女神のキス
俺は女神像の目の前にいた。俺がこの聖都に来た時から俺を見ろしてきた巨大な像だ。
今からこいつの足元を破壊してアコナイトにぶつける。
女神像には神聖な力が宿っている。それもこの大きさだ。あのアコナイトもこれを喰らえば無事では済まないだろう。
「なあ、本当にやるのか?」
そんな完璧な作戦にメリアは不安そうな顔をしている。しかしその不安そうな顔が答えだ。いつもならメリアは怒り俺を止める。だが今回はこれ以外に作戦が思い付いてないのだ。だから怒れない。
「これしかない。それとも後ろに避難している人達よりこの女神像の方が大切なのか?」
メリアは女神像の後ろにそびえる大聖堂を見た。その入り口には怪我をして横になっている人や恐怖に震えて寄り添っている人もいる。市民を守る為にボロボロになった騎士達も座り込んでいる。
「……いや、市民の命の方が大切だ。私も覚悟を決めよう」
「これで共犯だ」
「仕方なくだ!断じて信仰を捨てた訳ではない!」
「それでいい」
カクタスはこちらの準備が出来るまで何とかアコナイトを足止めをしてくれている。その間も小さなアンデットはフラフラとこちらに迫って来ている。
今は女神像を中心に陣を取り、アンデットの襲撃に備えている。
こちらの戦力は残り少ない。と言うかほぼいない。これでダメならそれまでだ。何としてもこのデカい像をアコナイトにぶつけなければならない。
リリーはグラジオラスの首を持ち、上から戦場を見える位置にいる。
「リリー!こっちの準備は出来た!カクタスに足止めを止めるよう言ってくれ!」
「はい!」
リリーはカクタスの下へ飛んで行った。
「なあ、本当に他の者に作戦を伝えなくていいのか?」
メリアは不安そうに俺に質問した。
「本当なら説得したいがそんな時間も無いし、反対する奴がいて作戦を邪魔されるかもしれない。だから争いのどさくさに紛れて像を倒す」
今はそれが最善策だと思いたい。土壇場の作戦だ。不測の事態も不備もいくらでもある。それなら今最善だと思う行動をするだけだ。
カクタスとリリーが戻ってきた。カクタスは戻ると同時にスケルトンを出しアンデットの侵攻を防ぐように隊列を作った。
これで最後だ。後は流れに任せよう。こんな時でも俺は絶対に神に祈らない。祈る訳がない。
遂に最後の戦いが始まった。迫り来るアンデットの群れをスケルトンが押さえ付ける。後方から神聖魔法を放ちスケルトンごとアンデットを駆逐しいく。撃ち漏らしたアンデットを騎士達が切り伏せていく。俺も微力ながらもハンマーでアンデットを撲殺していく。
女神像を倒す為にはアコナイトがもっと近付かなければならない。ドスンドスンとアコナイトが向かってくる度に小さな地響きがする。本当に怖い。
地上にいると目測が分からないので今は上から見ているグラジオラスの指示待ちだ。グラジオラスがアコナイトに神聖魔法の一斉射撃を指示したら俺が女神像の台座を壊す合図だ。
まだか?まだ女神像を破壊しちゃ駄目なのか?倒すのにもそれなりに時間は掛かるぞ?女神像の前まで移動する時間も考慮している筈だがいつになったら合図が来る。巨大なアンデットが目の前に来るとその迫力に震え上がる。
「グラジオラス!どうだ!まだか!」
俺は我慢出来ずにグラジオラスに叫んだ。
「まだ距離がある!」
嘘だろ、かなり近い気がするがまだなのか。騎士や修道士もソワソワしている。ほんの数十秒なのに何時間も掛かっている錯覚を起こす。
「今だ!撃って!」
グラジオラスが叫んだ。グラジオラスの合図と共に修道士と司祭が神聖魔法をアコナイトに向かって放つ。アコナイトから白煙が上がり辺りを包む。その隙に俺は女神像の台座を思い切りハンマーで叩きつけた。まずは正面から削っていく。
流石にそこら辺の石ころと違って台座を丈夫で中々砕けない。それでも俺はハンマーを振り続ける。
俺の後ろでは戦闘が続いている。とにかく早く削らないと俺もやばい。
一心不乱に振り続け何とか台座に大きな凹みが出来た。今度は反対側からだ。
「グラジオラス!削れた!」
俺は移動しながらグラジオラスに叫んだ。
「総員退避!女神像の後ろまで下がれ!カクタス司祭は足止めを!」
グラジオラスが大声で指示を出す。スケルトンは壁になりアンデットの侵攻を体を張って止めにはいる。
一人また一人と退避していく中俺は女神像の台座をハンマーで削っていく。通り過ぎる騎士と修道士は何をしてるのかと驚愕の顔をしているが何も言ってこない。おそらくこちらの意図が分かっているのだろう。
ただ自身の手で女神像を破壊する訳にもいかないので黙って見ているだけだ。
「ウンスイ!どんな様子だ!倒れそうか?」
退避してきたメリアが俺の下へきた。
「今やってる!だけどこの台座硬いんだよ!」
アンデットは柔らかいが台座は硬い。何度も振るうちに手が痺れていく。さっきより明らかに叩く力もペースも落ちている。て言うかこのハンマー威力落ちてないか?明らかにさっきより削れていない。肩で息をして満身創痍であるが振り続けるしかない。
「貸せ!」
その時メリアがハンマーを奪った。そしてハンマーを振り台座に叩きつけた。
「いいのか?」
「うるさい!共犯だ!」
半ばヤケクソの様に返事をしたメリアはハンマーを一心不乱に振っていく。
「アコナイトは十分近付いた!倒してくれ!」
グラジオラスが空から叫ぶ。だが倒すと言ってもまだまだ時間が掛かる。とにかく早く壊さないと。
俺はそこら辺に落ちていた剣を拾い、その剣で台座をバシバシ叩いた。ハンマーより削れないがやらないよりはマシだ。
カクタスも必死でアンデット共の足止めをしてくれているが完全に防げていない。溢れ出したアンデットが俺に近付いてきた。
ヤバいと思ったその時、俺の横を光線が掠めた。
振り返ると修道士が立っていた。
「女神像を倒すのでしょう!援護しますから!」
修道士の手は震えていた。アンデットへの恐怖か、女神様への背信なのかは分からない。ただ俺の為に立ち上がってくれた。
周りを見ると騎士達がボロボロになりながらも俺達の周りを取り囲みアンデットから攻撃を守ってくれている。
「メリア!まだ倒せないのか!」「やってくれ!」「早くしろ!」
騎士達はメリアを応援してくれている。それに応えるようにメリアはハンマーを振っていく。
「もう止められんぞ!まだか!」
カクタスも叫んでいるがまだ女神像は倒れない。手の空いてる者で必死に女神像を押しているがびくともしない。
遂にアコナイトが女神像の前まで来た。このままでは間に合わない。早く倒さないと。
「リリー!私をアコナイトの所へ連れていってくれ!」
グラジオラスがリリーに叫んだ。リリーは迷う事なく巨大なアンデットの額部分にいるアコナイトの下へいく。
グラジオラスはアコナイトに近付くと首だけなのに勢い良く飛び出してアコナイトの喉元に噛み付いた。
「ぐおおお!グラジオラス!また私の邪魔をするのか!」
アコナイトの叫び声が聞こえてると巨大なアンデットはその場で立ち止まり、その巨大な腕でグラジオラスを引き剥がそうとしている。
だがグラジオラスは首だけであり、手も巨大過ぎるあまり全く引き剥がせない。
とにかくグラジオラスが時間を稼いでいる隙に女神像を倒さないといけない。俺も女神像を押すのに加わり残っている力を振り絞った。
「うおおお!!倒れろ!」
騎士も修道士も誰もが必死で女神像を押していると、
――ズズズ
何か大きな物がズレる様な音がした。俺達は必死に押し込んだ。
――ズズズッズズズッ!!
さっきよりも大きな音が台座から聞こえる。
「倒れるぞ!退避!」
俺は叫んだ。その声を聞き押していた人達は一斉にその場から離れる。アンデットから守ってくれていた騎士達も離脱していく。
女神像から距離を取るとゆっくりと倒れていくのが見えた。リリーもカクタスも宙を浮き離脱していく。
「グラジオラス様!お逃げください!」
メリアがグラジオラスに向かって叫んだ。
グラジオラスがアコナイトの喉元から口を離した。
「さらばだ、アコナイト」
グラジオラスの首は落ちながらそう言った。
アコナイトはグラジオラスにかまけていた為目の前まで迫る女神像に気付いていなかった。
気付いた時にはもう遅い。その巨大な両手で倒れてくる女神像を支えようと手を伸ばすと触れた瞬間焼ける様な音と共に白煙が上がる。
「ぐわおおおああああああ!!!」
アコナイトの絶叫が聖都に響き渡った。
「くたばれ!アコナイト!」
俺は叫んだ。どうせ誰にも聞こえない。
アコナイトは女神像を支える事が出来ない。ゆっくりと倒れる女神像に押しつぶされ、凄まじい衝撃音と揺れを伴って倒れた。
物凄い風と白煙が俺達を襲った。周囲の窓ガラスは割れあちらこちらで何かが崩れる音がする。この状況では正直立っているのもやっとだった。
白煙と土煙が風によって流されるとそこには巨大なアンデットおろかアンデットの大群も消え去っていた。
勝ったのか?どうなんだ?
「グラジオラス様!」
メリアはハンマーを携えて倒れた女神像に向かって走っていく。他にも続々と騎士達が集まりグラジオラスの捜索をした。
瓦礫の山をかき分け必死で探している。
そんな時に鈍く黒く光るペンダントの様な物を見つけた。おそらくこれがアンデットを呼び出した代物だろう。
それを思い切り踏み付けると簡単に砕けた。光ることもなくなり、ただ砕けたペンダントになった。
これで二度とアンデットを呼び寄せる事は出来ないだろう。
「グラジオラス様!ご無事ですか!」
メリアの泣き出しそうな声が聞こえた。声が聞こえる方へ行くと人集りができている。メリアの膝にグラジオラスの首が乗せられていた。
「メリア……聖都は……守られたか?」
グラジオラスの声はか細く消え入りそうだ。
「はい、アンデットは消え去りました」
「そうか、よかった……」
グラジオラスの首から白い煙が上がっている。これは悪霊が消える時に出るものだ。
「ウンスイ殿は……いるか?」
グラジオラスが俺を呼んだ。
「ここにいるぞ」
「貴方のおかげで……騎士として死ぬ事が出来た……私を救ってくれて本当にありがとう……」
「もう死んでいいのか?」
「ああ、民を守れて……仇を討ち、頼もしい騎士達がいるんだ……思い残すことは無い」
「そんな!グラジオラス様!」
メリアは泣いている。
「メリア……それから騎士団よ……これからも民を守ってくれ……女神様の下へ先に行く」
そう言い残すとグラジオラスは白い煙となり消えて行った。その煙は風に流されて何処かへ誘われる様に空高く流れて行った。
これでようやく終わった。そう思うと膝の力が急に抜けてその場で座り込んだ。
はぁ、肉体労働なんてするもんじゃないな。やっぱり俺は口だけ動かして生きていきたい。
そんな事を思っていると背後から偉そうな声が聞こえた。
「ウンスイ!ここにいたのか!」
振り返ると神聖騎士達とはまた違った鎧を身につけた兵士を数人引き連れた枢機卿のフィザリスが立っていた。
「ウンスイ!貴様を聖都襲撃の容疑で拘束する!」
フィザリスは俺に向かってそう言い放った。
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