第15話
☆
ひとつ、無から有は生み出せない。
よって突然炎の波を起こしたり、何もない空間から大量の武器を
ふたつ、その場にある物質を操作する程度しかできない。
なので水蒸気しかない空気からは鉄砲水も津波も起こせないし、人間が体に纏ってる電流程度ではスタンガン程度の威力しか出ない。
みっつ、想像力を働かせないと物質を思い通りに動かせない。
この点に関しては妄想王である俺ならなんら障害はない。 と、言いたいところだが、試行錯誤してみないと断言はできないだろう。
よって考える時間や実験台が欲しい。 ので、今まさに眼前から迫る獰猛な
まずは獰猛な唸り声を上げながら突進してくる
俺は砂を連想できそうな歌を適当に思い浮かべ、咄嗟に思いついた歌を口ずさむ。
想像するんだ、ここいら一帯を全く新しい世界へ変えていくイメージで。 呪歌は風のように自由さ、夢じゃないんだ。
思わず浮かんでしまう光景は、夜の砂漠をカーペットに乗って飛んでいる感じなのだが……
サラサラの砂をイメージできさえすればいいわけなので、この曲はピッタリだ。
記述するまでもないが歌の方は後ろのギャラリーたちを騙すためのカモフラージュ、本命は脳内想像の方。
砂をイメージしやすい歌を歌い、
「なになになに? 嘘でしょ嘘でしょ?」
「さすがティーケル様なのです! たった八小節のよくわからない呪歌であんな大規模な大地の操作をしてしまうなんて!」
「そ、それだけじゃない! 普通の大地を砂漠のように、サラサラな砂に変えてしまった!」
レアーナさん筆頭にいい具合に解説してくれた。 その場にある物質を操る呪歌は、屋外では大地を、水辺では水を扱うことができれば無敵に等しい。
だがしかし、大地や水よりも強力な物質が、この世界のほとんどの場所に存在する。
「これはほんの序章だ。 動かれると面倒だから機動力を封じただけに過ぎない。 あの砂であいつらの鼻と口を塞げばそれで討伐完了だからな」
「だったら早く討伐してくださ……」
「まあ落ち着けレアーナさん。 この戦いが終わったらデートしてあげますから」
指を鳴らしながらウインクを添え、振り向きざまにレアーナさんに語りかける。 するとレアーナさん、なぜだか頭を抱えながら俯いてしまった。
「ど、どうしよう。 これは究極の選択。 戦いが終わればあのナルシストとデート、終わらなければ私の命が危ない。 こんな地獄の二択、選べるわけがない」
レアーナさん、俺とデートをするのは命をかけてでも嫌なのか……
『落ち込んでないでとっとと討伐しちゃいなさいよティーケル氏』
『落ち込んでなんてねーし。 ぐすん』
『ぐすんとか自分で言わないでよね、気色悪い』
どうしよう、俺この異世界嫌いだ。 誰も俺に優しくない。
「ティーケル様! そんなにデートがしたいのなら私がしてあげるのです!」
「お誘いは嬉しいんだがなユティたん。 俺が生きていた世界ではロリコンは犯罪なんだよ」
「ロリコンってなんです?」なんて真顔で聞いてくるユティたんに、「年端もいかない少女に恋をしてしまう紳士さ」と答えた。 すると、「私はもう十七才なので年端もいっているのです!」なんて答えてきた。
こんなやり取りをしている最中も、足を砂に絡め取られた
『茶番はいいからとっとと仕留めなさいよ』
『まあ落ち着けピピリッタ氏。 思ったより時間がかかってな。 そろそろオッケーだと思うんだが……』
俺はすかした顔で怖い顔をしていた
が、数秒も経てば、そのやかましい遠吠えも力が弱まっていった。 まるで砂に生気を吸われているかのようなペースで。
当然だ、茶番の会話をしながらも俺の脳内では無詠唱呪歌による攻撃を仕掛けていたのだから。
「ルナガルムたち、いったいなんであんなに苦しそうなのです?」
「どういうこと? 砂に何か仕掛けでもしたの?」
「不正解だぜレアーナさん。 俺が仕掛けたのは大気の方だ」
何を言っているのかわからない、そんな表情で俺の方に視線を向けてくるレアーナさん。
俺は鼻を鳴らしながら得意げな表情で答えてやる。
「生き物が普通に生きていくためには、何が必要だと思う?」
俺の質問に対し、いつの間にか平常心に戻っていたメルっちが威勢よく手を上げる。
「えーっと、お金?」
「メルっちが金の亡者だということはわかりました」
「ご飯かしら?」
「レアーナさんは意外と食いしん坊だったんですね」
「わかったのです! お水じゃないですか?」
「ユティたん惜しいぞ! あと一声!」
三人が順番に回答を投げかけてくるが、そこからは何も思いつかないようだ。 それもそうだ、これは誰もが知ってる当たり前すぎる事実。
俺ほど賢い男でないと至らない思考回路だろう。 いや、正確に言えば、頭の片隅ではわかっているが、理性が信じようとしていないのだ。
「酸素だよ」
「「「酸素?」」」
「そう、呼吸をしないとどんな生き物でもすぐに死に絶えてしまう」
「それは、極論ですよね」
「そうさ、だから俺はその酸素を、あの一帯から移動させた」
絶句しながら三人同時に
「さすがにここまで強力な物質操作だと時間がかかるからな、それに酸素は目に見えるものではないから想像するのも難しい。 だから酸素をあの一帯から消し去るために砂で時間を稼いでいたってことだ」
ちなみに想像の仕方は酸素の全素記号をあの辺でふよふよ飛んでるイメージをして、そのふよふよ飛んでる元素記号をあのあたりから移動させる感じ。 イメージというのは簡略化したほうがわかりやすいのだ。
俺の説明が終わると、
この数分間の時間を使い、
呼吸をする生き物にとって最強の毒は二酸化炭素だ。 あの中にいる
どうやら俺の仮説は正しかったようだ。 俺が認識している物質ならば、その場に存在さえしていれば想像力次第で操作することが可能。
あいつらも生き物、俺たちと同じく呼吸が必要で、ボコスカ攻撃を加えて倒すよりも生きるために必要なものを奪ってしまった方が楽に討伐できる。 死体も綺麗に残るから上質な毛皮を剥ぐことができるだろう。
まあ、この方法はかなり時間がかかる上に、自分達を巻き込まないよう気をつけないといけないからそうそう使えたものではない。
だが、呪歌でできることの限界がわかった。 これで俺は間違いなくこの世界で無双できると確信できる。
酸素の操作を考えていたのは物質を操作するという原理を説明された瞬間からだ。 昨日の雨の歌で雨を降らせた際に気がついたのは、俺の妄想がどこまで影響を及ぼすかの影響範囲。
そしてギルドマスターとの戦闘で思い知ったのは、加減の難しさや咄嗟の判断力の欠落。
実験の結果は大成功だ。
「さてレアーナさんたち。 俺がこいつらをぶっ倒すためにした約束は覚えているな」
俺は声音を低くし、鋭い目つきで馬車の中の三人に視線を向ける。
「このことは絶対に誰にも口外しない。 もし、俺の認識していない人間がこの出来事を知っていた場合……わかっているよな?」
威圧するような声音で三人を睨むと、三人とも青ざめながらコクコクと首を縦に振っていた。
さっきまで言いたい放題だった三人があそこまで恐縮しているのだ、脅しは十分に効力を発揮しているだろう。
では、新たにやらなければならないことができてしまったため、即実行するとしよう。 この実験のおかげで、今の俺はどんな敵が相手でも負ける気がしない。
「よし、じゃあこの
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