第17話

 ☆

 紺色の方の狼めルナガルムはレアーナさんいわく、一体でも六級クーシ冒険者がやっと倒せるくらいだと言っていた。 参考までにあのギルドマスター、通称イケオジが八級カハデク冒険者。

 

 つまりイケオジなら紺狼めルナガルムを余裕で倒せるだろう。

 

 俺は現在アルちゃんが召喚した五体の紺狼めルナガルムと立ち会っているのだが、実際にイケオジとも紺狼めルナガルムとも戦った俺から言わせれば笑ってしまうような誤情報だ。

 

 はっきり言って、あのイケオジよりアホほど強い。

 

 さっきは瞬殺していたが、あれはゆっくりと妄想する時間があって、酸素という強力な物質を操作していたからであり、近距離で囲まれている上に素手で立ち回っている俺はそんな妄想をしている暇もなければこいつらの動きを封じる手段もない。

 

 なぜ、素手で戦っているのか? さっき槍をかっこよく召喚したのに。

 

「あーっはっはっは! 馬鹿な男なのさ! あたしの可愛いルナガルムたちがあんな一瞬で蹴散らされた時は、どうしたものかと戦慄したが、こうして呪歌セイズを歌う隙すら与えなければ怖くもなんともないのさ!」

 

「ちくしょうこの狼め! なんで見た目はそんなふわふわなのに俺の全力パンチが効かねえんだ!」

 

 そう、この紺狼めルナガルムたちはあの猪めヴィリシカに大穴を開けた俺の全力パンチを喰らっても、ちょっとのけぞる程度なのだ。 アルちゃんの話によると特殊な毛皮で覆われているため鋼でも傷付けるのが不可能らしい。

 

 だからそこらへんの土を固めて作っただけの槍は、紺狼めルナガルムの眉間に衝突した瞬間粉々に砕け散った。 かっこつけて鋼の呪術師セイズシンガーと呼べとか言っていたが、鋼なんてこの辺りにあるわけがない。 あの槍はただの泥の塊だ。

 

 さらに厄介なのは紺狼めルナガルムの後ろに控えてる黄狼めソルガルム五体。 こいつらは俺に直接襲い掛かるのではなく、紺狼めルナガルムを補助するためにリズミカルな遠吠えを歌い、敏捷やら膂力りょりょくやらを補助している。

 

 おかげさまで俺は避けるのが精一杯。 調子乗ってないでさっきみたいに遠くからこっそり無力化しておけばよかったと今頃後悔している。

 

「それにしても、何者なのさ? あたしの可愛いルナガルム五体の連携攻撃をかわし続けることができる人間がこの世に存在していたとは驚きさ」

 

「では俺のその頑張りに応じて取引をしようじゃないか。 今すぐこいつらをけしかけるのをやめれば、アルちゃんとデートをしてあげよう」

 

「何を寝ぼけたことを言っているのさ! 誰がお前みたいな化け物を好き好んでボーイフレンドにするのさ! お前のように恐ろしい力を秘めている人間は、遠くから見ているくらいが丁度いいのさ!」

 

「それを言うならその化け物を追い詰めてるアルちゃんだって同じだろう?」

 

「あたしは狼使い。 あたし自身は大したことはないが、あたしの可愛い子供たちが強いのさ。 そもそもあたしは呪われた呪術師の血を引いている巨人族だから、普通の人間じゃないのさ!」

 

「そー言うのなんて言うか知っているか? 屁理屈って言うんだよこのデカブツ女!」

 

 苛立ち混じりに悪口を言いながら身を逸らし、飛び掛かってくる紺狼めルナガルムの爪を回避する。

 

 アルちゃんは「お前、言っていいことと悪いことの差もわかんないさ!」と涙目になっているのだが、このまま回避し続けるだけだとどうすることもできない。

 

 避けながら俺も蹴りやら掌底を喰らわせてはいるのだが、相手をのけぞらせる程度しにかなっていないためダメージ源にはなっていないだろう。

 

 やはり少しでも時間を稼いで呪歌を妄想する隙を作らなければならないだろう。 しかし、外皮が鋼よりも硬い相手に効率よくダメージを与える呪歌があるかというと、少し悩ましい。

 

 口と鼻を水塊で塞いでおくには直立不動で妄想に集中しないと無理だろう、足の裏から空気を噴射して超加速という離脱法も同様の理由から不可能。 喋りながらでも妄想はできるが、さすがの俺でも相手の攻撃を見て、予測して、かわしてと思考を裂きながら妄想は不可能。

 

