第16話

 ☆

 冷静に考えれば明らかにおかしい話なのだ。 あの狼めルナガルムどもがこちらに突進してきた時、あいつらは脇目も振っていなかったし、レアーナさんやユティたんの驚きようからして早々あることではない。

 

 ならばなぜ、俺が移動中にそんな都合のいい出来事が起こったか。 答えは簡単。

 

「あのルナガルムたちは、差し向けられたっていうんですか?」

 

「それ以外考えられないだろう?」

 

「でも、一体誰がそんなことを?」

 

 レアーナさんは額から汗をしたたらせながら熟考し始める。

 

「ちなみに、俺の計算だと原因はお前だな」

 

 俺は軽いノリで一人の仲間を指差した。 すると他の二人は慌てて身構えながら、俺の背後に隠れる。

 

「た、確かに、突然現れたから怪しい人だとは思っていたのです!」

 

「言われてみれば、こんな人ピエサンキでは見たことありませんでしたからね!」

 

 俺が指差した人物を警戒しながら、油断なくその人物を睨む二人。 すると、指を刺されていた人物は涙目になりながら両手をばたつかせた。

 

「ちょっとお待ちください! 私がモンスターを、しかもルナガルムをけしかけたって言うんですか? そんなことできるわけないじゃないですか!」

 

 目を泳がせながら両手をばたつかせ、涙目で必死の弁明を図るメルっち。 なんだか知らんが俺の言葉が足りなかったせいで余計な誤解を招いてしまったらしい。

 

「誰もお前が犯人だとは言ってないが?」

 

 俺は素っ頓狂な声音でそう告げてやると、呆気に取られた視線が俺に集中する。

 

「え? でもさっきメルヴィさんが差し向けたって……」

 

「差し向けたとは言っていない、原因がこいつだって言ったんだ」

 

「すっごくわかり辛いのです。 つまりどう言うことなのですか?」

 

 メルっちを警戒していたレアーナさんとユティたんはすっかり警戒を解き、胸を撫で下ろしてへたり込んでしまったメルっちを興味深げに観察する。

 

「ズバリ、このバカたれがつけられてたから俺の存在が敵にバレたんだ」

 

 俺が腰に手を添えながらそう宣言すると、脳内にピピリッタ氏の狼狽した声が響く。

 

 『まさか、常闇の禍神に見つかったの?』

 

 『多分見つかったと考えて良さそうだが、それは本人を拷問して聞くとするさ』

 

 先ほどの実験で風を使用した応用術を覚えた俺は、先ほどからとある呪歌セイズを発動させている。 無詠唱だから誰も気がつくわけがない。

 

 微弱な風を俺中心に放ち、不自然に動く物体を察知できるようにしているのだ。 そして、その微弱な風が不自然な動きを察知した地点を、俺は睨み刺す。

 

「そこか」

 

 数秒間想像を巡らせて、足の裏から突風を凝縮した空気砲を放って一気に超加速。 動いた相手を即座に組み伏せて一瞬にして無力化する。

 

 俺が先ほどまでいた地点では巨大な砂埃がもくもくと上がっており、俺を囲うように会話していた三人は突然のことで動揺しながらむせかえっている。 遠目でもなんとなく察したが、砂埃を吸ってしまったようだ。 なんかごめん。

 

「で? 色々聞きたいことがあるんだが、まずは抵抗されないよう腕を折っていいか」

 

「ちょちょちょ! ちょっと待って欲しいのさ! あたしは女の子なのさ? あなたは女の子に優しそうな紳士さんに見えるからさ?」

 

 改めて組み伏せた相手を見て驚いた。

 

 声質からして確かに女なのだが、身長がかなりでかい。 まるで巨人だ。

 

 おそらく俺の身長の二倍はある体躯だが体の線は細い。 ウルフカットの長銀髪で、肌は雪のように白い。

 

 現在その大きな女性の背中を跨ぐようにしてのしかかり、両腕を背中に固めてキリキリと力を加えて脅している。 女性は先ほどの狼めルナガルム虐殺劇を林の影に隠れて見ていたのだろう。

 

 距離的には数百メートル離れていたが、俺の身体能力と呪歌を組み合わせれば一歩で十分到達できる。

 

 涙目で縋るような命乞いの言葉をペラペラと述べている巨人女を脅すように、固めている腕にさらに力を込めて。

 

「痛い目に会いたくなければ質問に答えろ」

 

「なんなりと!」

 

「まずは何者か教えろ」

 

「巨人族の代表、イアルヴィーなのさ。 マルーカ様に支える呪われた呪術師の子孫さ」

 

 なるほどさっぱりわからん。

 

「マルーカ様って誰だよ」

 

「あたしたち呪われた呪術師を取りまとめるリーダーなのさ!」

 

 なるほどこの子は悪の組織の一員的な感じなのか、一体何を目的に俺を狙ったのだろうか?

 

「なんで俺を殺そうとしている?」

 

「殺そうとしただなんてとんでもないのさ! あたしはメルヴィーを生捕りにするよう命じられてただけなのさ」

 

 率直な感想、メルっちを襲うつもりだったのなら、あの子は昨日まで一人でいたんだしもっと早く生捕りにするべきだ。 こいつ頭悪いのか?

