衝撃
正が職場に復帰した。
陽士に会って元気をもらった。やる気がでてきた。もう大丈夫だと自分を鼓舞する。
みんなの前で迷惑をかけてすまなかったと挨拶をし、拍手をもらう。
営業部マーケティング課主任というのが正の会社での肩書だ。必要とあらば営業部員のサポートメンバーとして現場に付き添うこともある。
早速パソコンでこの一ヶ月の各案件の進捗状況を確認する。
「もう大丈夫かね」
課長がデスクの横に来てコーヒーを机に置きながら正に聞く。
「大丈夫です。息子が来年受験なんです。私だけだらだらしているわけにはまいりません」
「無理はしないようにね」
「はい」
あまり仕事ができるというタイプではない。実直に仕事を積み上げそれを踏まえて確実に結果を残すのが、正が上の者に信頼されているところだ。
昼休み、同僚二人と飯を食いに行く。スマホを見るとみきからラインが入っていた。
「いまお昼休みですか?」
「そうですよ。そちらは」
「私もですよ。何を食べているんですか?」
「とんかつ定食ですよ」
ややあって
「私は牛丼ですよ、あまりお金がないものですから」
「大変ですね」
同僚が正のスマホをのぞき込む。
「ラインやってんですか」
「んん、まあな」
「誰と。もしかして元の奥さん?」
「ぶほ。んなわけないやろ」
みきにまた後で連絡するように伝える。
書類の整理も終わり、3時過ぎの中だるみの時間。
はかったようにみきからラインが。
「いま、仕事中ですか」
「いや、一息ついたところですよ」
「私は仕事終わったところです」
「もうですか」
「私パートですから」
「あれ、そうなんですか」
「はい。言ってませんでしたっけ」
「いいですねえ、うらやましい。僕ももう帰りたいですよ。はは。でもあとひとふんばりしなくちゃクビですよ。これから会議なんですよ」
「会議って何を話すんですか……」
ラインが途切れない。あと3分もすれば会議の時間だ。すこしイライラする正。
「では、会議なので」
やや強引に話を打ち切った。
(ライン魔なのかな)
そうだとしたら厄介だ。少し警戒する。
アパートに帰り風呂に入る。家賃は安くて月5万円。
ここに様々な思い出がある。結婚して移り住んだ時のこと。陽士が生まれ、ふたりで可愛がっていたころのこと。なによりも代えがたい宝物だ。
ビールを飲もうとしたときラインがくる。
「もう、帰り着きました?」
「帰ってますよ。これから弁当です」
「私ね、いまいろいろな料理の勉強をしているところなんです。今日はかつ丼をつくってみました」
「かつ丼いいですねー。僕の好物ですよ」
「ほんとに?嬉しい」
どうもやっぱりライン魔のようだが、この子との会話のおかげでうつから脱出できたのも本当のところだ。いまは会社ではない。付き合ってやろうと思う。
それからラインは一時間におよんだ。
「ラインで彼女できたそうやな」
同僚の谷口が、にやつきながら正に聞く。噂が広まるのは早い。
「あほ。まだ彼女ちゃうわ。ライン友達。でもゆくゆくは……って思うてるけどな」
「どんな子やねん」
「顔はまあ普通。バツイチ。普通並みの経済力がある人やて」
「まあ、いけそうやん」
正は少し考える。この場合の「いける」とは彼女にできるということか。
「ちょっとラインかけすぎやろっていうところがあるんやけどな」
「それは……お前は女心が分かってへんな。惚れてんのや、彼女が、お前に。こっちからもプッシュせなあかんで、逃すんやないで!」
谷口が迫ってくる。
「そやろか」
「おれの経験から言えば間違いない。ひっ捕まえるんやで」
「どうやって」
「それは自分で考えることやろ。とにかくデートに誘いだせデートに!」
しばらく考えたのち、正はぼそりと言う。
「まあ、そうしてみるわ」
谷口と別れデスクにつく。仕事を再開するが、パソコンの内容が頭に入ってこない。いかんいかんと首をふる。
夜、みきからラインが入る。応じる正。
「今日はおでんを作ってみました」
「夏ですよ、あっははは」
「鍋物が好きなんですよー。季節に関係ありませんわ」
「僕は総菜屋の焼き鳥と卯の花とパンですよ」
「ちぐはぐですねー、ふふふ」
食べ物について語り合うこと30分、ネタが尽きてきた。
その時、みきが一歩踏み出してくる。
「私ね、みきって名乗ってますけど、本当の名前は『みさき』なんです」
「そうだったんですか、じゃあ僕も。カメムシではなく正です。改めてよろしくお願いします」
「こちらこそー」
一気に距離が縮まった気分。ビールの酔いも手伝って話がはずんでいく。
「今度、会いませんか」
勢いで書き込む言葉。みさきが応じる。
「いいんですか私なんかと」
「直に会いたくなりまして」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「それでは時と場所を決めたら、また連絡します」
「はい、ではおやすみなさい」
ラインが途切れる。空白の時間が流れる。気まぐれにマッチングアプリの方を流し見していくと、ある女性の顔に目が止まった。
「……凛やないか!?」
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