本入る体にしてやりましょう。」

「どうして人間、ケツの穴過信する?」

女魔術師の言葉にも、ドン引きするサベッジ。

「はいはい、ケツの穴の話はそこまで!」

ぱんぱん!とセオドアは手を叩いて全員を集中させる。


「話を合わせておきたいんだけど。まずあの男がカラントちゃん、ガーネットちゃんを傷つけた。これが大事。ギルドマスターとして、ギルドで冒険者を傷つけられたんだからね。正当防衛とするよ。

ガーネットの傷は簡単な手当てだけしてある。衛兵に見せる証拠のひとつだ。すまないね。

まぁ、うちとしては突然暴れ出した男を確保して、街の衛兵に預けたってことにする。奴は別室で押さえてるから安心して」

で、ここからが特に大変。とセオドアは面倒だという態度を取る。

「彼も貴族だ。すぐに保釈金が払われるだろう。なので、『あの貴族は酒に酔っていた』『冒険者を傷つけた』『仕方なく、冒険者が取り押さえた』ってことで話を進めていくよぉ」

そうすれば、名誉を気にするハウンドダガー家もこれ以上大事にはできず、ジアンを回収だけして帰っていくだろう。


「酒に酔っていたって、今から飲ませるのか?」


サベッジの言葉に、そうそう、とセオドアが答える。


「尻から」

「どうして人間、ケツの穴そんなに好きなん?」


もう、人間不信になりそうなサベッジに対して、セオドアは満面の笑みだ。

「酒精の周りがその方が早いからね。まぁ、普通はそのまま亡くなる可能性が高いけど、僕の『趣味仲間』呼んだし!そこらへん慣れてるから大丈夫!!」

「趣味仲間って……こんな変態がまだいるのか人間。おい、お前ら、ちゃんと目を見ろ」

サベッジの言葉に、タムラもガーネットも目を逸らすばかりだ。

もう到着して手伝ってくれてるはずだよと、セオドアが笑う。


*****


ーーーギルドの秘密の地下室。

目隠しをされ、拘束されたジアンは冷たい床に押し付けられていた。

誰かが彼の下履きを脱がし、ひんやりとした空気に臀部が晒される。

気絶しているジアンは、自分の身に起こる事をまだ知らない。

誰かがワイン瓶の栓を開けた。


固い蕾に、ワイン瓶の注ぎ口が当てられた。

そして誰か達の楽しそうな笑い声を合図に。

ワインをたっぷりと、ゆっくりと注ぐためにーーー


「っ!?あっ!?やめっ!やめろぉぉぉぉぉ!!!入れるなぁぁぁぁ抜けぇぇぇぇ!!あぁぁぁぁ……!」


ジアンの悲鳴は意味を成さず。

ワインはしっかりと中に注がれていく。


*****


「さすが腐れ外道。見境なしのド変態。淫魔も全力で逃げ出す変質者」

「はははタムラ、お前それもう悪口。ここで魅了効果あるキスしてやろうか」

ふざけた人間たちの会話を聞いても、グロークロの表情は暗い。


「で、これは真面目な話なんだけど。あいつ『聖女』がうんぬん言ってたじゃない?これには抗議状を出すけど、ガーネット、君の名前だけを使いたい」

なぜ?と言わんばかりの面々に、セオドアは説明を続ける。


「『聖女』にはカラントちゃんが必要だとあいつは考えていた。うーん、『聖女』は加虐趣味でもあるのかもね。逃げ出したカラントちゃんがそれを吹聴したら困るから連れ戻しにきたのかな。とりあえず、彼女のためにも、今回あいつは『カラント』を見つけてないということにしたいんだよね」


ギルドマスターは、にこりと笑みを浮かべてみせる。

視線でチラリとみるが、グロークロはまだ沈んだ顔のままだ。

この話を聞いていたかも危うい、と、思わせるが。

ーーー彼は自分の腰の剣に手をゆっくりと動かしていた。


「貴族をぶん殴ったグロークロとタムラは形式上『ギルドマスターから尋問』を受けないといけないから。ガーネットとサベッジは先に衛兵と話してて。何せ、下手すりゃとどめを刺したタムラは縛り首になりかねないからね!」


笑い事じゃないですよ、とタムラは困り果てた顔をして見せた。


*****


サベッジとガーネットが部屋を出たのと同時に、グロークロは視線も体も動かさずに、耳を澄まし、周囲の気配を探る。

この部屋にいるのはタムラとセオドアだけだ。


「セオドア=アールジュオクトの名にかけて」


いつもの軽薄な態度ではなく、彼は真剣にグロークロを見据えていた。


「我が名誉、我が研鑽、我が軌跡にかけて誓おう。『カラントを利用させない』」

グロークロは剣の柄に手をかけた。


ーーー気づかれた。


カラントの『奇跡』に人間が、気づいてしまった。

気づいたセオドアを斬り捨て逃げるか、タムラを人質にとるか。駄目だ。

ーーーどちらかを殺せたとしても、逃げ出せない。


タムラもグロークロの殺気に気づいている、彼は腰掛けたままだが、こちらに遅れをとることはないだろう。


「返事はしなくていい。君は『僕らが彼女を守る理由』を聞くだけでいい。

これは僕らにとっても死活問題だ。何せ、一手間違えれば国が滅ぶ」

それは予測してなかった言葉のようで、タムラも驚いてセオドアを見た。


「まず、聖女はカラントちゃんを殺していた。そして、カラントちゃんは生き返っている。不死の存在を王家や魔術団が見逃すはずはないから、どこか閉鎖的な環境で行われていたんだろう」

お前、さっき不死はブラフだって、と言いかけたがタムラは言葉と共に生唾を飲み込む。くすんだ金貨色の目が、セオドアを見据えていた。

言葉を間違えれば、セオドアを差し違えても殺すつもりのがわかった。

「なぜ、カラントちゃんが殺されていたかの理由は『話さなくていい』僕も今は聞かない。ま、想像はしているが、そこは自由だろう?」


セオドアは、自分を殺すかどうか考えているオークの目をまっすぐ見つめ返す。


「さっき、僕は、カラントちゃんを助けようとするリグ君をずっと抱きしめていたのだけれども」


腕の中で泣いて暴れる可愛いドリアード。あぁ正直に言おう。リグが取り乱した時、セオドアにとっては千載一遇の『チャンス』だった。


「彼は『監視者』であり、『執行者』だ」


セオドアは探っていた。このドリアードがなんなのかと。狼狽えて泣き喚く彼を宥めつつ、好奇心で、その魔力を探っていた。そして気づいてしまう。


彼は『ドリアードたち全てと繋がる事ができる存在だ』


「精霊たちは、彼らは『カラント』を見守ってる。彼女が殺されて生き返るたび、精霊たちに何か不利益があるんだろう」


その不利益は、彼女が殺される事で起きる。


「精霊達は『カラントを生き返らせない』よりも『カラントを死なせない』ことにした。理由はまだわからないがね。だからこそ、『彼女を殺し続ける』人間を許さないだろう」


そうして、精霊達は考える。

やめてと言っているのに、もう許さないと警告しているのに。

こんなに、『彼女を殺し続ける』人間達なら



ーーーいらないよね?と

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