 

 腕を固める力をさらに強め、イアルヴィーに体重をかける。

 

「言っておくが俺は、嘘がわかる呪歌を歌える。 歌っても構わんだろう?」

 

「……さっきの話はちょっとした冗談なのさ!」

 

 全身から恐怖の汗を滲ませながら必死に取り繕うイアルヴィー。 ちなみに、嘘を判明させる呪歌など存在しない。 と思う。

 

「次に嘘をつけば左手の爪から剥がしていくからな」

 

「女の子なのにそんなひどいことはしないで欲しいのさ!」

 

「安心しろ、俺は優しいから顔は傷つけん」

 

 できるだけ怖がらせないよう満面の笑みを作ったのだが、イアルヴィーは顔面蒼白させながらぶるぶると震え出した。

 

 ☆

 イアルヴィーの話によると、呪われた呪術師というのは複数人いて、その全員がマルーカという男に従っているらしい。

 

 脳内会話でピピリッタ氏に呪われた呪術師って何かを尋ねると、これまた昔話を聞くハメになるという。

 

 なんでも三賢人の一人、レミカイネが妻に裏切られた腹いせで呪殺した呪術師たちの末裔だとか。 賢人って言うからにはイルマーリンさんのように偉大な人物を想像していたのだが、レミカイネさんは想像の斜め上をいくロクでもない賢人だったらしい。

 

 そのレミカイネさんから唯一殺されなかった呪術師、マルカハットさんの子孫がマルーカというらしい。

 

 ともかく、その呪われた呪術師の末裔がマルーカの命令で動くらしいのだが、そんなマルーカさんの仲間がメルっちの予言の言葉を盗み聴いたらしい。

 

「これは! 辺境の街ピエサンキに邪を払いし偉大なるお方が降臨される! 勇者様がこのカレヴァの大地に現れるのだわ!」

 

 なーんてハイテンションで騒ぎ散らしているところをまんまと聞かれたらしく、マルーカさんはすぐに動けそうな仲間に追跡をさせただとか。 そしてその追跡の任務を受けたのがイアルヴィーさんらしい。

 

「それにしてもな、なんか引っかかるんだよな」

 

「ななな、なんでさ? あたしは何も嘘なんてついていないのさ!」

 

「ああいや、イアルヴィーさん……名前長いからアルちゃんでいいよね。 アルちゃんの話は嘘じゃないんだろうけど、呪術師たちって呪殺されたんだよな? マルーカさんはまだしも、なんで他の呪術師に末裔がいるんだよ」

 

 俺は一人口を尖らせながら視線を斜め上に持ち上げた。

 

 するとその瞬間。 愚かにもイアルヴィー改めアルちゃんは隙ありとでも思ったらしい。

 

「新しい眷属を生み出そう 新しい家族をもたらそう

 新しい月を掲げ 新しい太陽を祀るため

 月がなく 太陽のない時に

 世の喜びも ない時に

 あたしの家族が 励ましてくれる

 狼の力を その身に宿し」

 

 長ったらしい呪歌。 これは面倒な反撃をしてくれたものだ。

 

 しかし目を疑う光景が俺の前に現れる。 俺を突き飛ばして大きく距離を取ったアルちゃんの足元に、夜闇のような色の沼が大量に出現し、中から先ほど大量に見かけた狼めルナガルムを召喚してきた。

 

 さらに、陽光のように輝く沼も同数出現すると、今度は黄白色の毛皮を揃え、額には太陽のような赤い紋様を浮かべた巨狼が現れる。

 

「おやおや、今度は違う種類の狼めが出てきたな。 こいつは何ガルムって言うんだ?」

 

「随分と余裕そうなのさ。 けれどさっきの戦いを見ている限り、君は接近戦は苦手だと推測できるのさ! ルナガルムとソルガルムの連携攻撃をどうにかできるのは、十級キュメネ冒険者でも困難とされているほどなのさ!」

 

 自信ありげに鼻を鳴らすアルちゃんなのだが。

 

「もう、こいつもしかしなくてもアホなのか? って言うかいい加減素手も嫌になってきたな、なんかかっこいい武器が欲しいぜ」

 

 俺は気だるげに呟きながら、両手を祈るように合わせる。 そして手を合わせた後、少し屈みながら地面に右掌を向け、全身から青白い電気を迸らせた。

 

 なお、これはただの静電気なので一切脅威はないけれど、演出的に強そうには見える。

 

「な、何をしているのさ? まさか! 無詠唱で、呪歌を使っているのさ?」

 

「あ、えーっと、そうだな」

 

 そこで俺は咄嗟に歌を歌う。 ここで歌うならあれがいいだろう。

 

 選曲とはタイミングが大事なのだ、絶好のゴールデンタイムをこの手で掴む! 渾身のポーカーフェイスをキメて仕掛けるぜ!

 

 そして演出を続行。 ゆっくりと立ち上がりながら俺の右掌の下に、周囲の地面を集めて一本の槍を作り出す。 槍を作る際に使った分の地面がお椀状に抉れ、その中心に立派な形の長槍を創り出した。

 

 地面を固めて作った槍を振り回し、動揺しながら突っ立っていたアルちゃんに勢いよく向ける。

 

「さて、遠慮はしないが構わないよな? まあ、無事に逃げられたのなら俺のことは勇者ではなく、鋼の呪術師とでも言いふらしてくれよ」

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