第29話 中間報告
壁も床も調度品もすべてが白い部屋。右手のはめ殺しの窓の外に雲一つない青い空が広がっている。死神達にとってはお馴染みの光景だった。白いデスクにはカンザキが座っており、その前にヤマガミが立っている。その少し後ろでムラカミたちは1列に並んでいた。報告はヤマガミが代表で行い、今までの調査結果を述べた。全ての報告が終わった後、カンザキは全員を労るように微笑んだ。
「現地調査ご苦労様でした。やはり大御山の女神が関わっていますか」
「まだ確証はありませんが、十中八九女神の仕業でしょう。諏訪氏の協力のもと、これから咲耶姫に接触しようと思います」
「承知しました。咲耶姫は今かなり危険な状態でしょうから気を付けて下さいね。腐っても相手は神ですから。まあ私に言われるまでもないでしょうけど…。何か必要な物はありますか?」
カンザキにそう聞かれ、ヤマガミは3人のほうを振り返った。3人の死神達は無言で首を降った。それを確認し、ヤマガミはカンザキに向き直って言った。
「いえ、特にありません」
カンザキは笑顔で頷いた。全ては順調だった。ムラカミを除く3人は明らかにこういった任務に慣れていた。いつかは自分もこの3人と同じようにならなくてはいけないだろうと思うと、ムラカミの存在しないはずの胃袋が痛んだ。カンザキは言葉を続けた。
「そうですか。諏訪氏と会う約束はいつでしたっけ」
「199×年5月2日の朝10時です」
「分かりました。じゃあ入り口を開けましょう。皆さんちょっと右に寄ってください、危ないので」
カンザキはムラカミ達から見て左の壁の方に手をかざした。ムラカミ達は何をするかを察し、反対側へ避けた。ほどなくして白い壁の中心に黒い渦が現れた。その渦は奇怪な不協和音を発しながら複雑に回転し、不気味な痣のように広がっていった。これは日本の199×年5月2日朝10時の世界への入り口を開いているところだ。カンザキは時空を自由に操る能力があるらしい。前にも1度見たが、入り口を開ける作業は神秘的で、そしてグロテスク極まりなかった。ムラカミは寒気に襲われ、ブルッと身を震わせた。
やがて、黒い渦の一角に白い穴が開いた。その穴は水紋のようにすうっと広がり、人1人が通れるくらいの大きさになった。カンザキは右手を静かに降ろした。
「お待たせしました。199×年5月2日朝10時、諏訪神宮の前です。気をつけていってらっしゃい」
「ありがとうございます」
死神達はそれぞれカンザキに頭を下げ、199×年5月2日の世界へ足を踏み出した。入口を抜けると、諏訪神宮の鳥居が目の前に現れた。昨日と同じように、空は晴れやかで煌めく朝日が降り注ぎ、全てのものが輝いて見えるような素晴らしい朝だった。
報告のプレッシャーから解放されたヤマガミが、指を組んで伸びをし、首をこきこきと回していた。ムラカミはふとあることが気になって、ヤマガミに訊ねた。
「あの、ヤマガミさん」
「何だ?」
「カンザキさんって何の神様なんですか」
「えー?さあ…何だろう」
ヤマガミも知らなかったらしく、ミカミとイケガミを振り返って言った。
「2人は知ってる?」
そう聞かれ、ミカミとイケガミも首を捻った。
「さあー?」
「そういえば聞いたことないですね」
不思議なことに、ベテラン揃いのはずのこのチームにカンザキの正体を知っているものは誰もいないようだった。ムラカミは少々の驚きと落胆を滲ませながら、
「そうですか」
と答えた。
(一体何者なんだろう、カンザキさんって。美人だけど、美の女神とか愛の女神とかではない気がするな。じゃあ何だって言われるとわかんないけど…)
時空の穴を開ける時の黒い渦を思い出しながら、ムラカミはそう考えた。だが鳥居の向こうから諏訪が歩いてくるのを見て、その考えは思考の外に追いやり頭を仕事モードに切り替えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます