第31話 目的地
それから死神一行は目的地を目指してひたすら歩いた。笑い、息を切らし、時折弱音を吐きつつも歩みを進めた。そしてついに目指すところにたどり着いた。諏訪が前方を示していった。
「皆さん、着きましたよ。あの門の奥に御神体があります」
諏訪が指差す方を見ると、古めかしく荘厳な造りの門があった。いつ頃作られたものなのか、木製の扉は緑色のカビのようなものが所々に付着していた。周囲の木々も今までとは異なり、どれも巨大で隆起した根は苔むしていた。森にも関わらず生物の気配や音がしない。あまりの静けさに耳鳴りがしそうなほどだった。その静けさは異変を感じた虫や鳥がふっと静かになる、あの緊張感に満ちた静寂とよく似ている気がした。それに気づき、ムラカミは息苦しさと不安を覚えた。何かが息を潜めてこちらを伺っている気がして落ち着かない。だが背後からその緊張感をぶちこわす声が聞こえた。
「ふぅー。やっと着いたか。しかし立派な門だねえ。この塀は何?」
ヤマガミが額の汗を手の甲で拭いながら言った(死神は汗はかかないが)。ヤマガミの言う通り、門を起点に白塗りの壁があった。それは何かを隠そうとしているみたいに死神達の前に立ち塞がっていた。諏訪が説明をした。
「他人が入れないように御神体の周りは壁で囲っています。木の周りをぐるっと一周する形で壁が作られています」
「なるほど」
暢気に感心しているヤマガミの横から、ミカミが割って入った。いつものように物腰柔らかく、だが決してNOとは言わせない態度で
「じゃあ早速中に入りましょうか。諏訪さんは怪しまれないよう、見回りか掃除に来た体でお願いします。私達と話すのは極力避けてください。死神に協力していると分かったら危険かもしれないですから」
と最後の注意事項を諏訪に告げた。諏訪はやや緊張した面持ちになり、
「分かりました」
と返事をした。そして諏訪はリュックサックを下ろし、中を開けて鍵を取り出した。鍵は手の平の半分くらいもある大きなもので、花の形を模した装飾が施されていた。それを使って閂の鍵を外し、長い板をスライドさせた。右側の扉に全体重をかけるように押すと、分厚い木の扉が開いた。
諏訪はチラリと目だけで死神たちを見た。ヤマガミが軽く頷いてみせた。諏訪は死神が通りやすいよう、不自然でない程度に長く扉を開けた。最も死神は鍵が開いていなくとも中に入れるが、魔除けの札が剥がれるといけないので素直に開いた扉から入った。ムラカミは一番最後だったので左腕を少し挟んでしまった。痛みはないが何となく肘を擦りたくなり、左肘に目をやると、足元にハラリと花びらが落ちてきた。薄いピンク色の小さな花びらは、植物に全く興味のないムラカミでもよく知っている花のものだった。
(桜の花びら……?五月なのに?)
驚いて顔を上げると、目の前に巨大な枝垂れ桜が爛漫と咲き誇っていた。ベテラン三人も呆気にとられているようだった。幹の太さは何メートルあるか分からないほど太い。今までの森の木々が小さく思えた。季節外れの大きな枝垂れ桜の花はこの世のものとは思えない、狂気じみた美しさだった。何かがおかしくなっているのは明白だった。ムラカミはカンザキの作り上げた空間を初めて見たときのように寒気を感じ、背中を震わせた。
諏訪は無言で桜に向かって頭を下げた。長いお辞儀の後、ゆっくりと頭を上げ、隅のほうへ歩いていった。そこに置いてあった箒とちりとりを手に一旦戻ってきて花びらの掃除をし始めた。
ヤマガミは後輩の死神三人に向き直り、声を潜めて指示を出した。
「いいか?チャンスは諏訪さんが掃除をしている間だけだ。目を皿にして異変の元凶を見つけよう」
三人は無言でうなづくと、それぞれ持ち場に散っていった。
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