第30話 御神体
諏訪神宮は大御山の外にあるが、念の為死神たちは諏訪からもらった御札を体に貼り付けた。ヤマガミは近づいてきた諏訪に笑顔で挨拶をした。
「おはよう、諏訪さん」
そう言われ、諏訪も笑顔で軽く頭を下げた。
「おはようございます。急に現れたのでびっくりしました。皆さんどこから来たんですか?」
諏訪に尋ねられ、ヤマガミは空を指差した。
「さっきまで上司と話してて、そこのオフィスから直行だよん」
諏訪は思いがけない返答を聞いたとばかりに目を丸くした。
「へえ……オフィスがあるんですか」
「まあね。オフィスっていうかオフィスみたいなもんっていうか」
「へえー」
諏訪はまだ何か聞きたそうにしていたが、ヤマガミはそれを手で制して言った。
「まあ俺らのことはいいから。今日は御神体の枝垂れ桜を見たいんだけど行けるかな?」
「私は大丈夫です。ただかなり歩きますよ?」
それを聞き、ヤマガミは面倒臭さを顕にした表情でミカミの方を振り返った。
「そうだったね。ねえミカミくん、八咫烏で近くまで行けないかな?」
「行けることは行けますよ。ただしすごく目立つので偵察には向かないかと」
「確かにー」
「ワームホール使えばいいじゃないですか」
ムラカミの発言に、ヤマガミはきっぱりと首を振った。
「それはダメだ。ワームホールの中は放射能が凄いからな。生き物は通れない。案内役の諏訪さんを置いていくわけには行かないし」
イケガミは境内にあった大御山の登山マップを見ながら、
「やっぱり地道に歩くしかないですね」
と呟くように言った。ヤマガミは深いため息をついた。
「しょうがないなあ」
こうして死神達は大御山へハイキングに行くことが決まった。諏訪は身につけている狩衣を手で示してこう言った。
「私は着替えてきますね。この格好じゃ山登りはできませんから」
死神達が大御山に入山してから三時間が経とうとしていた。
その頃死神一行は、日差しもろくに届かないような深い森の中を歩いていた。ヌルヌルする苔や鋭い岩、あちこちで隆起する木の根に翻弄されながら、ヤマガミはついこう漏らした。
「ひー、こりゃ大変だ。いつになったら着くの?」
「今半分くらいまで来たところです」
「うげー。なんちゅう場所にあるんだ」
「神しか行けない場所ですからね、本来は」
「一応、俺等も神なんだけど」
死神たちが慣れない山道に疲弊しているのを見て、諏訪は立ち止まって辺りを見回した。そして少し離れたところに座れそうな石や切り株があるのを見つけ、そこを手で示して言った。
「ちょっと休憩しましょうか。あっち少し日が当たってるんで行きましょう」
死神達と諏訪はそれぞれ良さげな切り株や石に腰掛け、思い思いに休息をとった。諏訪はリュックサックから水筒を出し、備え付けのカップに麦茶を注いで飲んだ。それを見ながらヤマガミがふと思いついたと言った感じで、
「そういえば諏訪さんは俺らのことどう思ってるの」
と諏訪に訊ねた。他の死神達も興味をそそられ諏訪の方に顔を向けた。諏訪は麦茶を飲み干して、ふうとため息をついてからこう言った。
「はっきり言って、最初は良いイメージはありませんでした。生の終わりに死神あり、って感じでしたし、うちの父なんかも『あれは穢れた存在だから関わるな』とよく言っていましたから」
率直すぎる諏訪の回答に、死神達は思わず苦笑した。
「ひでー。俺らも好きでこんなことしてるわけじゃないのに」
「そうですよね。実際皆さんと接してみて印象が変わりました。今は皆さんと知り合えて良かったと思っています」
「ホント?嬉しいなあ。俺たちどうしても嫌われがちだからさあ」
「はい。なんかこう、神というよりも私達人間に近い存在だと感じました」
「まあ元々は人間ですからね」
大きな岩に腰掛け、ゆったりと足を組んでいるミカミがサラリと言った。
「えっ、そうなんですか」
驚く諏訪に、ミカミは頷き、さらに言葉を続けた。
「そうらしいです。ただ人間だったころの記憶は全くありません。これはどの死神もそうです。人間だった頃の
「そんな事情があるとは……」
ヤマガミは前屈みになって膝に両肘を置き、乾いた笑いを漏らしながら言った。
「諏訪さんもさ、参拝客とかに言っといてよ。真っ当に生きないと死んだ後地獄だぞ、ってね」
「死神の皆さんがいうと説得力がありますね」
諏訪の発言に、死神一行は大いに笑った。イケガミは腕時計に目をやり、もう昼間をかなり過ぎていることに気がついた。だいぶ回復した様子の一同を確認し、出発を促すことにした。
「そろそろ行きましょうか。日が暮れるまでには到着したいです」
「はーい」
死神達は億劫そうに立ち上がり、尻を手でパンパンとはたいて汚れを落とした。そして御神体である枝垂れ桜を目指して歩き出していった。
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