 一瞬で起こせる呪歌はかまいたち、大雨、岩の棘を隆起くらいしかできない。

 

 岩の棘に関しては今なおも使っているが、これは紺狼めルナガルムへの牽制程度にしかなっていない。 かまいたちも同様に全く傷を与えられていない。

 

 ちょっとでも隙を作れれば突風で逃げれるかもしれないが、こいつらは黄狼めソルガルムのせいで敏捷が上がっており、即座に追いつかれるときた。 上空に逃げて仕舞えば袋のネズミだろう。

 

 想像以上の硬さに渋面しか浮かばない。 マジで調子に乗らずにもっと慎重に行動するべきだった。

 

 レアーナさんたちの前だからってちょっとカッコつけすぎてしまったか……

 

「あ、あるじゃないかとっておきの方法が!」

 

 突然閃いてしまった俺は、思わず明るい表情で声を上げてしまった。 同時に背中から飛び掛かってきた紺狼めルナガルムを、体を横直角に曲げてかわす。

 

「ははーん、どうせあたしを動揺させようとしてハッタリをかましてきただけなのさ」

 

「ハッタリかどうかは実際に見てから考えろ!」

 

 俺はニヤリと口角を吊り上げながらバックステップで紺狼めルナガルムたちと距離を取る。 しかし一瞬でも隙を与えまいと紺狼めルナガルムたちは慌てて俺を追いかけてくる。

 

 秒数にして一秒に満たない刹那、紺狼めルナガルムは俺の正面に五体全員揃う。

 

「下からドーン!」

 

 俺の適当な声かけと同時に岩の棘が隆起し、俺と紺狼めルナガルムの間の空間を埋めた。 これにより紺狼めルナガルムたちは岩を砕くという一秒にも満たない隙ができる。

 

「いでよピピリッタ氏! 今こそ精霊の力を発揮してみせるのだ!」

 

「せ、精霊? まさか、そんなこと……」

 

 俺が声高々にピピリッタ氏を呼ぶと、精霊という名を聞いてアルちゃんは顔面蒼白させた。 俺は得意げな笑みを浮かべながら、砕けた岩の隙間から飛び出してくる紺狼めルナガルムを直視する。 が、

 

「……あれ?」

 

 『嫌に決まってるじゃない。 あたし、戦いには手を貸さないって最初に言ったはずよ?』

 

 次の瞬間、俺は紺狼めルナガルムの渾身の頭突きを喰らい、宙を舞った。

 

 ☆

 よくわからな巨人の女に拘束されてしまった。

 

 気がついたら口を塞がれ芋虫のように縛られた状態で、周囲を紺狼めルナガルム黄狼めソルガルム二十体ずつに囲まれた状態で荒野を進んでいる。

 

 よくわからない巨人ことアルちゃんは先頭を歩く紺狼めルナガルムにまたがっており、距離的には数メーター程度しか離れていない。

 

 けれど怪しい動きをすれば周囲の狼めたちが即座に対応してくるだろう、つまり何をしようにも抵抗できなさそうである。

 

 『ピピリッタ氏のせいで捕まったんだが?』

 

 『なんであたしのせいにするのよ! あんたが勝手に調子乗って突っ走ったせいでしょ?』

 

 ぐうの音も出ないとはこのことである。 しかし弱ってしまった。

 

 俺は一体これから何をされるのだろうか? 俺は国宝級の顔面をしてる上に、この世界では腕っぷしも強い男だ。 きっと俺はこいつらに色々と搾り取られてしまうのだろう。

 

 相手がゴブリンでなくてよかった。 なーんてくだらないことを考えていると、『頭沸いてんじゃないのナルシスト』という小言が脳内に響いた。 もう泣いてもいいだろうか?

 

「目を覚ましたようさな、鋼の呪術師!」

 

「ふごふごふごふごーふご(その呼び方はやめてくれ)」

 

 口を塞がれてしまっているせいで今の俺は豚さんのように唸ることしかできない。

 

「自分でそう呼べと言っておきながらなんなのさ? まあいい。 お前は今からマルーカ様のところへ連れて行くのさ。 どんな目に遭うか楽しみさ。 せいぜい、自分をこんな場所に呼びつけた大神ウォッコを恨むといいさ」

 

 なんか知らんが言葉が通じたようで何よりだ。 俺は別に歌わなくても呪歌を使える、ほんの一瞬でも隙があればこの状況を打破することもできるだろう。

 

 とりあえず今は、捕まったふりを続けてその好機を待ち続ければいい。 そう思いながら俺は心の中でほくそ笑んだ。

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